△ 「千年水国」第1回


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舞台上は、淡い光の射す、柔かな空間。

男が一人、掃除道具と古ぼけたラジオを持って現れる。
男、ラジオのスイッチを入れる。流れ出す音楽。男、音楽を聴きながら掃除を始める。

ここは、閉館後の、誰もいない水族館。舞台写真

男がいったん去り、無人になった舞台に、少女が一人。
少女は「現れた」のではなく、もうずいぶんと前から其処に「在った」。
少女は眠っている。

女が一人、静かに現れる。
女、ラジオの局を変える。ニュースが流れてくる。

『…16日に静岡県松崎町の雲見海岸に迷い込んだ鯨の話題をお届けします。懸命の救出作戦の甲斐なく鯨は死亡しましたが、その後の解体作業中、妊娠中であったと判明しました。奇跡的にも胎児が生きていたため、地元松崎町の漁業組合は東京の国立「海と光の水族館」に救援を依頼。駆けつけた水族館員の迅速な処置により、胎児は一命を取りとめ、現在は同水族館で順調に回復中とのことです。…それでは続いて世界のお天気です。ニューヨーク、晴れ。サンフランシスコ、晴れ。メキシコシティ、晴れ。リオデジャネイロ、晴れ。シドニー、晴れ。ジャカルタ、晴れ。シンガポール、晴れ。ハノイ、晴れ。北京、晴れ。モスクワ、晴れ。ロンドン、晴れ。パリ、晴れ。ベルリン、晴れ…』

延々と続く世界各地の天気予報。それらは、全て『晴れ』。

「世界は乾いている。もう何日も、雨は、降らない」

女、去る。
同時に、少女、目をあける。伸びをし、あたりをきょろきょろと物珍しそうに見渡す。
少女が動き出そうとすると、上手から下手に向けて女(三村佐都子)がすごい勢いで駆けて行く。思わず引っ込む少女。

佐都子 「榊原さーーーん!!」

少女、佐都子がいなくなったのを確認して、再び動き出そうとする。
と、今度は下手から、男(榊原浩二)を引っ張った佐都子が現れる。また隠れる少女。
榊原、カップラーメンを食べている。

佐都子 「早く早く早く!」
榊原 「ふぉんあにいふぉがんでも…」
佐都子 「だって動いたんですよ!ほんのちょびっとでしたけど、あたし見たんです、動いたんですよ、あの子!!」

榊原、足元にあるバケツにつまずく。バケツ、ひっくりかえり辺りに水がこぼれる。

榊原 「あちゃー」
佐都子 「いいですよ、そんなの…八嶋くーん!」
八嶋 「はーい」

上手上から応える声がする。最初に出てきた掃除夫(八嶋渉)である。

佐都子 「悪いけど、ここ、片付けておいて!」
八嶋 「はーい」

佐都子、榊原を急き立てて去る。
少女、ようやく無人になった舞台に歩み出る。零れた水を触り、次にラジオに注意を向ける。少女、不思議そうにラジオを眺め、いくつかツマミをいじる。と、いきなり大音量に。吃驚する少女。飛び出してくる八嶋。

