△ 「千年水国」第2回


トップページ > ページシアター > 千年水国 > 第2回 【公演データ

<前一覧次>

舞台、また別の空間に、男(藤岡義介=ギスケ)と女(ミーナ)現れ対峙する。

ミーナ 「…幾ら」
ギスケ 「…」
ミーナ 「幾ら持ってるのよ」

ギスケ、財布を抜き出し、ミーナの前に投げる。
ミーナ、財布の中身を改める。

ミーナ 「…ポケットの中身も出しな」

ギスケ、ゆっくりとポケットの中身を出し始める。汚いハンカチ、ガム、ライター…。
一方、八嶋。
走り疲れ、立ち止まる。

八嶋 「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生…」舞台写真
少女 「チクショーチクショーチクショーチクショー」
八嶋 「畜生畜生畜生畜生…」
少女 「チクショーチクショーチクショーチクショー」
八嶋 「…畜生畜生畜生畜松竹新喜劇…」
少女 「チクショーチクショーチクショーチクシンチゲチ…」
八嶋 「お前か!!」
少女 「(八嶋のラジオを差し上げ)レイディオ!」

一方、ミーナとギスケ。
ギスケ、ポケットの中身を出し終え、ゆっくりと手を上へ。

ミーナ 「それで全部?」

頷くギスケ。すかさずミーナ、ギスケの首もとに手を差し入れ、虎の子のがま口をぶっちぎる。

ギスケ 「そ、それは!」
ミーナ 「バーカ、見え見えなんだよ!」

一方、八嶋と少女。

八嶋 「なんだってまた俺に付いて来たんだよ」
少女 「レイディオ!」
八嶋 「肝心な時にはいないくせにさ…」
少女 「レイディオ!」
八嶋 「しょうがない、何処か近くの警察に…」
少女 「レイディオ!」
八嶋 「違う、警察に行くの。わかる?ケ・イ・サ・ツ」
少女 「(必死で)レイディオ!」
八嶋 「え?」
少女 「(にっこり笑い、ラジオを八嶋の手に預ける)レイディオ…」
八嶋 「…ひょっとして、これを俺に届けるためにここまで…」
少女 「バケツ!」

一方、ミーナとギスケ。
がま口を改めるミーナ。

ミーナ 「…しめて七千と800円か…しけてるねえ」
ギスケ 「ダメっすか、やっぱり」
ミーナ 「…しょうがない、今日は大サービス。これで手を打ってやるよ」
ギスケ 「有難うございます!!」

ミーナ、さかさか脱ぎ始める。

ミーナ 「ほらさっさと脱いで脱いで」
ギスケ 「ハイハイ」
ミーナ 「言っとくけど、キスはNGだからね」
ギスケ 「ハイハイ」

ミーナとギスケ、重なり合ったその時。

八嶋 「ただいまっと…」

ドアを開けたまま凍りつく八嶋。

八嶋 「…失礼」

ドアを閉め、慌てて表札確認。ドアを開け放つ八嶋。

八嶋 「離れろ!ヒトの部屋で何をやってる!離れんか!」
ギスケ 「よう、遅かったな」
ミーナ 「ずいぶん待ったわよ」
八嶋 「そんなカッコで冷静に応答するな!」
ギスケ 「始まったばっかなんだけど」
八嶋 「ばっかでも駄目だ!」
ギスケ 「ちえ…ケーチ」
ミーナ 「ケーチ」

