「ダンボールキッチン」第6回 「ダンボールキッチン」第6回トップページ > ページシアター > ダンボールキッチン > 第6回 【公演データ】
そこへ、上手より寝ぼけ眼の森瀬夢子が入ってくる。すぐ後にカヨも続く。
夢子 おはよ…早いね、西条ちゃん
西条 おはようございます。カヨさんカヨさん！
カヨ はい
西条 見たわ、私も。プレーリードッグ
カヨ 見たかね、あんたも。
夢子 プレーリードッグ？
カヨ やっぱりあれかね、あの小窓から？
西条 （頷いて）覗いてた
夢子 （感心して）ずいぶん大きな犬ねえ
カヨ 奥様、プレーリードッグは犬じゃないです
夢子 犬にしちゃ大きすぎると思った
カヨ 北アメリカにいる、ねずみの仲間で…
夢子 ねずみ！？ねずみがあの窓から！？
カヨ でも見かけは可愛いんです
夢子 いやーん。あたしも見たかったなあ
西条 噛み合わない会話は止めてください！夢子さん、私たちが見たのは本物のプレーリードッグではなく、それに似た男、です。人間です
夢子 なんだ。ねずみじゃないんだ
西条 危険だわ、すぐ警察に連絡しないと…
カヨ 二度も現れちゃあね
夢子 警察？止めてよめんどくさい
西条 変質者だったらどうします？
夢子 見かけは可愛いねずみでしょ
西条 プレーリードッグのことは忘れてください、今すぐに！
夢子 何よ。そっちが言い出したくせに…（冷蔵庫を開け、牛乳をパックから直接飲む）
カヨ あーまた口飲みして…
西条 こぼれるこぼれる…
夢子の口の端から牛乳がこぼれる。西条、ティッシュを探す。
と、繁雄、今度はキッチンと客席の間（裏庭）に現れる。怪しい風体。
西条 あ
カヨ （振り向いて）あー！
繁雄、すばやく上手へ去る。
カヨ 奥様奥様！（ばんばんたたく）
夢子 あー鼻に入った…
西条 さっきの男！今度は庭に！
夢子、庭を眺めようと舞台前方へ。西条、ともに前へ。
夢子 どこ？
西条 こっちから来てあっちへ
夢子 いないじゃない
西条 逃げたかしら…
カヨ、牛乳パックをしまう。繁雄、今度は勝手口の小窓から覗いている。
カヨ あ
西条 （振り向いて）ああー！
繁雄、すばやく去る。西条、夢子をたたく。
夢子 痛いってば
カヨ たったいまそこから…
西条 見てた。見てました
夢子 （面倒くさそうに）でもいないじゃない
カヨ （勝手口を開けて外を見回し）また逃げた…
西条 何なのかしら、いったい
夢子 あたし着替えてくる
西条 夢子さん…
夢子 （ぴしゃりと）犬だろうがねずみだろうが人間だろうが、この目で見ない限り信じないからね
カヨ でもお…
夢子 警察呼ぶなら捕まえてから呼んで
夢子、上手に去る。同時に繁雄、上手から下手へ悠然と去る。
カヨと西条、眼の隅で追いながら。
西条 …なんか、滅茶苦茶腹立って来た…
カヨ …プレーリードッグのくせに…
玄関より袴田遼太郎、入ってくる。両手にいっぱい、書籍の入った袋を下げている。
遼太郎 （疲れきった様子で）ただいま
カヨ リョータロ！ちょうどいいところへ
遼太郎 （テーブルに荷物を置きながら）なにが
西条 さっきから家の周りを変な男がうろついてるのよ
カヨ すぐ行って捕まえてきな
遼太郎 （カヨの言い方にむっとして）あのねえカヨさん、僕は今帰って来たばかりなんだよ。重い本両手に抱えて、くたくたに疲れきって…
カヨ だらしない
遼太郎 だったら自分で行きなよ
カヨ 何するんだよ、年寄りに！（遼太郎をがくがく揺らしながら）
西条 （割って入り）わかったわかった。遼太郎さんには少し休んでもらいましょう
遼太郎 そうさせてください。眼まで回ってきた…
西条 カヨさん、お茶くれる？
遼太郎 僕も
カヨ 飲んだら行くんだよ
カヨ、お茶をいれに離れる。遼太郎、大げさにため息をつく。
西条 大変ね。調べ物？
遼太郎 （頷いて）ここんとこずっと図書館にこもりきりです
西条 自分の本の？
遼太郎 まさか！ぜんぶ先生の資料探し
西条 そういえば先生は？見てないけど
遼太郎 まだ寝てるんじゃないですか。昨夜編集の人たちと遅くまで飲んでたみたいだから…
西条 作家先生も大変ね
カヨ （お茶を差し出しながら）好きで飲んでるんだから、同情しなくていいですよ
西条 （受け取って）確かにここのところ先生の飲む量、半端じゃないみたいね
遼太郎 奥様が？
西条頷く。
遼太郎 お体が心配ですよ
西条 そうね
カヨ リョータロ、これ邪魔。どけるよ（本の入った袋をどさっと下に落とす）
遼太郎 大切に扱ってよ！みんなの本なんだから
西条 持って帰るのも一苦労ね
遼太郎 肩が抜けるんじゃないかって思いましたよ
カヨ 大げさなんだよ、リョータロは
西条 先生、インターネットは？パソコンが使えれば調べ物もずいぶん楽でしょう
遼太郎 （苦笑して）パソコンどころか…ファックスだって使いこなせるか、怪しいもんですよ
カヨ 機械オンチだからねえ、センセは
遼太郎 知ってます？先生、ファックス送るとき、必ず３回、拍手を打つんですよ
西条 かしわで？
カヨ またなんで
遼太郎 以前に一度間違って、とんでもないところに原稿、送っちゃったことがあって…
西条 とんでもないところって？
遼太郎 イスタンブールの…なんとかって絨毯屋
カヨ イスタンブール…
西条 どこをどう間違えたらそんなところに行くの
遼太郎 さあ。それ以来、無事相手に届きますようにと願いを込めて…（３回打ってみせる）
カヨ 拍手をねえ…
遼太郎 ま、日本の神様にしか効かないと思いますけどね
（作：中澤日菜子／写真：広安正敬）