オーディオステムに求める自分の理想とは一体何であろうか。 |
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流れる水の如く淀みなくさらさらと音楽が流れていく。モーツアルトにはこのさらりとした感触がとても似合う。そして流れのところどころに輝く音の泡沫が現れる。それはただただ優しい旋律で満たされており、音楽はエーテルの如くあちこちに漂う。耳をそばだてることも集中する必要もなく、何に抗うことも無く心の中へこの音楽が浸み込んでくる。雑念に満ちた汚れた心が洗われていつしか静寂に包まれて、意識はかすれ、魂が天上の世界に誘われるかのように眠りへと落ち込んでいく。沈み込む低音も透明感のある高域もいらないし、体が感じるほどの音圧が欲しくなることもない。一切の作為を排したごく自然な響きと旋律が、まるで自分の人生のBGMのように流れて行くだけ。 求めて続けてきた音楽やオーディオのこの理想は実現し得るのか。それとも我が肉体が求めているのは理想と対極にあると云えるような体を揺さぶる生々しい音の伽藍か。生きている証としての血沸き肉が躍るような音楽の熱さか。 |
人生に正解が無いが如く、ここにもひとつに集約された解はないであろう。真実は多様な衣を身に纏い、その時々でわが心が信じることも、目指していることも、また虚ろっていく。
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