オーディオ日記 第43章 求め続けた音のかたち(その1)2018年10月17日


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いろいろと苦戦を重ねながらも何とか自分の音が見えてきたような気がしている。もちろんまだゴールにはたどり着けてはいない。だが、世の素晴らしいオーディオの音をたくさん聴かせていただき、耳を鍛え、乏しい感性を磨いて自分なりの音を目指してきた。「苦節40年」とは類型的な表現ではあるが、自分が心底納得できるオーディオの音を出す為にはそれくらいの時間が必要だったのかもしれない、と今は思う。

スピーカーに関して云えば、周波数特性、位相、タイムアライメント、スロープ特性、部屋の残響やレイアウト、定在波対策、、、音を良くしようと思えば多過ぎる程の調整パラメータがある。何よりもスピーカーユニット自体に音の個性があって、そこには自分の感性との相性もある。さらに、最終的な音になるまでに関与するスピーカー以前の上流の機器の数々。音源に左右されず、本当に自然かつリアリティのある音楽を自分のリスニングルームで再現することの困難さは言葉では語り切れない。

大どころの対応はひと段落してしまったこともあり非常に細かいことでもあるのだが、今回はその観点からスピーカーケーブルとワイヤリングに手を入れてみようと考えた。やってみたいことはシールドと防振である。また、スピーカーケーブルの配線について電源ゲーブル、インターコネクトケーブルの干渉を極少にしてみようと考えてみた。当方が長らく愛用しているスピーカーケーブルはドイツのモニターPCというブランドのCobraという撚線系のケーブルである。撚線自体はOFCに銀コートされたもの。このCobraというスピーカーケーブルは非常に気に入っているのであるが、若干古い時代のものであって、ケーブル自体のシールドや防振が行われていない。このブランドは現在は Inakustic という名前に代わって販売されているが、シールドや防振対策がされているケーブルはかなり高価になってしまっている。また、インターコネクトケーブルは ZAOLLA という高純度の銀単線を使用したもの。

単純にケーブルを買い替えてしまうという発想もあるのだが、それでは面白くないので、まずは例によって廉価にトライしてみることとした。スピーカーケーブルにアルミ箔テープでシールド処理をし、その上からアセテートテープをグル巻きにして防振対策としてみようというもの。最初はLANケーブルと同様に銅箔テープを使ってみようと考えていたのだが、銅箔テープはやや厚みがあって、これを巻いてしまうとケーブルが硬くなり取り回しがやや不自由となることも経験上あったので、スピーカーケーブル用にはもっと薄いアルミ箔テープを使用してみた。なお、アセテートテープは一般的な電線処理によく使われるものであるが、廉価な上にベトつかず耐久性もあって実はこれはとてもお勧めの一品。仕上がった後の手触りも案外悪くないのだ。

4way仕様なのでいっぺんに全部の処理はできない(巻くのが結構大変)ので、一番感度が高い中高域ユニット用(110dB)のスピーカーケーブルから作業を行った。またこの段階で、スピーカーケーブルと電源ケーブル、インターコネクトケーブルが相互干渉しないようにケーブルガイドを設けそれぞれ極力遠ざけるような配線とし、一部は接地させない中空配線としてみた。

先に行っておいた電源ケーブルやコンセントボックスの交換との相乗効果もあるのかもしれないので、明確にこれこれの効果があった、と断言できるほどのものではない。 それでも丹念に丁寧に音の雑味や灰汁を取るほどに音楽は心地良くなる。これはまた料理の味にも通じるものがあるのかもしれない、、、

(閑話休題)

大好きな曲のひとつに矢沢永吉の「時間よ止まれ」という稀代の名曲がある。湘南に生まれ育ちヨットレースに青春を懸けた若き日を思えばこの歌詞にあるような恋は必然そのものであり、その命を燃やす人生の輝きは決して色褪せない。

だが人間には与えられ、許された時間の持ち分がある。ひたすらに追い求めた自分なりのオーディオの音を纏め上げるのに結果的に長い長い時間を使ってきた。もちろん、今の音は若かりし頃に金銭的な担保さえすれば簡単に手に入るような音だとは思わないが、それにしても現在の年齢を鑑みれば時間を使い過ぎてしまったかもしれない。

