△ 「ロスト・ピーチボーイズ」第1幕第1場


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暗闇の帳をいくつもの若い歓声が引き裂く。
小学校の体育館にある舞台での午前中。
客席から舞台に上がる階段が設置されている。
舞台の奥には世界で一番大きな樹から、地球を見渡したような広々とした光景の書割りが置かれている。
様々な物語の登場人物の姿をした子供たちが、興奮してはしゃぎ回っている。
きらきらと輝く子供らの活気は体育館の巨大な鉄骨にまとわりついている不安を蹴散らす。
鬼ごっこをして遊ぶ子供ら。
(小学生1、2年生のチームは芝居用の衣装を着ている。)

小学生A 「こっちだ!こっちー!鬼さんこちら!」写真
小学生B 「待てよ!俺つかまってないぞ!」
小学生C 「お前タッチされたよ!だから鬼!」

チャンバラをする子供たち。

小学生D 「スキありー!」
小学生E 「いって!いってなー!」
小学生F 「お前もスキありー!」
小学生D 「お前もー!」

若い男性教師、野々木(27歳。理科の教師。1年生の担任。)が学芸会のリハーサルを行おうと躍起になっている。

野々木 「ほらーっ!いつまで騒いでいる!練習やるよっ!追い込みだ、追い込み!ほら早く!」

小学生Bが先生にまとわりつく。

小学生B 「先生!工藤が僕のこと、馬鹿にする!」
小学生A 「だって、こいつお札のくせにしゃべるんだもん!」
野々木 「工藤!からかうな!おとぎ話に細かいつっこみはむようだ!」
小学生A 「えー!変だよ!へん!」
野々木 「無用、ムヨウ、ムヨウ!!はい、1年生、2年生集合!」

1、2学年の生徒が頭に演じる役柄の絵をつけて集合する。
威勢のいい小さな体と、世界をそのまま素直に見る目と心から大きな声で笑う顔がそろう。

小学生A 「1年1組工藤秀樹!小僧さんやります!」
小学生B 「1年2組西条太郎!お札をやります!」
小学生C 「2年1組加山大悟!山やります!あと川も!」
1学年全員 「僕たち『三枚のお札』を演じます!」
野々木 「はい、先生、山姥演じます。」
小学生C 「わあーっ!先生、おかまだ!男なのウバだって!ウバ!」
小学生B 「年寄り!年寄り!先生、お年寄り!」
野々木 「うっせーなっ!好きでやってんじゃないの!こういうダーティーな役を生徒にふると、のちのち問題になります。ハイ!困るのは誰?」
小学生B 「幼少期に悪役をやらされ、心にトラウマを植え付けられる僕たちですか?」
野々木 「俺だよ、おれ!うちの子供がいつ悪に染まりましたか!なんて父兄がうるさいんだよっ!はいっ!スタート!(山姥のカツラを着け)待てーっ、小僧!よくもだましおったな!」

小学生1、2年生たちは『三枚のお札』の小僧さんが山姥に追われる場面を演じだす。

小学生A 「ひゃー、あのお婆さんはやっぱり山姥だったんだ!逃げなきゃ喰われちゃう!」
野々木 「いいよ、いいよ!その恐怖の表情がいいっ。待てーっ、小僧!」
小学生A 「うわあー、追いつかれちゃう!そうだっ!こんな時、和尚さまからいただいたお札を使おう!」
野々木 「はいっ!そこで小僧さん、恐怖のあまりお札を投げる!」
小学生B 「(お札として登場)おふだー、おふだーっ!ドロン」
小学生C 「(書き割りの山を背負い)山でーす。」
野々木 「オッケーっ!いい山だったぜ。はいっ!つぎ!3年集合!」

小学生A、B、Cは退場し、代わりに小学生D、E、Fのさらに元気な子供らが集合(やはり、演じる役柄の絵を頭につけている)。

小学生D 「3年1組田中喜好!子がにやります!」
小学生E 「3年2組林光夫!(炎の旗を持ち)いがぐりやります。いがいが!」
小学生F 「3年3組柳田知章!(ハチの針を持ち)ハチいきます!」
野々木 「はい、先生、猿ね。悪役みんな私。(と、言ってカツラを取り、猿の絵を頭につける。)じゃクライマックスの猿がやっつけられるところから。」

