オーディオ日記 第32章 夢の通り道(その3) 2013年2月3日


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その1:(禅問答のような)音楽とか感動とかの疑問

自分にとって音楽とはいったい何であろうか?浮き立つ祭りの日にも似たはち切れるような歓喜それ自体でもあり、また秘めやかな吐息を気配として感じさせてくれるような暗い情念でもあろうか。そして音楽を聴くことは魂の震えやある種の感動を求めているということなのだろうか。翻って、我がオーディオシステムはこの喜びをしっかりと伝え、その何がしかの感動をもたらしてくれているだろうか。まだ道の半ばとは思う我がオーディオシステムではあるが、ある程度基盤が出来てきたと思えることもあり、より高い次元を目指したいと考えている。ただ、目指すべきもののイメージをもっと具体的かつ確固なものにしなければそれを掴むことはできないだろう。

音楽はそれ自体が感情の起伏をもたらし、装置や音の良否によって感動が大きく変わらないことを経験として知っている。むしろ、音楽を聴くシチュエーション(その場所であったり誰と聴いているかなど)や音楽を聴く以前の心理状態の影響の方が遥かに大きい。また、一聴して好きになるような音楽に初めて接した時の感激は繰り返し聴くことによってそれが少しづつではあるが減じられていくように思う。

「音」それ自体は自然界における空気(あるいは物の)の振動ということでしかない。それが、メロディーとリズムとハーモニーと音色によって「音楽」へと形成されていく。音楽を美しい、楽しいと感じることはどういうことなのか。音の要素、感動の要素、それらの何がしかのファクターが交じり合い、重なり合っているはずだが、それをきちんと個々の要素に分解し、整理し論理的に積み上げることができるのだろうか?

これが理解できれば、オーディオシステムというものに対して何をなさなければならないのか、明確に方向が掴めるはずだと思う。もし、記録された音をすべて再生できれば、そこに再現される音楽によって、単純に感動の再生産ができるものなのだろうか。全く同じ楽曲を同じシステムで再生しても時と場合により感動に幅があり、この点に対する疑問は拭い切れない。

オーディオの世界で時に「美音」という。これは何か?楽器というものは人類が永い年月をかけて積み重ねた音、音楽に対する様々な経験を元に、匠の技をもって生み出されたものである。正に人類の財産である。この貴重なる楽器たちの音を再現し、その音色を十全に堪能できねばならない。モーツアルトの楽曲が神の調べであることを感じられなければならない。また、人間の声も然り。その声音の色合いと艶かしさを楽器以上に伝えてくれるものでなければならない。それはまた、オーディオにおいては高忠実度なのか、仮初めのリアリティなのか、はたまた耳に心地良い美音なのか。

オーディオの要素に分解してみようとすれば以下のようないろいろな云い方ができるのであるが、これらをどのように混ぜ合わせ描けば、理想的と云えるものに組み上がるのか。
・周波数(周波数バランス、応答特性、トランジェント、音色)
・歪、ノイズ(質感、S/N) ・ダイナミックレンジ(音量の幅)
・音量(絶対的な音圧)
・反射、付帯音、定在波、残響(間接音やその影響)
・応答性、抜けの良さ、プレセンス、音場感(これらは主にオーディオ用語か?)

歪はゼロであることがベストとは云えないことは真空管アンプが証明(わざわざ真空管をシミュレートするエンハンサーなどが録音現場でも使われていることも)していると思うし、周波数レンジもどこまで伸びている必要があるのかCDに係わる議論の決着は微妙である。同じ音楽であっても、音量によって受けるイメージが異なることも多い。音圧によって、人間の耳(聴力)に対しての関与の仕方に違いがあることは、フレッチャーマンソン曲線などが示すように、既に明らかにされている。この音圧と周波数に係わる感度の差によって、人間の耳が「美音」と感じるようなツボがどこかにあるのだろうか。そして、オーディオとして物理的特性だけではなく、この美音という心地良さを求めてはいけないのか?

感動を求めての美音探求。このように考えていくと、これが次のステップのキーワードとなるのかもしれない。

その2:美音とはどういうものなのか。(定義可能か?)

