△ 『国境の南、緑(グリーン)の端』


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作 嶽本あゆ美

●登場人物

アリ
イーブン(アリの兄)
モハメッド(二人のロバ)

●あらすじ

西暦200X年、西アジア一体は長く続いた戦争で荒れ果て、かつて有った国は力を失い人々は離散していた。その砂漠の中をイスラム教徒のイーブンとアリの兄弟が、南の国境に向かって旅を続けている。彼らはあちこちの国境を越えようとロバを連れて長い放浪生活を送っていた。敬虔な兄と現実的な弟は、つらい生活をお互いの中の異なる希望によって支えあっていた。
そんなある日、兄弟は砂嵐に巻き込まれる。何とか岩の洞窟に避難するが、年老いたロバは岩屋の外で倒れ込んでしまう。二人はそのロバをめぐって争い、弟のアリはずっと続いた飢え(終わらないラマダン)を終わらせ、お祝いをしようと主張する。しかし計画は頓挫し、全ては良識的な兄の思惑通りに収まる。  
その夜から弟のアリは奇妙な夢を見る。死んだロバはアリの夢に何度も訪れては昔死んだ妹、ファティマの死にふれ二人の過去を暴き出す。ロバはアリの疑念を引き出し、厳格な兄に対する不信を植え付ける。それによって弟は過去の事件や物事の正しさについて、自分自身の開かれた耳目を発見する。次第に明らかになる兄の頑な心の一面、狡猾で非情な性格は、二人の間の溝を埋め難い物にする。現実とも夢ともつかぬ洞窟の明け方、遂に二人は 対決する。
一夜開けて洞窟の外には、見た事も無い緑が広がっている。砂嵐が去った後には広大なゴルフ場が広がっていた。そして突然の闖入者によってアリは兄の世界から抜け出していく。進む事も退く事もかなわない兄はそこに立ち尽くす。

●作者のねらい(言い訳)

 9.11の瞬間、私はオランダのまったく無警戒かつ無防備な空港にいて、たくさんの旅行客のざわめきで事件のことを知りました。機内で情報と隔離されていたこともあり、その事の深刻さを知ったのは、日本に帰りつきテレビをつけた後です。そしてそのすさまじい映像があふれるテレビさえもチャンネルを変えさせすれば、何の不安もない人工的な緑をたたえたゴルフ場で何とかトーナメントが行われ、ギャラリーたちは白い玉が転がる行く末に一喜一憂しています。この気持ち悪さは画面上のことだけではなく、既に取り返すことのできない私たちの人間性や生活のなかでも同じことが起きているのではないでしょうか。バーチャルな事象に慣れすぎた結果、重大なインパクトをある種の緩衝材(テレビなど他人の編集、視点のフィルターが掛かったメディアというアプリケーション)なしには認識することもできないし、向こう岸の火事をいくつ並べて見てもそれ以上のものに感じられないということです。しかしこの問題に関して私はこの話の中で何も書いていません。正直、書けませんでした。
昔の飼い犬の死よりも強烈に他者の苦しみを感じることはできるだろうか?そして外国人よりももっと分かり合えない身近な人々(肉親)との間にも砂漠は広がっているのではないだろうか?
 この感情から生まれた私の夢を物語にしました。自分自身が最後に取り残された兄なのか、それともグリーンの中に走り出す弟なのか、という問いかけになったら最高なのですが……。


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