その時、Fの持っていたハチの針をEが奪う。

小学生F 「おい、やめろよ!先生!林がハチの針取った!」
野々木 「こらーっ!林、何やってんだ!」
小学生E 「おしりでチクッ!、あたまでチクッ!くりバチでーす。」
野々木 「林っ!そんな登場人物いないだろ!」
小学生D 「(Eのハチの針奪い)ぶんぶん、かにかに、ぶんぶん、かにかに!かにバチでーす!」
野々木 「田中、マネすんな!かには節足動物門甲殻綱。ハチは昆虫綱。栗はブナ科クリ属の植物。混じるか!お前たち、1、2年生が観ているんだぞ。先輩なんだろ、ちゃんとやるー!(動いていない柳田を見て)ほら見ろ、柳田だけだ。ちゃんと学芸会の趣旨をわかっているのは。」写真
小学生E 「ヤマンバチ!」
野々木 「先生には時間がないんだ!立ち位置につくっ!スタート!」

小学3年生たち、『猿かに合戦』の猿がこらしめられる場面を演じだす。

小学生D 「猿、親のかたきだ!じんじょうに勝負してください!」
野々木 「なにい!子供のくせに生意気なお前みたいな小さなカニなんぞ、踏みつぶしてくれる!」
小学生E 「いまだっ!(炎の旗を振りながら)栗はじけますっ、パチーン!」
野々村 「アチっ、アチっ!いいぜ、その躍動感、役者じゃん!アチっ、アチっ!」
小学生F 「猿め。外に逃げてきたな!正義の一刺し、喰らえっ!」
野々村 「イテッ、痛ーい!こりゃあ、たまらん!はいっ!ここでウスがとどめのアタックを、、!とどめのアタック、、、!(ウスが出てこないのに気がつき)おいおい、出とちり?」
小学生D 「先生!ウスがいません!」
野々木 「えっ!なんだ臼杵がいないのか!?しょうがないな。あの問題児が。『猿かに合戦』のかなめの役じゃないか。どこ行ったんだ。」

その時、野々木の背後を少年が横切る。

野々木 「んっ?」

子供たちもその気配に気がつき、後ろを振り返るが誰もいない。
皆、正面を向くが、再び誰かが舞台後方を横切る。
皆、一勢に振り向くが寸差で見ることができない。

野々木 「、、、いやーっ、みんな良い芝居するなあ!気持ちが分かって来たんだよねー、ハチや子ガニの、、、そこだ!」

と、野々木は不意をついて少年に突進する。
その少年は『桃太郎』の衣装を着ている。小学3年生の臼杵建樹(うすきけんじ)であった。

小学生D 「臼杵いいのかよ!それ4年生の衣装だろ!」
小学生E 「そうだよ!お前の役はウスだろ!」
野々木 「勝手に上の学年のを着るな!汚れたらどうする!」
臼杵 「これ、あげるから許して!」
野々木 「あっ、どうも!(と言って、臼杵の渡すものを受け取ろうとするが)こらーっ!」
小学生F 「あっ、うまい棒!俺にもくれよ!」
臼杵 「(野々木に)気に入らない?。じゃ、これ!」
野々木 「あっ、すいません、って、ジャムパンじゃない!どうせなら、キビだんごにしろ!」

と、野々木は再び臼杵を追いかける。小学生たちは走り回る二人がおかしくてはやし立てる。

野々木 「逃げるな!臼杵!なんで『桃太郎』の格好しているんだ!」
臼杵 「ウスなんかやりたくない!」
小学生D 「でた!臼杵のわがまま攻撃!」
小学生E 「そんなことやりたくない!」
小学生F 「なんで僕がやらなくちゃいけないんですか?」

必死になって暴れる臼杵をからかう子供たち。

野々木 「悪ふざけもいいかげんにしなさい!この忙しい時に!」
臼杵 「なんでウスは木なのに動くんですか!?」
野々木 「何言ってんだ。早く脱ぎなさい!稽古の邪魔になるだろう。」
臼杵 「なんでウスは木なのにしゃべるんですか!?」
野々木 「何言ってんだ!」
小学生D 「分からないからやれません!」
小学生E 「わかるように説明してください!」
小学生F 「言ってる意味がわかりません!」

