#093 文字入力についての考察(キーボード編)

1999/12/01

<前目次次>


 我々がコンピュータに文字を入力する際に用いる最も一般的な道具はキーボードでろう。現在最も一般的に使われているキーボードは、アルファベットの並び順が、2段目の左端の字からQWERTY…と並んでいるものが主流である。この文字配列を、その文字の並び順からそのまま取って「QWERTY配列」などと呼ぶ。

 もともとこのQWERTY配列のキーボードは、英文タイプライターのキー配列に倣ったもので、その配列は、英文中の文字の出現確率を考慮に入れて最も入力しやすくなるように定めたものとだいう説があるが、事実は全く逆なのである。つまり英文タイプライターの時代は、あまり早く打つと文字を紙に叩きつけるためのアーム同士が絡まりあってしまったので、あまり早く打てないようわざと打ちにくくなるような配列にしたというのが真相なのである。

 というわけで、本来なら打ちづらいはずのQWERTY配列に代わって、例えばDVORAK配列など、もっと打ちやすいというキー配列のキーボードが後にいくつか考え出された。しかしQWERTY配列が普及し多くの人がそれに馴れてしまったあとでは、敢えて別の配列に変えようと言う動きにはならず、QWERTY配列は今日でも最も広く用いられている。とどのつまり、結局は配列の種類云々よりも「馴れ」の問題なのであろう。

 日本人の場合は英文よりも日本文を打つことの方が多いので、日本仕様のキーボードにはアルファベットの配列と共にカナ配列が刻印されている場合が多い。カナについてはJIS配列という配列に並んでいるものが多いが、こちらの方はアルファベットのQWERTY配列よりもはるかに複雑怪奇で、しかもアルファベットに比べ覚えなくてはならない文字が倍近くもあるので、なかなか馴れるのが難しい。また4段に渡って配字されており、QWERTY配列で数字が刻印されているところにまでカナ文字が配字されているので、数字を入力する時はモードを切り換えなくてはならない。

 パソコン通信などで使われる隠語に「みかか」とか「みいそ」などというものがある。これは、アルファベットの略語を打とうとして、入力モードを間違えてJIS配列によるカナ入力モードで打った時に現れる文字列に由来している。JIS配列のキーボードでアルファベットとカナを対応させてみると答えがわかるであろう。それぞれ「NTT」と「NEC」の意味である。

 JIS配列によるカナ入力の不便さを解消するために発明されたものの一つに、NICOLA配列というものがある。これは1980年に富士通が開発した「親指シフト配列」を元に改良を行った入力方式による文字配列である。NICOLA配列のキーボードには、本来親指が打鍵を担当するスペースキーの位置に左右のシフトキーが存在する。この2つのシフトキーで、シフトなし・左シフト・右シフトの3種類の状態を作り、それぞれの状態に応じた3種の文字を文字キーに割り当てることで、濁音や半濁音を含めた文字を3段31種の文字キーのみで直接入力することのできる方法である。JIS配列と違い、数字キーにはカナ文字が割り振られていないので、数字も同じモードで入力することができる。また運指範囲も狭く打鍵数も少なくてすむので、馴れると非常に高速に日本語が入力できるという。残念ながら広くは普及しなかったようだが、現在でも根強い支持者・愛用者は多い。

 またカナ配列を新たに憶える手間を省くため、日本語もローマ字で入力し、漢字も含めたカナへの変換はIMEの仕事にしてしまうというローマ字入力という方法もよく用いられる。私も普段日本語を入力する時はローマ字入力を使っている。

 ちなみに私の実家で購入した初代のワープロは、カナ配列がJIS配列ではなく単にアイウエオ順に並んでいた。全くキーボードの心得のない人にとってはこのアイウエオ順配列は確かにわかりやすい。しかし、後に大学時代に情報処理の講義でプログラムを打込む必要にせまられ、結局アルファベットのQWERTY配列も憶える必要に迫られてしまった。そうしてそのうちにQWERTY配列に馴れてしまうと、今度はそちらの方が打ちやすくなってしまい、結局日本語の方もアルファベットを使ったローマ字入力モードを使うようになってしまった、という次第である。

 ともあれ、コンピュータで日常よく文章やプログラムを書く人にとってのキーボードは、大工にとっての鋸や鉋と同じであると言ってもよく、使いやすいものであるに越したことはない。先に述べた配列の問題というソフト的な部分にとどまらず、キーピッチ(キーどうしの間隔)や押込んだ時の深さやクリック感などといったハード的な部分についても、人によって好みはまちまちであろう。使いにくいキーボードだと仕事の能率まで変わってしまうから、もっとこだわりを持って接してもいいものであると思う。

 後編ではキーボード以外の入力方法についても考えてみる。


<前目次次>