離れる二人。

ギスケ 「金、返してくれよ」

ミーナ、財布を放り投げる。

ギスケ 「おい2000円しか入ってねえぞ!」
ミーナ 「10分5000円。安いもんだわよ」
ギスケ 「ふざけるな手前…」舞台写真
八嶋 「待てよ!大体なんでお前が俺の部屋にいるんだ」
ギスケ 「お前訪ねてきたら留守で、部屋の前で困ってたらその女が、カギ開けてくれて…」
八嶋 「は?」
ギスケ 「で、ただ待ってるのも退屈だからって…いや俺も彼女なのに悪いなと思って遠慮したんだよ、一応。そしたら金取るっていうから、なんだ商売ならいいかって…あんだよ。文句、あるのかよ」
八嶋 「…違う」
ギスケ 「?何が?」
八嶋 「彼女なんかじゃない」
ギスケ 「へ?だって部屋のカギ…」
八嶋 「ミーナ!!」
ミーナ 「いいじゃん別にカギくらい。減るもんじゃないしさ」
八嶋 「減るよ!減ってるよ、確実に!味噌とか米とか醤油とか、お前持ち出してるだろう!」
ミーナ 「だあって金目のもん何にもないんだもん、このウチ」
八嶋 「ふざけるなお前…」
ギスケ 「待てよ!じゃあこの女、いったい何者なんだ?」
八嶋 「ミーナっていって…上の部屋に住んでる…ソープ嬢だ」
ミーナ 「元・ソープ嬢ね。ここんとこの渇水騒ぎでお店は開店休業状態、アタシもやむなく失業中」
ギスケ 「確かになあ。水がなけりゃ、ソープは開けないよなあ」
ミーナ 「そ。だからこうやって個人営業してるわけ。わかった?」
八嶋 「…まさかお前…いつもこの部屋使って営業してたんじゃ…」
ミーナ 「だあって自分の部屋に知らない男上げるの嫌なんだもん」
八嶋 「お前なあ…」
ミーナ 「怒らないでよ、その子が怖がってるじゃない」

少女、ドアの所に立ちすくんで入る。

八嶋 「そうだった、この子がいたんだった。…おいで、怖くないから」
ミーナ 「男はみんなそう言うのよ」
八嶋 「(ミーナをひと睨みして)悪かった、もう怒鳴らないよ」

八嶋に手を引かれて、少女、おずおずと部屋にはいる。

ギスケ 「誰?」
八嶋 「勤め先の水族館で迷子…になってて…警察に、と思ったんだけどどうも…障害があるみたいで」
ミーナ 「障害?」
八嶋 「(自分の頭を指して)ここに」
ギスケ 「パーってこと?」
八嶋 「そういう言い方やめろよ」
ギスケ 「いいじゃん、どうせ何言われてるかわからないんだろ。な?パー」
少女 「ぱー!」
ギスケ 「ほら。喜んでる」

八嶋、ギスケの胸倉をつかむ。

八嶋 「もう一度同じことしてみろ。いくらお前だからって許さないぞ」
ギスケ 「わ、わかったよ、冗談だよ冗談…」
ミーナ 「でもさあ、そんな子だったら余計に警察に連れてったほうがいいんじゃないの?」
八嶋 「今日はもう遅いし…明日、連れていこうかなって。な、その方がいいよな?」
少女 「ナー」
ミーナ 「あんた…小さい頃、捨て猫匿ったクチでしょう」
ギスケ 「そのうち情が移って捨てるに捨てられなくなって」
ミーナ 「結局自分で世話することに」
ギスケ 「口コミで噂は広がって」
ミーナ 「あっちこっちから三毛だの」
ギスケ 「縞だの」
ミーナ 「ぶちだの」
ギスケ 「トラだの」
ミーナ 「猫を捨てに来るようになり」
ギスケ 「ついたあだ名がマタハリ」
ミーナ 「もとい、」
ギスケ 「ハリマオ」
ミーナ 「ならぬ」
二人 「怪傑マタタビ」
八嶋 「なんで知ってるんだ」
少女 「マタタビ!」

そこへ、一陣の風に乗って、怪しい風体のババア(近藤シズエ)登場。

八嶋 「しまった!まだ寝ていなかったのか!」
ミーナ 「夜は早いはずなのに…」
ギスケ 「だ、誰だ、誰なんだあのババアは!?」
ミーナ 「日吉荘の、生涯一処女(エターナルバージン)!」
ギスケ 「なんじゃそりゃ!?」