そこに国語担当で初老の教師、榎木田が入ってくる。
(彼は犬の耳を着けている。)
見ると、臼杵と野々木がとっくみあっているので、あわてて止めに入る。

榎木田 「なんで、桃太郎と猿がけんかしてんの!」写真
野々木 「臼杵が言うことを聞かないんです!ってなんで犬!?」
榎木田 「あなたが1学年に1人は教師が出演した方が言い出したからですよ。どうしたんです?」
野々木 「参りました。言うことを聞かないんですよ!臼杵が!」
榎木田 「まあ、いいじゃないですか。」
野々木 「何が良いのです!」
榎木田 「言葉のあやですよ!そんに切羽詰まらなくても、、、。」
野々木 「分かってないなあ!来週本番なんですよ!榎木田先生!僕にはこの学芸会を成功させるという任務があるんだ。先輩の先生方にも緊張感を持ってもらわないと!今頃『猿かに合戦』じゃあ、5、6学年の『ピーター・パンとウェンディ』のリハーサルまでたどり着けませんよ!」
榎木田 「お取り込み中すいませんが『桃太郎』の主役、4年生の木村君ね。今日休みなんです。」
野々木 「なんということだ(苦悩)!」
榎木田 「主役いないから『桃太郎』はまともにリハーサルできない、、、かな。のんびりいきましょう!」
野々木 「そういうのんびりした格好で言わないでください!」
榎木田 「そうですか、、、。(犬の耳を取る。)」
野々木 「取らないでください!」
榎木田 「ああ!。(あわてて、再び犬の耳をつける。)」
野々木 「僕だけこんな格好じゃ恥ずかしいでしょ!ああ、なんかやる気なくした!急に興味が失せました。はーい!3年生、休憩!(3年生退場。)急にあらゆることに興味を無くなった。あっ、そうだ。桃太郎にきびだんご食べさせちゃおう。そしたら旅に出なくてもいいや。」
榎木田 「話変えるな!」

隙を見て逃げようとする臼杵に向かって、榎木田が言う。

榎木田 「おーい!臼杵!ウスの役は不満か?悪くないと思うけどな。」
臼杵 「ウスなんて、、、カッコ悪い。」
野々木 「何言ってんだ。ちゃんと、悪者の猿にとどめをさすじゃないか!」
臼杵 「木から飛び降りて、押しつぶす。なにげに残酷だよ。」
野々木 「大活躍だ!」
臼杵 「黒板消しのイタズラとかわんないよ!」
野々木 「また、わがままを言って!」
榎木田 「まあまあ、野々木先生。のんびり、のんびりと!臼杵、じゃ君はどんな役がやりたいの?」
臼杵 「僕は!、、、僕は自分の目で見て、自分の口で言って、自分の足で立つ!そういう役がやりたい!」
榎木田 「例えば、どんな?」
臼杵 「桃太郎!」
野々木 「のわー!ずうずうしい!主役じゃないですか!?俺がどんなに苦労してシモキタで主役を勝ち取ったと思っているんだ。主役なんてのわね、苦労に苦労を重ねて下積みやって、ある日、『ああ、俺の人生どうなっちゃうのかな、、、。』なんて稽古場の前の廊下に座り込み、ため息ついちゃう。するってえと、いつの間にやら傍らに立った、普段は怖い目つきの演出家が、フッと優しい目で『やってみっか!』つって初めてできるもんなんだよ!そんなことシモキタで言ったらギッタンギッタンにされるぞ!」
臼杵 「シモキタってなんですか?」
榎木田 「まあまあ、二人とも!臼杵、餅つきってのは一年の収穫を神様に供える大事な儀式なんだよ。」
野々木 「そうだよ!お餅がなきゃ、正月だって来ない。」
榎木田 「その儀式のための大事な道具なんだ。ウスってやつはね。」
野々木 「そうだよ。神聖なんだ!」
臼杵 「ウスなんて倉庫の片隅で転がっているだけじゃないか。年に一度だけ引っ張りだされて、熱いお米を入れられて杵でがつんがつん突かれるだけ。」写真

臼杵はふてて、先生たちから離れ一人遊びだす。
野々木が強く言おうとすると、榎木田が制する。

榎木田 「ウスはなんで出来ているか知ってるか?」
臼杵 「、、、木!」
榎木田 「じゃ、なんの木だ?」
臼杵 「?」
野々木 「なんだ、知らないのか!、、、何の木なんですか?」
榎木田 「隣の公園の広場をめぐる散歩道。道に沿って生えている大きな木。あれ。ウスはあのケヤキって木から創られている。」