我が家のスピーカーについては概ね基本の設定が満足の行くものとなり、日々音楽を聴くことに勤しんでいる。あまりのストレスの無さについつい居眠りしてしまうのはいつものことであるのだが。が、しかし、である。これで満足しては遺憾のである。人間とは何と欲が深いことか。音楽を聴くことによって、全身の総毛が逆立つような痺れを味わいたいのである。知らず涙の滲むような感動に身を震わせたいのである。音楽が何処かへと誘い、連れて行ってくれる深遠の淵に立ち、その闇を見つめながら人間の業にわが魂を焼かれたいのである。

我が家のスピーカーの音を唯我独尊を承知で評価すれば総じて「端正な音」と云える。歪が少ないことも関係あると思うが、静かである。これは一方で「温度感が低い」ということにも繋がり、音楽の持つ熱気が不足してしまうかもしれぬ。また欲を云えば、であるがある種の「キラキラ感」が少ない。スモールサイズのスピーカーを聴く場合、時としてこのキラキラ感をとても好ましく感じさせてくれる場合がある。スモールサイズのスピーカーはまた音場感にも優れたものを感じさせる。反面、中低域の密度感や質感については残念ながら不満に思うことが多い。また、音のリアリティにも欠かすことのできないダイナミックレンジも不足である。逆にこれらが「聴き易さ」にも繋がっていることは多いに認めるのであるが。

限界を知りつつ、相反する要求であることを承知の上であれこれ手を打ってみたくなる。つまるところ、我が家のスピーカーのアドバンテージと思われる部分、そしてクオリティを保ちながら、なお「美音」を目指してみることができるのか?

さて、となると。 何が一体「美音」と云えるのか?ここから今一度考えてみなければならない。物理特性に裏付けられた正確無比な音を果たして美音と呼ぶであろうか?これはおそらくフラットな周波数特性が必ずしも良い音と感じない観点からも「否」であろう。さりとて、当方が永らく追求してきている「三ツ山特性」と呼ばれるものも万能とは思えない。装置が再生する周波数特性以前に、人間の耳の感度についてもう一度考察をしてみる必要があるかもしれない。また、自分の感性に合う、と思われる小型スピーカーの周波数特性を測ってみることも参考になるかもしれない。そこで、最近はほとんど聴かないB&Wの小型スピーカーを引っ張り出しての試聴ならびに測定である。このスピーカーは先に述べたスモールスピーカーの良さを持っていて、時に「おやっ」と思うほどの音を聴かせてくれる。有体に云えば、BGM的に聴くには持って来いなのである。ただし、低域は不足だし、その質感も今ひとつであるが。また、当方がこのところ気に入っているPIEGAのスピーカーを改めて試聴させていただいた。機種はCoax70.2である。このスピーカーの爽やか感はこの上ない。が全体としてはやはりここはもう少しこうあって欲しい、という点が出てくる。過去に聴いたスピーカー達の記憶も紐解かねばならないが、美音系と感じたスピーカーは総じて高い方の音にある種の共通項があるのではないか、と改めて纏めてみるとそのようにも推察できる。当方の持っている測定器では微妙な周波数のレベル差を正確に捕捉できないことは経験済みなので、あくまでも聴感が頼りであるが、これは自分の経験を信じるしかない。

周波数に関して、オーディオの世界の中音域、高音域の区分けは少し感覚的には一般論とは異なっているようにも思う。3wayのスピーカーでは3.5KHzから5KHz以上が大体高域の扱いである。ホーンドライバーを使用しているようなケースでは、7KHzあるいはそれ以上が高域である。しかし、そもそも基音で5KHzを超えるような楽器は無い。人間の声を考えれば、150Hzからせいぜい800Hzであろう。スピーカーに置き換えれば、3wayならば低域あるいは4wayならば中低域のユニットの受け持ち範囲である。聴いた音のイメージとしては1KHz以上は立派な高い音(高音域)に感じる。なお、先に述べた「高域にある種の特徴」を感じさせる帯域はどこなのかを確認しなければならない。人間の耳は低音・高音に向かって(音圧が下がるほど)感度が下がると云われているが、フレッチャーマンソン曲線によれば、3KHzから4KHz辺りに感度が高くなるところがある。また、1KHz後半から2KHz辺りに少し感度が落ちる部分がある。125Hz以下の低音や7KHz/8KHz以上の超高音に関しては、音圧が下がるほどどんどん感度が悪くなる。

