#039 コンピュータ関連書籍に思う

1998/12/07

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 本屋に寄るのが好きである。書いたい本があるわけでは無いときでも、本屋を見つけると、急いでいないときにはついふらふらと入ってしまう。

 本屋に入った場合には、圧倒的にコンピュータ関連書籍のコーナーに立ち寄ることが多い。昔はコンピュータ関係の書籍は理工系の書籍の一部として扱われていた場合が多かったが、パソコンの普及につれて、今ではコンピュータ関連の書籍はそれだけで一つのコーナーを占めることが多くなった。そして、置いてある書籍の内容も以前に比べるとずいぶん様変わりしてきた。

 特に大きな変化のあったのはWindows95の発売の後であろうと思う。良かれ悪しかれ、あの時のMicrosoftの大々的なマーケティングによって、パソコンがそれまでよりも遥かに広い層で使われるようになり、その結果当然の事ながら、基本的な使いこなしの点でつまづく人も増えてきている。そして、そういう基本的な使いこなしについて実にくどくどしく書かれた書籍がやたらと多くなってきたように思えるのである。

 最近特に目につくのは「できる○○」だの「わかる○○」だの「超図解○○」だのと言ったタイトルの本である。特定のOSやソフトウエアの使いこなしについて、ふんだんにカラー図解を織り交ぜて解説している本であるが、内容は正直言って非常に薄い。そもそもWindowsなどのGUIを前面に押し出したOSの場合は、個々のアプリケーションの操作性を直感的にわかりやすいように統一することが一つの目的であるはずなのに、ファイルのオープンクローズやカット&ペースト、印刷や終了などといった、どのアプリケーションでも同じような操作でできる項目について実にくどくどと書いている。少なくとも私には定価に見合う価値をこれらの本に見いだすことは出来ない。

 いわゆるトラブルシューティング本が多くなってきたことも、Windows95が出回って以降の特色である。雑誌などでも「InternetExplorer4.0トラブル解決法」だの「Windows98からWindows95への復帰法」なんて特集をやっていたりするし、書籍の方でも「誰でもできるWindows95の再インストール」なんてのが出回っている。昔はパソコンを買ってHDを手に入れたら、それを自分でフォーマットし、OSやアプリケーションを自力でインストールして、などと言う具合にやっていたものだが、最近は必要そうなハード/ソフトをひとまとめにしたプリインストールモデルと呼ばれるパソコンを買ってきて、ちょっと作業すればすぐ使えるようになっている。それ自身は勿論いいことではあるのだが、Windows95自体安定しているOSとは言い難く、何かの拍子に、すべてを一からセットアップしないとどうにも安定して動かせなくなるということがある。その時に、プリインストールモデルのパソコンを使ってきた人は、自力でHDをフォーマットしOSをインストールするということが出来ない場合もあるのだろう。そのためにこういう本も需要があるのかも知れない。

 またこれだけWindows95が普及していると言うのに「DOSを知ればWindowsがわかる」なんていうふれこみの本も出回っている。なんだかんだ言ってもWindowsはDOSを切り離しては考えられない、見た目は変わっても中身はほとんど進歩していないOSなんだなあと思ってしまう。

 大体、ことパソコンに関しては、平気で嘘や間違った知識を書いている雑誌書籍も多く、書かれていることを100%鵜呑みにするのは危険である。「ハッカー」や「ウイルス」や「ホームページ」についての記述は誤認識の方がむしろ多く、そのため本来の意味が失われてしまいそうな勢いすらある。またHTML関連の書籍では、「フレーム非表示時の文書を示すタグNOFRAMEである」と解説している書籍の方がむしろ多い。はじめにHTMLに関する英文の仕様書を翻訳した人の間違い(転記ミス)が、あまたの後続の書籍にそのまま伝搬しているという情けない例である。誰も原文の仕様書を参照せず、二次ソースをそのまま焼き直して体裁を整えて本にしているということがまるわかりである。(ちなみに先の例について、正しくはNOFRAMESである。タグという使い方も誤用であり、本来はエレメントと呼ばれるべきである。)書籍の内容的なレベルを知りたければ、これらの誤って使われる例が多い用語について、正しい意味で使われているかを見れば大体見当がつくようになっている。

 書籍を信じるなと言うのも酷な話だが、結局パソコンについては、書籍に限らず自分で数多くの情報を得て、その中で役に立つ情報を取捨選択する能力を自ら養うしかないというのが現状である。


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