#017 台風の朝

1998/09/19

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 台風5号が首都圏に接近していた9月15日夜、私は東京多摩で劇団の飲み会に出席してしまい、結局筑波に戻る事が出来なかった。

 台風が接近しているのは分かっていたし、21時20分ごろに多摩をあとにすれば筑波に帰れることは分かっていたのだが、意志の弱い私は結局居残ってしまい、飲み会を終えて24時過ぎに、相模原市の実家に戻ったのであった。

 明けて9月16日。定時に仕事があるときは、筑波に8時半の出勤に間に合うように、朝5時ごろに実家を出る事にしている。片道3時間以上の出勤である。週末に多摩近辺に居て遅くなって筑波に帰れない時などは、たまにそうしている。この日もその覚悟で家を出たのはいいのだが、

 その頃台風は御前崎付近に上陸し東海から関東にかけて北上中。神奈川県西部は大雨と強風のピーク。その中を、最寄りの駅まで傘をさしながら歩く事20分。上半身はましだったが下半身はズボンがすっかりずぶ濡れになってしまった。

 それでも京王線は始発から定時運転をしており、乗っているうちにズボンも乾いてきた。調布で快速に乗り換えた際に切符を落としたらしく、新宿で改札を出る時にあらためて運賃を支払ったのは癪だったが、そんなことも言っていられない。ちなみにこの時すでに新宿駅の小田急線は運転見合わせ中らしく、改札口は閉鎖していた。

 JR山手線は正常に動いていたが、上野駅に7時に到着したのに常磐線の発車案内には6時半発の電車が書いてある。ホームに降りてみると、停車している電車に座っている客もまばらだ。どうやら取手より北で送電線断線がおきたらしく、土浦方面へ行く普通電車は上下線とも運転見合わせ中で、復旧のメドはたっていないとのこと。
 仕方がないので、もう一つの選択肢である東京駅発のつくばセンター行き高速バスのバスターミナルに向ってみたが、こちらも全面運転見合わせ中である。バス案内の電話番号のみ控えて再び上野駅へ。

 これでもう大幅に遅刻しそうだということは決定的になったので、携帯端末で出勤が遅れる旨のメールを書いて、上野駅のISDN公衆電話から出そうとしたのだが、こんな時に限ってNIFTYが8時までメンテナンス中だったりする。
 メンテが終了してからメールを送り、こうなったらじたばたしても仕方がない、と上野駅構内の書店が開いたのをいいことに1時間ほど立ち読みして時間をつぶす。

 それでも常磐線は一向に復旧する様子も無く、さすがに立ち読みにも飽きてきたので、バスの方はどうなっているかとさきほど控えた先に電話で問い合せてみたが、どうやらその番号は直接運行状況を把握しているところのものではなかったらしく、さんざん待たせた揚げ句、分からないのでJRの駅の「みどりの窓口」で聞けと言う。そんなこと言われたって「みどりの窓口」はこの交通混乱のおかげで行列ができており、そんなこと聞ける様子でもない。

 構内にはテレビもないし、駅のアナウンスもJRの状況しか言わないから、どういう状況になっているのか全くわからない。不安である。何が動いていて何が止まっているのか、復旧の見通しはどうなのかといった情報をまとめて発表する案内板などがないので、乗客はそれぞれに右往左往しているという状態である。情報が手に入らないと非常事態の際に人間は弱い事がよくわかる。大地震なんかのあとにデマがはびこると手がつけられない理由がなんとなくわかる。

 もう一度バス案内の方に電話してみて、直接運行状況を聞ける所の番号を聞き出し電話をかけてみたら、バスの方は動き出したと言う。9時半頃、再び東京駅へ行き、バス停で並んで待つことにしたが、バスと運転手の確保ができないらしく、次のバスがなかなか来ない。そうしているうちに人の列は私の後ろに何重にもなり、200m近い行列になった。待ち行列なので、その場から動く事も座る事もできない。動かない電車で座って待っているよりもよっぽど始末が悪い。立ちながら携帯端末で雑文でも書いて時間をつぶす。

 こうしてバス停で待つこと1時間、ようやく次のバスがやってきて、目出度く乗りおおせた。すでに台風は東京から去っており、東京には青空が戻っていた。高速道路もほぼ順調に流れ、筑波に戻ってきたのは12時前であった。結局4時間ほどを無駄にしたわけだが、その間立ち読みしてたり携帯端末で雑文を書いていたり、別に退屈はしなくてすんだが。

 そうそう、まだあった。ようやく筑波にたどりついたはいいが、一度宿舎に戻ろうとすると、沿道のスーパーや郵便局や警察が、室内を暗くしたまま扉を開けている。どうやら町一帯が停電になってしまったらしい。台風一過で気温は上がっているのに、エアコンも動かないのでみんな扉を開けっ放しにしている。主婦とスーパーの店長らしき人の会話が聞こえる。
 主婦「電話してみたらどうです?」
 店長「停電で電話も使えないんですよ」
 主婦「あらまあ、電気がないと何にもできないのねえ」

 やれやれ。まったくその通りである。電脳都市の脆弱な事よ。


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