loudness curve

従い、音量(音圧)というものが周波数の「聴こえ」に大きく影響している訳である。このようなことから改めて考えると、適正な音量(あるいは一定の音圧)で再生しないと同じ音楽でも聴こえ方が変わってしまう。故にトーンコンペセター(ボリューム位置によって低音、高音を補正する一種のトーンコントロール機能。最近はこれが付いているアンプはあまり見かけないが)が本来は音量調節機能と合わせて重要なものであると思う。当然ながら我が家のシステムにもこのトーンコンペセターはない。ボリュームを固定していても、そもそも楽曲毎に録音レベル(とダイナミックレンジ)が相当違うので、これでは対応できない。つまるところ、リアリティのある最適な「聴こえ」の音量を保つためには小まめに楽曲に合わせて音量調節を行うことがまずは必要な要素となる。となると、リスニングポジションで微妙に音量調節が出来ることが機能として不可欠となる。(幸いにもこれはリモコンで対応可能であろう)

その3:美音はどう創り出すことが可能なのか

耳の感度に合わせて、最適な音量調節が出来たとして、周波数の分布はどうすべきか。リスニングポイントにおける周波数フラットはそもそも自然音の世界における低域と高域のエネルギーの違い(高域方向に6dB/Octで減衰している)からしても有り得ない話である。されば、この6dB/Octの減衰を再現すれば良いか、というと実はそうではない。そこに良い音のお手本として「三ツ山特性(70Hz、700Hz、7KHz辺りを指す)」というものが経験値的に存在する。当方も永らくこの三ツ山特性をイコライジングの基本としてきた。だが、これが本当にベストなのか、自分にとっての美音という観点からは見直すべきであろう。また、忘れてならないのは加齢による聴力の減退(特に高域方向)である。早60代となってしまった自分にとってこれを認めることは辛いものがあるのだが、やはりこれを要素のひとつとして考えておかねばならない。

また、周波数の感度の差により、欲しい帯域とあまり飛び出して欲しくない帯域があるはずである。それが聴こえ方の違いにもに繋がると考える。自分の経験上ではあるが、楽器の基音の部分で考えてみても、以下のようにおおよその帯域を括ることができる。なお、いずれの帯域も量と質の兼ね合いが非常に重要であることは論を待たずである。
・40Hz以下:圧迫感や恐怖感の源であるが普通ではきちんと出せない帯域。
・50Hz から125Hz:音のファンダメンタル。量感が必要だが軽さやブーミー感という相反するファクターがある。
・150Hzから800Hz:声や多くの楽器にとって非常に重要な帯域。聴感上もここはフラットが好ましい。
・1KHzから1.6KHz:耳につきやすくいやな音を感じさせることも多い難しい帯域。既に高い音に感じる。
・2Kから2.5KHz:音楽の響きや鮮度感、プレゼンスを左右する帯域。
・3.5KHzから5KHz:雰囲気や煌きを支え、音の伸びや透明感としても質が重要な帯域。

マルチアンプとしての機器の整備、基本的な設定やチューニングは現在ほぼFIXしている。この上で美音を求め、創ろうとするならば、どうすれば良いのか。これらの帯域に積極的に関与する手段としてひとつ考えられる手段はイコライザーである。今まではイコライザーを使用しないで済む方向にシステムを煮詰めてきたつもりでもある。 イコライザーでは個々の帯域の「質」は改善できぬばかりか、物理特性的には悪化させることにもなる。両刃の剣である。従って、トータルな音として出てくる音楽が美音とは云わぬまでも説得力のあるものにならなければ特定の帯域操作のために介在させる意味はない。また、イコライザーの難しい点は弄りたい周波数に隣接する帯域にも影響が及ぶことである。レベルの操作を行う帯域幅にはかなりの注意を要する。また、当然ながらイコライザーの本来の機能はリスニング空間に固有な周波数分布の補正であるので、元々均一ではないものを加工するという難しさが付き纏う。しかし、あれこれ悩んでいても始まらない。チャレンジは大胆に、である。

が、未だ桃源郷には至っていない。

なお、このチャレンジを開始するあたって、再度 瀬川冬樹氏 の書かれたものを一通り再読してみた。改めて示唆の多さに脱帽する次第であったことを書き添える。


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