#392 VRは本当に来てるのか

2017/02/14

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 VR(Virtual Reality)についての話題が、昨年あたりから喧しく聞こえてくる。ソニーからPlayStation(R)VRという商品が発売されたことや、スマートフォンをセットするだけで手軽にVRを体験できるヘッドセットが廉価で発売されるようになったことなどにより、VR向けのコンテンツがいろいろと出てきているということがあるためと考えられる。

 VRの要素の一つには、あたかもそこにあるように物を立体的に見せるというのがあるが、ディスプレイや紙など、二次元のものに投影されたものを三次元的に見せるというのは、別に目新しい技術ではない。そもそも人間が物を立体としてとらえることができるのは、左右にある目の視差を利用してのことであるから、左右の眼に適切に視差のある映像を分離して見せることができれば、それだけで立体視は可能である。古くは「ステレオグラム」という、繰り返しパターンを交差法や平行法で1周期ずらしてみることによりパターンの中に立体を浮かび上がらせる方法や、左右に赤と青のフィルムをつけた眼鏡を使う方法、また偏光グラスという一定方向の振動の光のみを通す眼鏡を使う方法などがある。

 こういった立体視については、時々突発的に流行するものの、その流行があまり長く続いた試しがないような気がする。日本でもステレオグラムのブームがあったり、ちょっと前には3Dテレビというのも大々的に売り出されていたりしたが、あんまり普及したという印象がない。

 最近、近くのパソコン屋で、スマホをセットして簡易的に立体視ができるヘッドセットが売っていたので、試しに買って使ってみた。この手のヘッドセットは、スマホを横向きにして、左右で視差のある画像や映像を再生した状態にしてセットし、両目ののぞき穴からそれを見ることで立体視するようにできている。周囲を暗くすることで、外界からの視覚情報を遮断し、没入感を高めるように工夫されているようであるが、まずもって、高々6インチ程度のスマホの場合、それを数センチ離れたところから見ると、視野角が狭くて、のぞき穴から覗いているような感じしかしない。加えて、スマホに近づいて見ることによって、dpi数により程度の差はあれど、画像素子が判別できてしまうので、目の前のものが映像に過ぎないことを認識させられてしまう。要するに、あんまりリアルに見えないのである。

 そもそもYouTubeあたりに転がっている二眼型VRコンテンツも、正直なところまだ大したものがない。ジェットコースターとか飛行機とかのスピード感あふれる映像を見ても、実際の体は加速度や傾斜を感じないため、リアルなそれとは程遠い感覚である。

 ただ、今回のVRブームがこれまでのそれと違うところがあるとすれば、端末の方位センサや加速度センサを活用し、被験者が向きを変えることにより上下左右360度の映像を楽しむことができるようになったということが大きいかも知れない。実際、Ricoh Thetaに代表される、全方向型デジタルカメラの普及により、こうした写真や動画を撮影することが簡単にできるようになっている。スマホ版のGoogleストリートビューでは、こうした全方向写真を鑑賞できるようになっていて、それはそれでなかなか面白い部分もある。

 とは言え、こうした仕組みで表現できるのは、現状ではせいぜいのところ視野角の限られた視覚情報と聴覚情報のみであり、人間のその他の感覚(嗅覚、味覚、触角)や重力などの感覚の再現はまだまだ難しい。そういう意味では、遊園地のVRアトラクションの方が数倍再現性に優れていると思うが、それだって、現実世界とは比べ物にならないのである。

 いくらストリートビューで世界各地の景色を眺められるようになったとしても、実際にその場に行った時に感じられる音や匂い、空気感などを感じることはできない。画面やヘッドセットの中のバーチャルなリアルに満足しているだけでは、人生の中の大切なものを失ってしまうのではないかという、これは自省でもある。


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