八嶋 「なんだなんだ!(慌ててラジオを消す)吃驚した、なんで急に…」舞台写真

八嶋、ぶつぶついいながら零れた水の後始末を始める。
少女、そっと出てきて八嶋の様子を眺めている。八嶋が拭いた先から、また水を零す。

八嶋 「変だな…」

それでも気付かずに一生懸命拭いている八嶋。少女、面白がって今度はバケツに残った水を八嶋の頭からかける。吃驚仰天する八嶋。

八嶋 「うあああ!」

少女、大笑いしている。

八嶋 「き、君、いつからいたの!?」

少女、ニコニコしたまま。

八嶋 「もう閉館してるんだよ、早く帰らないと怒られるよ。あー!!」

少女、八嶋の話を全く聞かず、八嶋の持っていた洗剤で遊び始める。

八嶋 「だ、駄目だって!返しなさい返しなさい、コラ!向けるな!こっちに向けるなって、こいつ…」

八嶋、ハッと思い当たる。

八嶋 「きみ、ひょってして外国のヒト?あー…アーユージャッパニーズ?違う違う、英語で日本人かって聞いてどうする…うー…キャンユースピークイングリッシュ?」
少女 「キャ…キャ、ユー?」
八嶋 「イエス!ユー、ユー」
少女 「ユーユー」
八嶋 「ユー、ユー!」
少女 「(バケツを指しながら)ユー、ユー!」
八嶋 「ノー、イッツ バケツ!」
少女 「バケツ!」
八嶋 「タワシ!」
少女 「タワシ!」
八嶋 「センザイ!」
少女 「センザイ!」
八嶋 「レイディオ!」
少女 「レイディオ!」
八嶋 「イエス!ソー フーアーユー?」
少女 「バケツ!」

少女、ケラケラと笑う。

八嶋 「…困った…肝心なところがコミュニケートできない…」

と、少女突然走り出し、袖に消える。

八嶋 「あ、コラ、そっちは駄目!」

少女を追って八嶋も去る。
舞台別の空間。
佐都子が肩を落として入ってくる。後から榊原。

榊原 「そんなにしょげるなよ」
佐都子 「うん…でもね本当よ、本当にあの子、動いたのよ」
榊原 「わかってる。疑ってなんかいないよ」
佐都子 「頭を振って…そうして目が、開きそうになった…」
榊原 「…」
佐都子 「もう2週間になるのに…」
榊原 「…'あっち'の方は?何か変わったことがあった?」

佐都子、首を振る。

榊原 「そうか…」

この辺りから、八嶋、現れる。ようやく捕まえた少女を抑えながら、聞くともなしに聞いてしまう。

佐都子 「このまま…変化し続けたら…いったいどうなっちゃうんだろう…」
榊原 「…」
佐都子 「怖いんです、あたし、毎日あの子を見ているのが。…あたしは、見てはいけないものを今、見ているんだって気がして…見てはいけないもの…神様以外は」舞台写真
榊原 「…仕方ないよ、誰かが世話をしなくちゃならないんだ。それでも、どうしても嫌だっていうんなら…彼らに任せる?」
佐都子 「駄目!それだけは駄目!あの人達はきっとあの子を生かしてはおかない」
榊原 「しかし、いつまでも隠しておけるわけじゃない。現に今日だって…」
少女 「バケツ!!」
八嶋 「バカ!」
榊原 「誰だ!?」

榊原、ドアを開ける。

佐都子 「八嶋くん…」
八嶋 「エヘヘ…ども」
榊原 「なんだ君か」
佐都子 「どもじゃないでしょう!ここは関係者以外立ち入り禁止よ、わかってるの!?」
八嶋 「わかって…ます。すみません。館内に残ってた女の子がこっちに来ちゃったもんで、追いかけて…」
榊原 「女の子?」
佐都子 「どこにいるのよ」
八嶋 「ここに…あれ?」

少女は消えていた。バケツを残して。

八嶋 「…バケツ」
佐都子 「わかるわよそんなこと言われなくても!まさかそのバケツが女の子に見えたっていうんじゃないでしょうね」
八嶋 「…」
榊原 「まあまあ、三村さん」
佐都子 「でも…」
榊原 「いいから、八嶋くん、片付けは終わったのかい?」

八嶋、佐都子の肩に置かれた榊原の手から目が離せない。

八嶋 「…ええ…まあ」
榊原 「だったらもう帰るといい。今日の取水時間、浦安は8時からだろ。急がないと間に合わないよ」
八嶋 「…」
佐都子 「…お疲れ様」
榊原 「じゃ、僕らはもう少しやってから帰るから…(ドアを閉めかけて)ああ、そうそう忘れずに仕舞っておいてね、そこの…女の子」

笑いを残してドアは閉じられる。

八嶋 「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!」

八嶋が走っている間に、舞台は転換していく。

(作:中澤日菜子/写真:池田景)

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