#094 文字入力についての考察(その他編)

1999/12/07

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 最近ではパソコン利用人口が急速に増加し、キーボードにあまり馴染んでいないパソコンユーザーも増えてきた。そうした人や、あるいはキーボードに不自由な人などのために、音声入力の出来るソフトが実用化製品化されてきている。昔はこれらの音声認識は誤認識が多くて使い物にならなかったが、最近のものは自然な発語にも対応してかなり優秀なものになってきているとのことである。間違いの訂正にかかる時間のロスも含めて、キーボードによる入力とどちらが早いかは微妙なところであるが、キーボードに不自由な人にとっては福音とも言えるだろう。

 ただ重要なのは、話し言葉と書き言葉は別なものであるということだ。普通に話している言葉の約7割は、相槌など、本来の話の内容とは無関係な言葉であるという調査もあるように、話し言葉をそのまま文字にしても書き言葉にはならない。音声入力方式で「書き言葉」を書くには、使う側にもそのための訓練と馴れが必要ではないかと思われる。

 話は変わるが、最近使いはじめたi-modeを使って出張先から妻にメールを出したら「いつもよりも文章がかわいらしい」などと言われた。i-modeでメールを送る場合、日本語入力も10キーを使って入力しなくてはならない。例えば「明日」なら「1」を1回押して「あ」、「3」を2回押して「し」、「4」を1回押して「た」、そして変換、という具合である。当然入力速度がキーボードの256分の1くらいに遅くなるので、勢い読点が多くなりがちになる。また送れる文字数にも制限があるので、余分な表現を省き内容を単刀直入に簡潔に表現しなくてはならない。これらの結果、文章が「かわいらしく」なってしまうようである。先の音声入力の場合にしろ、言葉、殊に日本語は、目的や道具によって文体が変わってしまうものらしい。

 ちょっと前には、街角の公衆電話で目にも止まらぬ速さでキーを押している女の子を見かけたりもした。10キーしかない公衆電話などからポケットベルにカナメッセージを送るケースがそれで、これはカナの50音配列を元にして、例えば「62」なら「ヒ」など2つの数字の組合せで一つの文字を入力する方法を使っている。私など対応表を見なければ入力不可能であるが、人によってはこの表を見なくてもどんどん入力できるのである。こういう光景を見ると、人間馴れればどんな方法でもある程度早く文字入力をすることは可能なのであるなあと感心してしまう。

 スキャナの普及によって、文字を光学的に読取りテキスト化するOCRもまた実用化製品化が進んでいる。しかしながら、日本文OCRは欧文OCRに比べて技術的にははるかに難しい。例えば英文ならば、アルファベット26文字52種(大文字と小文字)の他に、数字や若干の記号しか出現しないので、これにスペルチェッカなどの機能をつければ、ほぼ100%に近い識字率(誤りなく文字を読取る割合)を出すことが可能である。しかし日本語の場合は、常用漢字だけでも3000文字くらいあり、しかも例えば「白」と「自」や、「治」と「冶」などなど、似たような漢字が山ほどある。これらについて間違いなく認識させることが非常に難しいことは容易に想像できる。

 日本語OCRも最近は識字率99%くらいまでは出るらしく、一見大したものであるように思えるが、識字率99%ということは、100文字打てばそのうち1文字誤りが含まれると言うことである。400字詰め原稿用紙1枚中に4文字も誤植があったら大人の書く文章としてはちょっとまずいであろう。というわけで、読取った文章にしても誤認識のチェックなどをしないわけにはいかず、結局その手間が馬鹿にならない。それに識字率99%というのは原稿が活字文字の場合であり、手書き文字などの場合はほとんど認識できないと思ったほうがいい。

 ちなみに実家の今のワープロにも一応OCR機能がついているらしいが、親父が新聞記事で試したところ、ほとんど使い物になるレベルではなかったようである。それでサポートセンターに問合せたら、担当者に「そんなもんなんですよねー」などと開き直られたので、たいそう頭にきたと言っていた。まあ私も現在のOCRのレベルを知っているから、親父のその話に「そんなもんだってば」と答えてしまったが。

 将来、頭で考えた言葉をそのまま文字にできるような装置が開発されたら、入力スピードに革命的な進化が訪れるかも知れない。でもそうなったら、思ったことが全部文字になってしまというわけだから、油断していると文章中に「眠てー」とか「腹減ったー」とか入ってきてしまいそうである。この方法で文章を書こうと思ったら、電話などの割り込みの仕事が入らない場所でよほど意識を集中させないとまともな文章にならないだろう。手は疲れなくても頭は相当に疲れそうである。

 結局今の所は、キーボードを使って文章を書くのが一番早そうだ、なんてことを考えながら、今日も私はキーボードを叩いている。


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