トップページ > ページシアター > ほぐす! > シーン9 【公演データ】
原 「まだ眠ってらっしゃいますかね?」
市後 「ええ。」
原 「じゃ、このまま失礼します。」
原、揉み始める。市後、黙って自分の持っているひもを握りしめ、死体を見て顔をしかめる。
原 「よっぽどお疲れだったんですね。正に死んだように眠ってらっしゃる。」
市後 「え?…ええ。」
原 「大丈夫ですか?」
市後 「え?」
原 「結構…お悩みなのでは?」
市後 「えっ…」
原 「すみません、実は「殺して」だの「死なせて」だの、トイレまで聞こえてたもので…」
市後、言葉が出ない。ベリー、トイレから出て来るが、隠れて原の話を聞く
原 「失礼ですが、もしかしてあなた…死のうと思ってません?」
市後、ベリー、無言で驚く。
原 「ご家族の事情に立ち入るつもりはありませんが、もし、そう考えているならやめた方がいい。いやね…こんなこと話すのもあれですが……実はね、私も一度自殺未遂を。」
市後 「え…」
原 「さっきお父さんにも話そうとしてた、その、重い話しです。…私は以前医者をしてましてね。神の手を持つ医師だって言われてたんです。その頃、私には妻と、子供が二人いたんですが…5年前に亡くしましてね。一度に3人とも。」
市後 「一度に…3人…」
原 「暴走車にはねられたんです。私が患者の命を救っている間に、私の家族は全員命を落としてしまった…」
市後 「それで死のうと…」
原 「いえ、その時は。でもその後、捕まった暴走車の運転手が供述でこう言ったんです。「人を殺したかった」「誰でもよかった」「死刑になりたかった」ってね…。結局そいつは精神鑑定で異常と判断され、刑が軽くなりました。私はどうしてもそいつが許せなくて、護送されている時に襲って刺し殺そうとしたんです。…でも結局取り押さえられて、私も逮捕されてしまいました。すぐに釈放されましたが、医師免許も剥奪されて、で、思い詰めてマンションから飛び降りたんです。でも死にきれなかった。その時、目をやっちゃいまして…でもね、リハビリで世話してくれた先生に言われたんです。助かったのは罰が当たったんだって。」
市後 「助かったのが…罰?」
原 「人を殺そうとした事も、自殺しようとした事も、死んだ家族は望んでいない。家族の想いを裏着る行為だ。その罰が当たって生かされたんだって。なんだかその言葉で目が覚めたような気がしましてね。で、その先生について行くことにしたんです。」
市後 「それじゃ…」
原 「そう、それが私のマッサージの師匠。」
市後 「…生きて苦しむ事が…罪滅ぼし…」
原 「でもね。支えもあるんです。」
原、懐から写真を出す。
原 「はい。」
市後、受け取り。
市後 「これ…」
原 「さっきお話した妻です。美人でしょ?それに…」
原、もう一枚写真を出す。
原 「これ、右が長女の夏実で左が次女の美香。当時12歳と8歳。2人とも妻に似て美人。」
市後、驚く。
原 「おかしいでしょ?目が見えないのに写真持ち歩いてるなんて。しかもどっちに何が映っているかわかる。…見えるんですよ。他の物が一切見えなくても、これだけははっきりと。闇に浮かぶ様にはっきりと。そして懐に入れておくとく安心する。お守りみたいなものです。頑張って生きろって励まされてる気がするんです。」
市後、自分の懐から写真を出して見る。
市後 「…はい…」
原 「…あ、ごめんなさい、長々と重〜い話ししちゃって。」
市後 「いえ。」
原 「…あ、8時半になりますよ。」
市後 「え?」
市後、ベリー、花村、時計を見る。
原 「5秒前、4、3、2、1…」
原、花村、天井をみる。市後、後ろに居るベリーに気付く。ベリー首を横に振る。
原 「怪盗ベリー、うまくやりましたかね?」
ベリー 「くるみ、開いたわよ。」
市後 「あの…」
ベリー 「私は大丈夫。」
市後 「でも。」
ベリー 「大丈夫。」
原 「あ〜お二人も…お腹壊してたんですね。」
市後 「私…」
ベリー 「早く行きなさい。」
原 「そうですよ、こういうのは我慢し過ぎると体によくないですよ。」
市後 「一緒に行きましょう!」
原 「い、一緒に?!」
ベリー 「一人ずつしか無理よ。」
原 「ですよね。」
ベリー 「それにあけた蓋、あなたじゃうまく閉じられないでしょ?」
原 「蓋?便器の?…閉じられないんですか?私壊しました?」
市後 「(ベリーの手を取り)約束して。必ず後から来るって。」
原 「いや、それは…」
ベリー 「わかった。」
原 「え〜っ?!」
市後、うなずき、はける。ベリー見送り、椅子に腰かける。
原 「あの…いつもこうなんですか?」
ベリー 「え?」
原 「お宅のトイレ事情は?」
ベリー 「ええまあ。」
原 「それとも…あれですかね?自分がトイレに行っている間に、あなたに何かあったらって、心配だからですかね?」
ベリー 「…え?」
原 「あなたも…死のうと思っているのでは?」
ベリー 「…あなた凄いわ。見えなくても…見えるんですね。まるで超能力者。」
原 「ええ、その通り。」
ベリー 「え?」
原 「実は昔、小笠原の超能力者の学校にたんです。史上最強の超能力者って言われてました。」
ベリー、驚くが、すぐに笑い出す。
ベリー 「はははは、あなた、面白い話しできるじゃないですか。」
原 「そうですか?」
ベリー 「ええ。」
原 「死なないで下さいね。」
ベリー 「…」
原 「生きていればきっと、その…あれです…なんとかなります。あ〜駄目だ一番いいところで、上手い事言えなかった。」
ベリー、少し微笑む。
原 「あれ?なんだ?」
原、死体のポケットから何か出す。
原 「あ、これスマホですね。すみませんこれ持っててもらえます?」
ベリー 「ええ。」
ベリー、スマホを受け取る。ハッと何かに気づき、スマホを操作する。そこて何かを見つけ息をのむ。
原 「他に何か面白い話しなかったかなぁ。面白い話、面白い話…」
ベリー 「ははははは。」
原 「え、まだ何も話してませんが…」
ベリー 「いや、そっちの話じゃなくて。」
原 「ですよね。」
ベリー 「そうか…そういう事か。」
原 「どうかされました?」
ベリー 「生きていれば、なんとかなる。」
原 「え?」
ベリー 「ちょっとトイレに。」
原 「え〜?やっぱり行くんですか?!でも中でいったいどんな状態に…」
ベリー 「原さん。」
原 「はい?」
ベリー 「ありがとう。お元気で。」
原 「え?それってどういう…」
ベリー去る。
原 「…まったく…変わったご家族だ。…え?…あれ?…あれ?…こんな事って…私もマッサージ経験浅いですが…これは初めての事態です…あの、お客さん…もめばもむほど…硬くなっていくのは…なぜでしょう…」
原、ストップモーション。
(作:松本じんや/写真:関口空子)