年齢を重ねれば必然的に身体的な衰えからは逃れられない。そして聴力も然りである。一般論的に云えば年と共に高い音が聴こえにくくなるのは人により年齢差があるとしても常識だろう。補聴器をつけてオーディオを楽しむ、というスタイルはこの道を追い続けてきた身としては想像だに出来ないのだが、自分の家系を顧みるに今は亡き母も晩年には相当耳が遠くなっていた、というあまり直視したくない事実がある。

オーディオを趣味としてこれまでやってきた中で「極めて耳の良い」オーディオファイルにはたくさんお会いした。そういう方々と比較試聴の場を共有すれば、当方は駄耳あることを否が応でも自覚せざるを得ない。それが分かっていながらもオーディオを続けてきた。今それなりに自分の音を掴めてきたようにも思える時、改めて気が付けばもはや残された時間はそれほど多くはない。

その中でももがき続けるのか、達観すべきなのか岐路にあるようにも思える。ここまで来たのなら、オーディオ的なアプローチは最早捨て去り、ただひたすらに音楽に没頭するのもありではないかと。テスト用の音源を繰り返し聴き、測定し、設定調整をするなど、許され残された時間の使い方としては「愚の骨頂」ではないか、とも自問してみるのだ。

勉強と云いきかせて出かけてゆく販売店の試聴会等で聴く音楽は当方にとっては心地良いと思うようなものはまず無い。音は大きく粗く、加工臭にまみれた不自然な音源が使われることも多い。適度なリバーブやエコー、コンプレッションは録音された音楽にとっては好ましい部分もあるのだが、エンハンサーやサブハーモナイザー機能によって過度にコンピュータ加工された音は、自然さを求める音楽表現とは対極にある。「録音が良い」とされる音源とは本当にこういうものなのだろうか? どうしてもその辺りの疑問が拭えない。古くても、ナローレンジでも音楽表現として心地良くエキサイティングな演奏は沢山ある。もちろん一方で、現実離れした「超絶的な録音」を聴くという愉悦も皆無ではなく、その音源を万全に再生するシステムはまたどんな音楽を持ってきてもきちんとこなしてくれるだろうな、という期待値も出て来ない訳ではない、、、

だが、世の中にはプアな録音も相当あって、これを何とか鳴らそうと四苦八苦するのだが、それをオーディオシステム側で解決し納得の音にすることは現実としてはできない。然らば、そういう音源に振り回されることを清く辞めてしまえば良いとも思うのだ。

ほどほどの音量で名曲を自然にかつ穏やかに聴き、その音色を堪能する。そういう音楽の聴き方をより強く求めるようになってきているのかもしれないし、それはまた安寧を求める老いた精神の典型なのかもしれない、と一方では危惧している。そして現実においては決して「時間は止まらない」のだ。


4way構成の設定備忘録(2018年10月17日更新)
項目 帯域 備考
Low Mid-Low Mid-High High
使用スピーカー
ユニット
- Sony
SUP-L11
FPS
2030M3P1R
Sony
SUP-T11
Scan Speak
D2908
-
スピーカーの
能率(相対差)
dB 97 (+7) 90 (0) 110 (+20) 93 (+3)
定格値
DF-55の
出力設定
dB 0.0 0.0 +1.7 +5.5
Analog Att
OFF
マスターボリューム
アッテネーション
dB -4.0 0.00 -10.0 -0.0
各チャネル毎の設定
パワーアンプでの
GAIN調整
dB 0.0 0.0 -12.0 -12.0
 
スピーカーの
想定出力レベル
dB 93.0 90.0 89.7 86.5
合成での
出力概算値
クロスオーバー
周波数
Hz pass

200
200

630
630

2500
2500

pass
Low Pass

High Pass
スロープ特性
設定
dB/oct flat-48 96-48 96-48 48-flat Low Pass
High Pass
DF-55 DELAY
設定
cm -10.0 +15.0 -38.0 +23.0 相対位置と
測定ベース
極性 - Norm Norm Norm Norm VoyageMPD
環境下
DF-55 DELAY COMP
(Delay自動補正)
- ON 自動補正する
DF-55デジタル出力
(Full Level保護)
- OFF 保護しない


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