臼杵はなおも、先生たちを無視して一人遊びを続ける。
すると榎木田はその遊びに加わる。

榎木田 「昔からケヤキはけやけき木、つまり、きわだった木と言われて尊ばれていたんだ。実際、神社を建てる時の木材に使用されるのもケヤキだし、御神木として崇めている神社もある。」
野々木 「そうかブナ科のケヤキは丈夫だし、木調も白木で美しいから!」
榎木田 「だから、ケヤキは世界樹なんです。」
臼杵 「世界樹?」
榎木田 「昔の人たちはね、僕らが住んでいる大地とその上の青空や星々が散らばる宇宙は一つだって信じていたんだ。すべては互いに影響し合い、助け合っているってね。それで、それはきっととても大きな木に違いないって思ったんだ。」
臼杵 「それが世界樹?」
榎木田 「そう!」
臼杵 「どのくらい大きいの?この体育館ぐらい?」
榎木田 「いやいや。」
臼杵 「学校くらい?」
榎木田 「なんのなんの。」
野々木 「本田劇場。」
榎木田 「いや。」
臼杵 「駅ビル?」
榎木田 「もっと!」
野々木 「紀伊国屋ホール!」
榎木田 「いーえ。」
臼杵 「東京タワー!」
榎木田 「ぜんぜん!」
野々木 「東京芸術劇場中ホール!アートスフィア!」
榎木田 「大きさを劇場で表現するのやめてくれませんか。」
野々木 「あこがれんなあ!」
臼杵 「いったい、どれくらい大きいの!?」
榎木田 「地上をすっぽり覆い、蒼穹を支える。運命の女神ノルネンはウルズの泉の水を世界樹に振りかけ、瑞々しさと生命力を与える!」
臼杵 「、、、何、それ?」
榎木田 「つまり宇宙そのもの。宇宙と同じ大きさなんだ。『猿かに合戦』の物語。あれは、世界樹が弱きを助け、善悪のバランスを取り戻すという物語とも言える。そうなるとウスはあの物語の主人公であり、英雄なんだ。」

その時、鋳子(楡川鋳子:5年生。)が舞台にやってくる。

鋳子 「なんで、あんたが主役の格好してんのよ!」

鋳子は臼杵に気がつくと、開口一番に注意する。

鋳子 「あんた3年でしょ!なんで4年生のだしもの格好しているのよ!」
野々木 「ああ、臼杵もう脱げ。」
鋳子 「勝手に着るってどういうこと。そういうのっていけないことなのよ!」
臼杵 「うるさいな!」写真
鋳子 「相変わらず、なまいきね!(舞台へ上がりながら臼杵に)どきなさいよ!」

舞台の上でも鋳子は臼杵につらくあたる。

榎木田 「どうした鋳子?5年生の出番はまだだぞ。ピーターパンのリハーサルはもうちょっと、、、。」
鋳子 「もう!信じられない!」
榎木田 「どうしたの。」
鋳子 「先生!5、6年は自習だって言いましたよね!」
榎木田 「そう、課題図書の感想文を書いておくように言ってあります。」
鋳子 「男子たちが自習をさぼって、ふざけているんです!」
野々木 「そうか、もうちょっとで出番だから、そしたら呼び出すよ。(榎木田に)この年頃は生意気通り越して怖いくらいですね。」
鋳子 「課題図書『イワンのばか』。ぜんぜん読んでないんですよ!私が、ちょっと質問してみたんです。先生のお手間を取らせないように。」
榎木田 「そりゃ、どうも。」
鋳子 「ちょっと聞いてみてもらえます?」
榎木田 「えっ?」
鋳子 「男子がどんだけ理解していないかを再現してみます!」
榎木田 「ああ、えーと、この作品の主題はなんですか?」
鋳子 「(小学生に扮して)イワンが馬鹿なことです!」
榎木田 「イワンはなぜ欲の深い兄たちを助けました?」
鋳子 「(小学生に扮して)ばかだから!あいつぜんぜん読んでないです。」
野々木 「しょうがないな、あいつら!僕が行って、喝を入れてきましょうか!」
榎木田 「いや、いいですよ。私が行きます!あの作品の奥深さを語ってやれば、、、。」
野々木 「またそんな甘っちょろいことを言って。先生が良い子ぶってどうすんですか!?」
鋳子 「良い子じゃいけないんですか?」
野々木 「えっ!」
鋳子 「良い子でいることは悪いことなんですか?」
榎木田 「おい、鋳子。何を言い出すんだ!?」
鋳子 「さっきも男子に言われました!」
臼杵 「いい子ぶりっ子!」
野々木 「臼杵やめろ!先輩をからかう奴があるか。」
臼杵 「(やけ気味に)先生に気に入られようとして、なんでもハイって言うんだろ。」
鋳子 「何ですって!」
臼杵 「そんなに大人の仲間入りしたいの。キミは大人にゲイゴウしているんだ!」
鋳子 「ふざけろーっ!」

