そうしてバレンタイン3日前―――
 舞台は石黒の喫茶店に移る。
 1人店に入って来た大の表情は、まさに『途方に暮れている』の一言に
尽きた。
「どうした?朝日奈。」
 ちょうど客が引けてガランとした店内に、石黒の優しい声が響き渡る。
 大は目元を潤ませながら、
「石黒さーんっ!俺は一体どうしたらいいんでしょう!?」
 そう叫びながら、石黒の胸に飛び込んだ。
「朝日奈!?」
 石黒は訳がわからないながらも、大を優しく抱きしめ、よしよしと頭を撫
でてやる。完全にお父さんモード発動である。
 しばらくして―――
「あっ、す、すみません////」
 恥ずかしそうに顔を上げた大の目に、石黒の温かい眼差しが映る。
「もう、話せるか?」
 石黒の問いかけに、大がコクリと頷く。
 そして大は、順を追って、2月に入ってからのチョコレート騒動(?)に
ついて語り始めるのであった・・・。





「そうかぁ・・・それは大変だったなぁ。」
 話を聞き終えた石黒は、苦笑を滲ませながら、のんびりとした口調でそ
う言った。
「はい・・・。なんか俺も最初に茜に約束してしまったので、断ることができ
なくなってしまって・・・。気付いたら、ものすごい人数にチョコレートをあげ
ることになってました・・・。」
 安請け合いしてしまった己を悔いるような大の表情に、石黒は優しく微
笑む。
「朝日奈が気に病むことはない。だいたいあいつらが悪いんだからな。ま
あ、気持ちはわからないでもないんだが・・・可愛い息子に言い寄る蝿ど
もってとこか。」
「?」
 後半は大に聞こえないように小声で言う。
 なにげに酷いことを言ってるあたり、さすが大の保護者を名乗っている
だけのことはある。邪な想いは抱いていないものの、結局、『大が1番可
愛い』ということには、他の皆と違いはないということだろう。
「あっ、そういや・・・手紙が来てたんだ。」
「え?」
「ほら。」
 と大に手渡されたのは、1通の手紙。
 表には、ここ(喫茶店)の住所と『朝日奈大 様』の文字。
「俺に・・・ですか?」
「ああ。今の話を聞いた限りじゃ、これもバレンタイン絡みじゃないか?」
 石黒の予想は大当たりで、中を開くと、そこにはこう書かれてあった。

『朝日奈へ

 2月14日は空いているか?
 今度は本当のデートをしようぜ!

                  高里』


「高里さん!?」
「おぉ〜っ、今度はデートのお誘いか。」
「ア・・ハハ・・・。」
 もはや乾いた笑いしか出てこない大である。
「そうか。朝日奈の住所がわからないから、うちに出したんだな。ったく。」
 呆れたように言う石黒は、しかし頭の中では全く別のことを考え始めて
いた。
「朝日奈、さっきの話で1つ確認したいんだが・・・。」
「あっ、はい。何でしょう?」
「松尾のことだが・・・」

 それからも2人は、数時間に渡り密談(?)を続けていた。
 さらに、バレンタインまでの3日間、大はここ(喫茶店)に毎日通い詰め
ることになるのであった・・・。





 幕間―――

「よぅ、松尾。もうかってるか?」
「石黒さん!?お久しぶりです。」
「朝日奈から相談を受けたんだが・・・面白いことになってるみたいじゃね
ぇか。」
「アハハ・・・バレちゃいました?」
「ああ。お前のすることなんて、お見通しだ。」
「ハァ・・・え〜っと、ですね。とりあえず明凌連と他同盟校の幹部はほと
んど入ってます。オッズはこちらです。」
「ほおぉ〜、結構集まってるじゃねぇか。」
「ええ、ほんとは皆自分も朝日奈にアプローチしたいんでしょうけど、相手
は幹部クラスですからね。勝ち目もないし、後が怖いしで、結局せめてこ
ういった賭けにでも参加して儲けてやろうか・・・みたいな連中が大半で。」
「で、1番人気は・・・ほぉ〜、やはりここらへんか。」
「ええ、妥当なところでしょうね。」
「フッ・・・やはりこいつは低いな。」
「え?誰ですか?」
「・・・よし!俺は1万を1点賭けだ。配当金はフィフティーフィフティー。当
日までまだ間がある。もう少し煽れよ?松尾。」
「ラジャッ!」

 夕暮れの中、2人の男は、いつまでも不敵な笑いを浮かべていた・・・。




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