△ 「ほぐす!」シーン9


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「まだ眠ってらっしゃいますかね?」
市後 「ええ。」写真
「じゃ、このまま失礼します。」

原、揉み始める。市後、黙って自分の持っているひもを握りしめ、死体を見て顔をしかめる。

「よっぽどお疲れだったんですね。正に死んだように眠ってらっしゃる。」
市後 「え?…ええ。」
「大丈夫ですか?」
市後 「え?」
「結構…お悩みなのでは?」
市後 「えっ…」
「すみません、実は「殺して」だの「死なせて」だの、トイレまで聞こえてたもので…」

市後、言葉が出ない。ベリー、トイレから出て来るが、隠れて原の話を聞く

「失礼ですが、もしかしてあなた…死のうと思ってません?」

市後、ベリー、無言で驚く。

「ご家族の事情に立ち入るつもりはありませんが、もし、そう考えているならやめた方がいい。いやね…こんなこと話すのもあれですが……実はね、私も一度自殺未遂を。」
市後 「え…」
「さっきお父さんにも話そうとしてた、その、重い話しです。…私は以前医者をしてましてね。神の手を持つ医師だって言われてたんです。その頃、私には妻と、子供が二人いたんですが…5年前に亡くしましてね。一度に3人とも。」
市後 「一度に…3人…」
「暴走車にはねられたんです。私が患者の命を救っている間に、私の家族は全員命を落としてしまった…」
市後 「それで死のうと…」
「いえ、その時は。でもその後、捕まった暴走車の運転手が供述でこう言ったんです。「人を殺したかった」「誰でもよかった」「死刑になりたかった」ってね…。結局そいつは精神鑑定で異常と判断され、刑が軽くなりました。私はどうしてもそいつが許せなくて、護送されている時に襲って刺し殺そうとしたんです。…でも結局取り押さえられて、私も逮捕されてしまいました。すぐに釈放されましたが、医師免許も剥奪されて、で、思い詰めてマンションから飛び降りたんです。でも死にきれなかった。その時、目をやっちゃいまして…でもね、リハビリで世話してくれた先生に言われたんです。助かったのは罰が当たったんだって。」
市後 「助かったのが…罰?」
「人を殺そうとした事も、自殺しようとした事も、死んだ家族は望んでいない。家族の想いを裏着る行為だ。その罰が当たって生かされたんだって。なんだかその言葉で目が覚めたような気がしましてね。で、その先生について行くことにしたんです。」
市後 「それじゃ…」
「そう、それが私のマッサージの師匠。」
市後 「…生きて苦しむ事が…罪滅ぼし…」
「でもね。支えもあるんです。」写真

原、懐から写真を出す。

「はい。」

市後、受け取り。

市後 「これ…」
「さっきお話した妻です。美人でしょ?それに…」

原、もう一枚写真を出す。

「これ、右が長女の夏実で左が次女の美香。当時12歳と8歳。2人とも妻に似て美人。」

市後、驚く。

「おかしいでしょ?目が見えないのに写真持ち歩いてるなんて。しかもどっちに何が映っているかわかる。…見えるんですよ。他の物が一切見えなくても、これだけははっきりと。闇に浮かぶ様にはっきりと。そして懐に入れておくとく安心する。お守りみたいなものです。頑張って生きろって励まされてる気がするんです。」

市後、自分の懐から写真を出して見る。

市後 「…はい…」
「…あ、ごめんなさい、長々と重〜い話ししちゃって。」
市後 「いえ。」
「…あ、8時半になりますよ。」
市後 「え?」

市後、ベリー、花村、時計を見る。

「5秒前、4、3、2、1…」

原、花村、天井をみる。市後、後ろに居るベリーに気付く。ベリー首を横に振る。

「怪盗ベリー、うまくやりましたかね?」
ベリー 「くるみ、開いたわよ。」
市後 「あの…」
ベリー 「私は大丈夫。」
市後 「でも。」
ベリー 「大丈夫。」
「あ〜お二人も…お腹壊してたんですね。」
市後 「私…」
ベリー 「早く行きなさい。」
「そうですよ、こういうのは我慢し過ぎると体によくないですよ。」
市後 「一緒に行きましょう!」
「い、一緒に?!」
ベリー 「一人ずつしか無理よ。」
「ですよね。」
ベリー 「それにあけた蓋、あなたじゃうまく閉じられないでしょ?」
「蓋?便器の?…閉じられないんですか?私壊しました?」写真
市後 「(ベリーの手を取り)約束して。必ず後から来るって。」
「いや、それは…」
ベリー 「わかった。」
「え〜っ?!」

市後、うなずき、はける。ベリー見送り、椅子に腰かける。

「あの…いつもこうなんですか?」
ベリー 「え?」
「お宅のトイレ事情は?」
ベリー 「ええまあ。」
「それとも…あれですかね?自分がトイレに行っている間に、あなたに何かあったらって、心配だからですかね?」
ベリー 「…え?」
「あなたも…死のうと思っているのでは?」
ベリー 「…あなた凄いわ。見えなくても…見えるんですね。まるで超能力者。」
「ええ、その通り。」
ベリー 「え?」
「実は昔、小笠原の超能力者の学校にたんです。史上最強の超能力者って言われてました。」

ベリー、驚くが、すぐに笑い出す。

ベリー 「はははは、あなた、面白い話しできるじゃないですか。」
「そうですか?」
ベリー 「ええ。」
「死なないで下さいね。」
ベリー 「…」
「生きていればきっと、その…あれです…なんとかなります。あ〜駄目だ一番いいところで、上手い事言えなかった。」

ベリー、少し微笑む。

「あれ?なんだ?」

原、死体のポケットから何か出す。

「あ、これスマホですね。すみませんこれ持っててもらえます?」
ベリー 「ええ。」

ベリー、スマホを受け取る。ハッと何かに気づき、スマホを操作する。そこて何かを見つけ息をのむ。

「他に何か面白い話しなかったかなぁ。面白い話、面白い話…」
ベリー 「ははははは。」
「え、まだ何も話してませんが…」
ベリー 「いや、そっちの話じゃなくて。」
「ですよね。」
ベリー 「そうか…そういう事か。」
「どうかされました?」
ベリー 「生きていれば、なんとかなる。」
「え?」
ベリー 「ちょっとトイレに。」
「え〜?やっぱり行くんですか?!でも中でいったいどんな状態に…」
ベリー 「原さん。」写真
「はい?」
ベリー 「ありがとう。お元気で。」
「え?それってどういう…」

ベリー去る。

「…まったく…変わったご家族だ。…え?…あれ?…あれ?…こんな事って…私もマッサージ経験浅いですが…これは初めての事態です…あの、お客さん…もめばもむほど…硬くなっていくのは…なぜでしょう…」

原、ストップモーション。

(作:松本じんや/写真:関口空子)

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