鋳子は思わず、臼杵を舞台の上で追いかけ回す!

榎木田 「なんで、また追いかけっこが始まっちゃうの!?」
鋳子 「まて、こらー!」
臼杵 「バカ女、いい子ぶりっ子!」

すると、鋳子は急に立ち止まり泣き出す。驚く臼杵。

鋳子 「いい子、、いい子、、、どんなに一生懸命やっても、、、。」
野々木 「おい、鋳子。!」
鋳子 「何やってもだめ!どんなことしてもだめ。どうしたらいんですか、私、、、私!」
野々木 「鋳子、落ち着きなさい!保健室へ行ってきます!」

野々木は寄添いながら鋳子を舞台から降ろし、体育館から出て行く。
気まずい沈黙の中、臼杵はうなだれる。

榎木田 「臼杵は、あの子のこと知っているのかな?」
臼杵 「、、、はい。」
榎木田 「友達にあんなこと言っちゃだめだよ。仮にも女の子だ。」
臼杵 「友達じゃ、、、ありません。」
榎木田 「でも、、、。」
臼杵 「家が近いから昔から知っているだけ。」
榎木田 「そうか、、、。ああ、そうだ!臼杵のあこがれている『桃太郎』ね!あれも世界樹の物語と関係があると思う。」
臼杵 「、、、どういうこと?」
榎木田 「『猿かに合戦』の前半と、後半の敵討ちの物語は元々別の説話だった。物語は、人から人へ語って伝えられていくうちに、語られる時代を取り込んで、変わっていく。つまり物語は生きているんだ。」
臼杵 「何だよそれ!変だよ、変!」
榎木田 「たとえ話さ。日本には昔から、天から高い山に降りて来た神様をふもとへ迎える習慣があったんだ。」
臼杵 「関係ないじゃん、『桃太郎』と!」
榎木田 「日本の民話には、小さな神様が人里に降りて成長し、人間に福を授ける話が多いんだ。『一寸法師』しかり、『桃太郎』しかり。こういう話を『小さ子』物語と言っているんだ。」
臼杵 「桃が出てこないよ。」
榎木田 「桃、もも、ももの物語は、、、古事記って知っているかい。」
臼杵 「知らない!」写真
榎木田 「この國がどのようにしてできたかという物語が書いてある。その物語ではこの國はイザナキとイザナミという夫婦の神様がいて、その妻のイザナミが生んだんだ。」
臼杵 「神様が生んだの?」
榎木田 「(炎の旗を片付けながら)でも、イザナミは火の神様を生んだ時に死んでしまうんだ。悲しんだイザナキは地底にある死者の国へ行く。」
臼杵 「それ怖い話?怖いの!?」
榎木田 「怖くなんかないよ。再会したイザナミは地上に出るまで後ろを振り返らないでくれと頼む。けれどもイザナキが恋しさのあまり、つい振り返ってしまうと、、、。(ガバッと怖い顔を上げて)イザナミは死後の醜い姿のまま!」
臼杵 「ぎゃー!」
榎木田 「怒ったイザナミは妖怪を生み出し、イザナキを追いかけさせる!その時、イザナキは冥界の道に生えていた桃の実を見つけるんだ。それを投げつけて、救われる。」

