オーディオ日記 第36章 歩き来た道の果て(その6) 2015年10月26日


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たゆとう音楽の調べは絶えずして、終わりを知らない。我がオーディオもいろいろな変遷を続け、ひとところにじっと留まってはいない。ここで奏でられる音楽は微妙なうつろいにあり、心象の中を果てるとも無く通り過ぎていく。我が心の中にある音楽のイメージとオーディオから溢れ出す音楽が100%の一致を見せることはなく、かくと語ることのできないような差を常に感じていて、それが胸中の棘となってきた。それ故に彷徨い、小路を尋ね、どこかにあるはずの幻影を求め続けてきているのだと思う。

世に見果てぬ夢、とも云う。欲望があり目指すものがある限り、そこに現実との対比があってまた葛藤もある。それらをすべてを否とするものではなく、とどかない究極の理想に向けて一歩でも1cmでも近づこうとする人間の宿命だと思う。無駄な徒労だけで終わらないものがそこにはある。

オーディを趣味として40年以上もあれやこれや遣って来た自分史の中で、今の出音が最高、と単純に胸を張れるようなことはない。だがしかし、ここにひとつの光明がある。歩き来たこの道の方向は間違ってはいないのではないか、という期待である。未だ確信ではない。多くの方々の素晴らしいオーディオシステムから奏でられる音楽を拝聴し、そこから何かを学び、自らの糧を掴み取ることができたのかもしれない。もちろん自分のオーディオに反映、昇華されていなければ、その経験値も意味は持たない。現実の今ここにある4way構成の我がオーディオシステムから聴ける音楽によって、それが実感できなければならないのだ。悲嘆と絶望と薄明の中で突き進んできた我がオーディオシステムの4way構成化であるが、自分にとっての納得度の目盛りが、確実にひとつは上がったとやっと思えるのだ。

音楽は個々の楽器(あるいは声)の音色が重層的に重なり合ってひとつの啓示となる。一方で一つひとつ(あるいは一人ひとり)の楽器(声)の持つ調べと音色が正しくかつ克明に描き切れていなければならない。旋律と音色、そして最終的に空間を満たすハーモニーへと紡がれてゆく。これがオーディオシステムによって忠実に再現できなければ、理想の音楽再生とはならないのだと思う。生の音楽との対比と云うよりも、オーディオにおける音楽再生として完結していることがより重要な要素であるように思う。オーディオはシステムのみで語ることは出来ず、そこにソースの存在(良否を含めて)があって初めて実態を表す。理論的にはソースの持つポテンシャルを越えることはできないのだろうし、オーディオの評価におけるシステムとソースの境界もまた曖昧模糊として明確な一線を引くことは難しい。

そして最終的には提示される音楽のみが聴き手にとってすべてである。ここに音楽を聴くことの喜びが感じられなければその前段は意味を持たなくなる。いろいろなことを考える。オーディオはおそらく自分にとって最適な音量やバランスが存在するのではないだろうか。音の好みとも人の云う。普遍的なものと個性的なもの。この境界もまた難しい。しかしながら、自己満足で終わればそれで良し、と考えるオーディオファイルもまた居ないであろう。自分にとって良い音、良い音楽はまた同好の士にとっても良い音であって欲しい、そういう期待値はあるものと思うし、それが普遍性ということなのかもしれない。

各ユニットが同時に強奏するような時が再生上の一番難しいポイントであり、これをしっかりと溶け合わせて一つの音楽に纏めることが4wayシステムの要であることが何となく分かってきた。高次のスロープ特性(-12dB/oct、-18dB/oct)を使うと位相の回転が大きくなるため、ユニットを正相、逆相でつなぐ必要もでてくるのだが、このような設定にすると音楽自体の違和感がどうしても増してしまう。感覚的にはすべてが正相である場合が気持ち良いと感じる。-24dB/oct(あるいはそれ以上の-48dB/octや-96dB/oct)では正相同士での接続が理論上は可能だが、各ユニット間での音の溶け合いが少ないため、空間における楽器配置が音の高低に合わせて微妙に動くように思えて気持ちが集中できない。従い、-6dB/octのスロープ特性で各ユニットをうまく繋ぎ、音楽を紡ぎ合わせることが自分にとって最良の設定方法かもしれない、ということが改めて理解できたのだ。

一方で、この設定の場合、各ユニットはかなり干渉し合うし、それ故に音色の統一感にも影響する。またユニットの数も多いので、各ユニットから出た音が複雑に合成された状態でのエネルギーバランスがとても重要になる。タイムアライメントもそれ故にシビア。設定・試聴に使う音源ソースの録音の特徴も頭に入れつつ、多様な楽器がイメージに近い音色で奏でられて違和感が無いように、音の重なりの調整(クロスオーバーポイントの設定)を行ったが、この辺りはかなりの試行錯誤を経て煮詰めた結果となった。

もちろん、ちょっと自己満足できる音が出たからといって、それで微調整という名の下の弄り(設定の変更など)が終わることはないし、またこの状況が続くとは限らない。極端に云えば、明日になったら何だこの糞音、と自ら憤慨しているやも知れぬ、、、


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