#263 地上デジタル放送は誰のため

2006/07/25

<前目次次>


 前回もちょっと触れたが、地上デジタル放送への完全移行(アナログ放送の停波)の期限は2011年7月24日とのことである。つまり、あと5年を切ったわけだ。7月24日には、この地上デジタル放送への完全移行のPRセレモニーが総務省で行われたとのこと。と言うのも、総務省の3月時点での調査では、このアナログ停波の時期を正確に知っているのは32.1%に止まっているとのことで、行政としてもD-pa(社団法人地上デジタル放送推進協会)としても、まずは認知度アップに躍起になっているところのようである。

 そもそもなぜ地上デジタル放送への完全移行が必要なのか。「放送サービスの高度化」「情報化の恩恵をすべての人に」「日本経済の活性化」などプラスの理由も挙げられているが、実際のところは「平成13年の電波法改正により(中略)アナログ周波数変更対策に電波利用料(国費)を当てるための要件の一つとして、アナログテレビ放送による周波数の使用を10年以内に停止することを規定しています」(D-paのページより)だそうで、枯渇が予想される通信用電波の周波数確保のために、現在アナログ放送用に使用されているVHF波帯などを停止することを国の政策として決めたためである。

 地上デジタル放送は2003年12月1日にスタートしたが、開始当初の首都圏では、東京タワー周辺の12万戸ほどしか受信できなかった。と言うのも、地上デジタル放送は現在のUHF帯を使用することになるので、UHFのアナログ放送を受信している地域にいきなり強力な地上デジタル波を出すと、電波妨害を引き起こすためである。このため、まずUHFアナログ放送に使用している電波の周波数を別の周波数に移して(アナログ−アナログ変換)して、地上デジタル放送用の周波数を空けつつ、徐々に地上デジタル放送の電波を強くしていくという必要があり、かなり面倒なことになっている。

 個人で地上デジタル放送を見るようにするには、地上デジタル放送対応のテレビに買い換えるのが一番簡単ではあるが、簡単とは言っても前回も述べたように地上デジタル放送対応の薄型テレビはまだまだ値段が高い上に画質も必ずしも良くなるとは言えない。お金持ちか、新モノ好きか、テレビが壊れたかしなければ、なかなか消費者に買おうという気が起きないだろう。更に、地上デジタル放送はUHF波なので、UHFアンテナがなければ新たにアンテナを付ける工事が5〜10万円、UHFアンテナがついている場合でも調整費用がかかったりする。

 そんな具合であるから、地上デジタル放送受信可能な受信機は、まだせいぜい10%くらいの普及率と言われている。日本の津々浦々にあと9000万台はあると言われているアナログ受信機を、5年ですべて地上デジタル対応の受信機に置き換えるのは、容易なことではない。

 地上デジタル放送になると、ハイビジョン放送で綺麗になりますと謳っているが、これについても疑わしい部分がある。元々のハイビジョン映像は、HD非圧縮だと1485Mbpsあるのに対し、テレビ局が使えるハイビジョン用の使用可能帯域は14Mbps程度なので、映像データを圧縮して送信する必要がある。静止画もしくはそれに近い映像の場合はまだしも、スポーツなど動きの早い映像の場合は、圧縮の際に解像度が犠牲となって、ブロックノイズが発生しやすいのだそうである。

 さらに、デジタル放送のコンテンツは、コピーワンス機能により、原則として1回録画しか許されていない。例えば、デジタル放送対応のHDDレコーダーに録画したコンテンツは、DVDなどのメディアにコピーすることはできない。もちろん、コンテンツの著作権は保護されないといけないだろうが、可搬メディアへの移動すら容易でない技術は利用者の利便性を著しく損う。さすがにこれについては、利用者の誤解や不満を招く結果になり、見直しが開始されたようだが。

 こういった欠陥もあるデジタル放送への移行を、安くない個人負担まで強いて行おうとしている今の状況では、利用者に強力にアピールするコンテンツが今後出てこない無い限り、地上デジタルへの移行が視聴者主導で大きく進むとは思えない。加えて、情報を得たり過去のコンテンツを鑑賞するだけなら、今はインターネットや携帯電話やDVDなど、便利に利用できる技術がほかにも数多くある。テレビ局も視聴者不在の中身の無い番組作りばかりしていると、アナログ停波を機会にテレビは見ないという人も多く出てくると思われる。利用者も、テレビ局も、もしかしたらメーカーすらも得することのないまま、テレビという文化は一気に衰退の一途を辿ることになるのではないかという、いささか悲観的な未来予想が、杞憂に終わればいいのだが。


<前目次次>