臼杵は小道具のきびだんごを榎木田に向かって投げつける。

榎木田 「(きびだんごをぶつけられながら)『お前は日本国民が苦しい目に遭っている時に助けるが良い。』と言われ、イザナキは桃の実に『オホカムツノ命』という名を与えたんだ。先生はこの物語と『小さ子』物語が結びついたものが『桃太郎』だと思う。もうやめなさい!」
臼杵 「その物語は『三枚のお札』に似てる。」
榎木田 「、、、うん。イザナミは國を生むほどの豊かな女神だ。それが、あるきっかけで愛するものを追いつめる存在になってしまう。女神には二つの顔があるんだ。」
臼杵 「そうなの?」
榎木田 「イザナミの物語は『三枚のお札』の山姥に変化したのかもしれない。豊かな女神の二つの顔のうち恐ろしい方が、民話に残った。」
臼杵 「あとに残されたイザナミはどうなったんですか?」
榎木田 「えっ。」
臼杵 「好きな人に、見られたくない姿を見られたんでしょ!それで怒ったんでしょ。、、、なんか可哀想だよ。」
榎木田 「、、、確かに好きな人と別れるのはつらい。全身の骨を砕かれてしまったような気になるよ。、、、(ハッとして)臼杵、お前、確かお母さんが、、、。」
臼杵 「、、、2年前に死んだ。」

そこに鋳子の母、嶺が現れ舞台に登ってくる。

「見つけましたよ!先生!」

嶺はずかずかと舞台に上がり、榎木田にまくしたてていく。

「榎木田先生!どうして約束の時間にいてくださらないの。娘のことで相談があると言ったでしょう!」
榎木田 「ああ、まずい!すいません、ちょっと、ばたばたしていたもので!」

その時、野々木と鋳子があわてて戻って来る。

野々木 「阻止できませんでした!」

が、嶺が振り返ると何事もないかのような顔をする。

「大事な問題なんです!娘ががいじめられているって言うんですよ!」
榎木田 「そうですか?鋳子さんは大変元気で、積極的に授業にも参加してます。ご心配には、、、。」
「バカ言いなさい!現に泣いて保健室に連れて行かれたんですよ!」
榎木田 「タイミング悪い!いや、それは違うんですよ!学芸会の練習中にちょっと気持ちが高ぶって、、、。」
「そうなの、鋳子。」
鋳子 「えっ、私、わたし、分からない、、、。」
「いじめがあったのね。」
野々木 「お母さん、鋳子ちゃん、そう言ってませんよ!」
「お黙りなさい!」
榎木田 「今回のことは友達同士のちょっとしたケンカ程度の問題です。その場にいて止めることができなかったのは、私の責任です。ですが、大きな問題として取り上げなくても、、、。」
「誰なの、そのお友達って?」
野々木 「いや、お母さんそれは、、、。」
「おだまり!さあ、誰!」写真
鋳子 「お母さん、私、学校では何もされてないわ!だから止めて!」

その時、ギリリととても嫌な音がする。
あまりの重圧に太い鉄骨が降参してねじ切られていく時のような音。
と、臼杵が嶺の前に出る。

臼杵 「、、、!」
「誰、この子?、、、どこかで見た顔ね。あんた、臼杵さんとこの坊やでしょ!この子がうちの子をいじめたの!?」
榎木田 「ですからそれは説明しましたように!」
「臼杵さんのご主人、、ろくでもない奴だったわ。いつも酔っぱらって帰って。」
臼杵 「、、、!」
鋳子 「お母さん、その子は関係ないわ!」
「夜中まで怒鳴り声が聞こえていました。ほんとに迷惑だったわ!あんなんじゃ奥さんも早く死ぬ訳よね。」
鋳子 「言い過ぎよ、止めて!」
臼杵 「、、、!(思わず嶺に突っかかろうとする。)」
野々木 「(臼杵を止めて)お母さん、落ち着いて話合いましょう!」
「あんた今、親戚の家に預けられているんでしょ!そんな父親の子だからいじめなんかするのよ!」
鋳子 「お母さん、やめて!」

その時、体育館の舞台は暗闇と爆音の帳が落ち『とてもひどい事』が起きる。
どこか遠くで子供たちの悲鳴が聞こえる。
爆発!
爆風で学芸会の戯曲は吹き飛ばされ、白いページが舞い散る。
三つの物語は入り乱れ、混濁していく。

(作:大村国博/写真:はらでぃ)

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