2月に入ってから、朝日奈大の周辺は急に賑やかになった―――。 『掟やぶりなチョコレート騒動』 「おい、大。」 いつもは自分を名前で呼ぶことなどない男の声に、 「・・・えっ、何?」 大は驚いて半拍遅れてから返事を返した。 「チョコレート。」 「は?」 「だーかーら、14日にチョコレートを貰ってやるっつってんだよ!!」 「・・・・え〜っと、それってもしかしてバレンタインチョコのこと?」 「ったりめーだろ。他に何がある!?」 「いや、そんな居直られても・・・。なに?茜ってチョコ好きなの?」 「好きっつーか・・・・・お前からのチョコが食いてぇだけっつーか。」 後半の言葉はボソボソと口の中で呟くだけで、大には聞こえない。 「わかった。チョコ用意しとくよ。」 「おぅっ!」 嬉しそうに言う茜を見て、大もにっこりと微笑む。 このときはまだ、これから始まる『チョコレート騒動』を大は知る由も なかった・・・。 「朝日奈ー♪」 「あっ、宗近さん。おはようございます!」 「おぅっ。あのさぁ、14日なんだけど・・・」 「はい?」 「そのチョコレートなんて・・・」 「えっ!?」 「いや、その・・・」 「もしかして、宗近さんもチョコレートお好きなんですか?」 「も?・・・って?」 「はい。茜にも昨日チョコくれって言われたばかりなんで、宗近さんも そうなのかなぁ?と。」 「なにぃ!?御堂の奴〜〜〜っ!!」 「むっ、宗近さん?」 「あっ、いや。何でもない。で、朝日奈は御堂にチョコをやるのか?」 「ええ、約束しましたし。」 「そっか・・・。じゃあ俺にもくれるか?」 「えっ?あっ、は、はい。もちろんですよ。」 にっこりと微笑まれて・・・宗近は御堂茜への怒りも忘れ、その場で 数十秒ほど幸せの石化を体験していたという・・・。 「よぅっ、坊主vv」 「あっ、壱茶さん。」 「突然でわりぃんだけどよ。」 「はい?」 「バレンタインチョコくれ!!」 「えっ!?あの・・・もしかして俺から壱茶さんに・・・ですか?」 「ああ、ダメか?」 「いえ、そんな・・・。他にも予定がありますし、構いませんよ。」 「えっ!?予定?」 「はい。茜と宗近さんにも。」 「にゃろう〜〜〜っ!!」 「えっ?壱茶さん!?・・・って、あっ、行っちゃった・・・・。」 額に青筋を浮かべて走り去った壱茶が、果たしてどこに行ったかは 誰も知らない・・・。 「朝日奈・・・。」 「東堂さん。今帰りですか?」 「ああ。」 「?(なんか今日の東堂さんいつもと感じが違うみたいだ・・・。)」 「俺に・・・」 「はい?」 「俺に・・・その・・・チョコレートを・・・・」 「あっ、もしかしてバレンタインのお話ですか?」 「!?・・・あっ、ああ。そ、そうだ。」 「わかりました。」 「あ、ああ。」 幸いなことに、東堂の顔が不自然に赤く染まっていることに、大は 気付かなかった・・・。 『夕陽よ、ありがとう』(東堂心の叫びより) 「朝日奈、お前東堂にチョコをやるそうじゃないか。」 さすが四方。女房役だけあって、情報が早い。 「あっ、はい。そうです。」 「東堂だけなんて酷いな。俺にはくれないのか?」 少し寂しそうに目を伏せる四方(キャラ変わってますよ?四方さん)。 「いっ、いえ、そんな・・・。もちろん四方さんにも。」 「そっか、悪いな。」 機嫌良く去って行く四方を不思議そうに見送る大だった・・・。 照宇 「・・・・・」 大 「?」 照宇 「・・・・・」 大 「あのぅ、照宇さん。なにか・・・?」 照宇 「いっ、いや。」 大 「あっ・・・」 何も言わず去って行った照宇の後ろ姿を目で追いながら、『もしかし て壱茶さんだけにチョコレートあげるのが気に障ったのかな?』と、当 たらずとも遠からずなことを思う大であった・・・。 神南 「朝日奈ーっ!」 大 「あっ、神南さん。」 神南 「俺にもチョコよろしくー!!」 大 「えっ?あっ、はい。わかりましたー!!」 バイクで大の横を通り抜けざまに言うあたり、なかなか策士な神南 であった・・・。 帰り道。 珍しく1人で歩いていた大は、待ち伏せ(?)にあった。 「よっ、小僧。元気か?」 妙に明るい口調で言う男の名は、小野田正継。 「あっ、小野田さん。こんにちは!」 「ああ。久しぶりだな。」 「はい。」 「ところで、朝日奈はチョコレートをだな・・・」 「え?」 「あっ、いや。その、なんだ・・・」 「あの、もしかして小野田さんもチョコを・・・?」 「!?あっ、ああ。まあな。」 「いいですよ。ついでもありますし、小野田さんの分も用意しておきま すね!」 「そうか!悪いな。・・・じゃ、じゃあまたな!」 動揺しまくりの小野田は、何故噛み合わない会話が成立していた のか、根底にある問題にもちろん気付くことはなかった・・・。 昼休み。 大が屋上で持参した弁当を広げていると、ピリピリピリッと携帯のメ ール受信音が鳴った。 開いてみると――― 『大君、久しぶり♪突然なんだけど、バレンタインチョコを僕にくれない かな?実はクラスメイトと賭けをしてしまって・・・どちらがより多く貰え るかって。自分で買うわけにもいかないし、僕を助けると思ってどうか 頼みます>< 典仁』 「ええっ!?典仁君も?」 大はすぐさまメールを返信する。 『典仁君、久しぶり!チョコの件だけど、オッケイです>< 実はお兄 さんにもチョコをあげることになっているので!!じゃあ、またね。』 典仁が実はクラスメイトと賭けなどしておらず、ただ大からチョコが 欲しいがために嘘をついたことに、もちろん大は気付いてはいなかっ た・・・。 (余談ながら、大と典仁は「力はないけど自分の出来ることを精一杯 やりたい」そんな思いを共有し合う戦友であり、メル友である/笑) 帰り道。 またまた1人で歩いていた大は、待ち伏せ(パートU)にあった。 今度は相手は白波信武である。 「よぅっ!」 「こんにちは。」 「ちょっと言いにくいことなんだが・・・」 「はい?」 「バレンタインチョコを・・・」 「白波さんに・・・ですか?」 「おっ、おぅ!くれるのか?」 「あっ、はい。俺なんかので良ければ。」 「ああ、もちろんだ。じゃあ、待ってるぜ!」 颯爽と去って行く白波を見つめながら、大はここ数日、数え切れない ほど吐いた溜め息をさらに吐くのだった・・・。 結局、この件に関してまともな発言をしたのは、後藤だけだった。 あっ、いや、もう1人・・・まともなようで微妙な発言をした者(=松尾) もいたのだが。 後藤はただ、気の毒そうに大を見て、「朝日奈・・・お前も大変だな。」 そう一言だけ言った。 散々な『チョコくれ攻撃』を受け続けた大にとって、この言葉がどれほ ど身に沁みたかは、言わずもがなだろう。 そして曲者こと松尾は、不敵な笑いを口端に滲ませながら、 「朝日奈、未来はお前の手にかかっている!頑張ってくれよ!!」 と、大の肩を両手で大袈裟に叩きながら言うのだった。 大が戸惑いながら、「あっ・・りがとうございます?」と疑問系で礼を 述べたのも、頷ける話であった・・・。 |