シズエ、ギスケにねらいを定め一直線に。

シズエ 「そなたの前世を詔奉る〜」
ギスケ 「前世?」
シズエ 「そなたの前世は〜」
「前世は!?」
シズエ 「…『いなだ』」

風、収まる間。

ミーナ 「出たわね、久々に魚類が」
八嶋 「ここんとこ、ずっと爬虫類が続いていたから新鮮だな」
ミーナ 「ね」
ギスケ 「なんだよいなだって、いなだって」
ミーナ 「ブリのちっこいやつ」
八嶋 「刺身でうまい」
ギスケ 「それは知ってるよ、いなだが何かって聞いてるんだよ」
八嶋 「だから占いだよ」
ギスケ 「え…動物占い?」
シズエ 「喝!」
八嶋 「馬鹿、ここではそれはタブーだよ」
ギスケ 「じゃあ…」
八嶋 「さっき言ってただろ。シズエさんはそのヒトの前世がわかるんだよ」
ギスケ 「ふざけんな、なんで俺が魚なんだよ!しかもブリじゃなくミョーに中途半端な『いなだ』…」
八嶋 「最初はみんな、呆然とするのさ」
ギスケ 「煩い!大体あんた、ここまでが『いなだ』でここからがブリってわかるのかよちゃんと!」
シズエ 「わかるとも」
ギスケ 「じゃあ教えてくれよ、どこまでが『いなだ』でどこからがブリなんだよ」
シズエ 「大きいのがブリ。で、それより小さいのが『いなだ』」
ギスケ 「じゃ拒食症のブリは」
シズエ 「いなだ」
ギスケ 「過食症のいなだは」
シズエ 「ブリ」
ギスケ 「それじゃ最初過食に陥ってその後小康状態を保ち、1年後に今度は拒食に陥った後、周囲の励ましでだんだん食欲の出てきたいなだは!?」
シズエ 「…『わらさ』」
ギスケ 「なんだよそれ」
シズエ 「いなだとブリの中間魚」
ギスケ 「いい加減なこと言うな、くそババア!」
シズエ 「喝!!」

思わず腰を抜かすギスケ。

シズエ 「前世に文句を言っても始まらん。そなたは、ブリになる前に死んだ不運な『いなだ』じゃ。出世魚として、志なかばで果てるのは、さぞ無念じゃったろう。その想いが強いがゆえに、そなたはこの現世(うつつよ)でも必死にあがいておる…上へ行こう、少しでも上に登ろう、とな…」舞台写真
ギスケ 「う…」
ミーナ 「え、当たってるの?」
八嶋 「…ギスケは…売れない役者なんだ。」
ギスケ 「…俺が…俺の芽が出ないのは、いなだの所為だと…」
シズエ 「わしは、何もいなだが悪いなどとはちいとも言っておらん。ただ、何故ゆえにそなたはそうまで頂点に立とうと固執するのか…そのおおもとの『因縁』を知っておいてもらいたいのじゃよ」
ギスケ 「…」
シズエ 「『因って立つ縁』がわかれば、この生き難い世の中も少しは明るく見えるようになる…そうは思わんか、お若いの…」

ギスケ、がしっとシズエの手を取る。

ギスケ 「俺は…俺は今まで濃い、霧の中で生きていたように思います。でも、今その霧は晴れた…師匠、いやお師匠様!」
ギスケ 「どうか俺を、お側に置いてくだされ!」
シズエ 「ならぬ。それはならぬぞえ」
ギスケ 「な、何故ゆえに!?」
シズエ 「わしは、生涯伴侶は持たぬと誓った、いわば神に嫁いだ巫女じゃ。今更そなたのような若い男衆をそばに置くことはできぬ」
ギスケ 「では…」

ギスケ、ミーナをきっと睨む。

ギスケ 「…私、藤岡義介今日からは、この女性(にょしょう)の部屋にて起居いたしまする」
ミーナ 「えええ!!」
ギスケ 「ご用がおありの折は、なんなりとお申しつけくだされい」
ミーナ 「ば、馬鹿いってんじゃないわよ!なんであたしが…」
八嶋 「まあそう言いなさるな」
ミーナ 「えええ!!」
シズエ 「困った時はお互い様」
ミーナ 「えええ!!」
ギスケ 「よろしく頼む、ミーナ御前」
ミーナ 「あんたたちねえ…」

その時、成り行きを見ていた少女が、突然話し出す。

少女 「ア…アタシ」
八嶋 「え?」
少女 「アタシ、ミ…ミル…ミテ」
シズエ 「…」
ミーナ 「しゃ、しゃべった…」
ギスケ 「嘘だろ…だってさっきまで…」
シズエ 「口、きけなかったのかい」
八嶋 「きけないどころか…赤ん坊くらいの脳みそしか…」
シズエ 「赤ん坊…それは、おもしろい…おいでお嬢ちゃん」舞台写真

少女、ニコニコ笑いながらシズエの前に立つ。

シズエ 「手を…お出し」
少女 「テ?」
シズエ 「手…これだよ、あんたの肩から生えてる、この先っぽの割れた肉体」
少女 「コレ…テ」

シズエ、少女の手を包み込む。

シズエ 「あったかい手だねえ…お嬢ちゃん」

少女、にっこり笑う。
シズエ、目を閉じて思念を飛ばす。固唾を飲んで見守る3人。

シズエ 「…?」

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

<前一覧次>


トップページ > ページシアター > 千年水国 > 第2回 【公演データ