△ 「ダンボールキッチン」第31回


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アトム、下手より。困ったような顔で。

アトム …あのお…
麻美 なによ
アトム お客さまが…
取り込み中だ。断れ
アトム はあ。…それが…

アトム、後ろの人間を押し出す。大きなバッグを抱えた千里。

千里 こんばんは舞台写真
千里!
ナルコ 千里さん…
千里 (ぺこりと頭を下げ)お邪魔します
お前…
千里 お返しに来ました(バッグを俊に)…全額、入ってます

千里 心配かけて、ごめんね

麻美 ええと…その…いいの?
夢子 麻美!
麻美 だってさー…
千里 いいんです

千里 これで、いいんです…
千里!ごめん!
千里 なにが?
俺、疑ってた、千里のこと。このまま晃冶さんと逃げて、もう二度と…俺の前に現れないんじゃないかって…
千里
でも千里は戻って来てくれた…ありがとう…ありがとう千里!
千里 (苦しそうに)…それは…
晃冶 …やっぱここか…

ぎょっとする人々。いつのまにか晃冶が下手のドア近くに。

千里 …晃ちゃん…
晃冶 金は?
千里 …返したよ…
晃冶 返した?

千里、頷く。

晃冶 馬鹿かおめえ!あの金がなかったら俺ら…
千里 知ってるよそんなこと!でも、もう嫌なのあたしは…
晃冶
千里 これ以上人を騙して生きていくのは嫌なの…
晃冶
晃冶さん、このまま帰ってくれ。そうしたら俺、全部忘れるから…
晃冶 …なんだと
今までのこと全部…二人が、夫婦だったってことも…
千里 俊さん…
頼むよ、頼む…
晃冶 …そうか。…そういうことかよ…
千里
晃冶 自分の馬鹿さ加減に反吐が出るぜ…
千里 なんのこと…
晃冶 千里。てめえ、本気でこいつに惚れやがったな…
千里 え?
晃冶 俺を捨てて自分だけ助かる気だろうが…そんなこたさせねえ…舞台写真

晃冶、飛び出しナイフを出す。息を呑む人々。

晃冶 …お前を殺して、俺も死ぬ…
千里 晃ちゃん…
下がって!
晃冶 どけ!

晃冶、ナイフを払う。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
千里、俊の腕をかいくぐり、晃冶に近づいていく。

危ない千里…
千里 ほんと馬鹿だよ晃ちゃん…
晃冶 なに…

千里、大きく腕を広げて晃冶を抱きしめる。

晃冶
え?
千里 …捨てる気ならとっくのとうに捨ててるわ…
晃冶 …じゃあ…
千里 …振り出しに戻っただけ。なんにも変わらない…
晃冶
千里 逃げよう。…二人でどこまでもどこまでも…
晃冶
千里 …死ぬまで一緒に逃げていこう…

晃冶の手からナイフが落ちる。

晃冶 …どうすんだよ。アルプスはよ…
千里
晃冶 小さな山小屋は分厚いチーズは干草のベッドは…床で遊ぶ子どもたちはよ…

千里、子どもをあやすように晃冶を抱きかかえる。

千里 …いらない
晃冶
千里 なんにもいらない。…晃ちゃんさえいればそれで…それだけで…
晃冶
千里 行こ…舞台写真
待ってくれ千里…
ナルコ 行け!さっさと行っちまえ!
千里
アトム ナルコさん…
ナルコ 何してんだよ、早く行け馬鹿野郎!
晃冶 …(ナルコに向かいかける)
千里 (制して)晃ちゃん…

千里、ナルコに向き直り、晴れ渡った空のように。

千里 元気でね!…ナルコちゃん
ナルコ

千里、晃冶去る。
立ちつくす俊、そしてナルコ。
間。

夢子 …俊…

近づこうとする夢子を覚、制して、バッグを指す。

夢子。しまっといてくれ
夢子 でも…
頼む…

覚、目線を麻美に送る。麻美了解して。

麻美 行こ、母さん
夢子
麻美 (バッグを持ち上げ)結構軽い…
夢子

麻美、夢子、上手に去る。
覚、さりげなく晃冶のナイフを拾い上げ、手の中で転がす。

…いいナイフだ…

…生き延びられるといいな…
ナルコ …うん…

…うおっ!

覚、胸を抑えてのた打ち回る。

ナルコ 父さん!
発作か!?アトム薬…
なーんちゃって

今から目指すか、役者
…クソじじい…俺が、俺がどれだけ心配したか…!!(掴みかかる)
死なんよ
なに!?
私は、死なん。当分な。だから焦るこたあない舞台写真

大事なのは歩き続けることだ

…ゆっくりでもいい。歩き続けることだ…

俊、下手へ駆け去る。追おうとするアトム。

追うな
アトム けど…
今は追うな…
ナルコ

覚、大きく吐息をつく。

熱演が過ぎたな…少し休む
アトム へえ
お前たちも休みなさい
ナルコ

覚、上手に去る。キッチンにはナルコとアトムの二人が残る。

アトム お茶でもいれまっか

首を振るナルコ

ナルコ …どうなるんだろあの二人…
アトム …さあなあ…
ナルコ 逃げて逃げて…
アトム
ナルコ …死ぬまで一緒に、逃げ続けるのかな…
アトム
ナルコ 何故だろ。そんなはずないのに…
アトム
ナルコ …出て行くときの二人、幸せそうに見えた…
アトム …二人、やったからやきっと…
ナルコ
アトム 大切なんは…二人でおる、そのことだけかもしれん…
ナルコ
アトム どんなに辛くても苦しくても暑くても寒くても、
ナルコ お腹すいてもお金がなくても、
アトム 盲腸痛くても足の爪はがれても、
ナルコ 無視されても陰口言われても、
アトム 悲しくてもしんどくても淋しくてもやりきれなくても、
ナルコ 目を開けたくない朝が来ても、
アトム 目を閉じたままでいたい夜が降りても…二人で…
ナルコ
アトム …ふたりで…

ナルコ、アトムの涙に気づく。涙は留まることを知らず流れ、アトムの膝頭を濡らす。

アトム …一緒に過ごした冬…二人で迎える春は、きっときっと…舞台写真
ナルコ
アトム …きれいやろな…
ナルコ
アトム …夢のように、きれいやろな…

アトム、声を上げて泣く。ナルコ、アトムによりそい、そっと腕を回す。
転。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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