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場内、うっそうと繁る観葉植物の群れ。中央に小さな丸テーブル。椅子が3つ用意されており、1人の女性(あかね)がまばらな照明に映っている。どうやらちょっと風変わりなバーといった体裁である。背後には中程度のスクリーンが在り洋画(あまりは派手でない、ムードの在るもの)が映像のみ映し出されている。BGMも比較的おとなしいものが流れている。
女はどうやら待ち合わせをしているらしい。机に置かれたグラスのカクテルは半分ほどになっている。大きな動作はないのだが誰かを待っている様子が伺え、また、周囲の空間とうまく調和しいい雰囲気を出している。
やや在ってもう一人女性(ミドリ)が現れる。あかねの背後に回り、
ミドリ 「飲み物のおかわり如何ですか?」
あかね、すぐにミドリであることに気づき、
あかね 「二人とも遅刻魔ね…。藍もまだ来てないわよ。」
ミドリ 「遅刻魔はちょっとひどいんじゃない。ちょっとぐらいは驚いてよ。」
すぐに本当のウエイトレスがきてオーダーをききに来る。ミドリ小声で何か適当に注文しウエイトレス去る。
ミドリ 「…でもいいお店ね。駅からちょっと遠くて途中で帰ろうかと思ったけどお店の中に入って、“なるほどね”って感じ。こんな店知ってるってことは…、あかね、いい男でもできた?」
あかね 「そうね、家付き、カネあり、ついでに妻子つきの素敵なオジサマぐらいあたしにだっているかもよ。」
ミドリ 「あかね、ひょっとして…」
あかね 「?何?」
ミドリ 「何でもない」
あかね 「ここのオーナーが昔、同じ職場の人だったのよ。で、脱サラしてこのお店開いたの。その人とは、会社の中でも結構、気が合ってね。その人が会社や辞めてから、時々、顔出してるの。」
ミドリ 「で。そのオーナーが妻子付きの素敵なオジサマなの?」
あかね 「オーナーは女のひとよ。しかも独身。」
ミドリ 「へェ〜、女の人なんだぁ、あたしもこんな店出してみたいわ。」
あかね 「ミドリならできるかもね。」
突然、背後の影から会話に割り込む女。藍である。
藍 「そーねぇ、でもミドリの店ってめちゃめちゃぼったくられそう。」
ミドリ、藍のほうを向かずに牽制して。
ミドリ 「あんたに言われたか無いわよ。大体、主婦が一番最後に一時間も遅刻してくるってのはどういうの。」
藍 「なによ、その偏見。主婦だってね、いろいろ忙しいのよ。」
あかね 「でも3食昼寝付き。」
藍 「あかねも言うようになったわね。さては男でもできた。」
あかね 「そりゃ、あたしにだって…」
すかさず、ミドリ、あかねの口を押さえて会話に割り込む
ミドリ 「あかねは昔のまんまよ。」
藍 「まさか!彼氏いない歴25年?」
藍、横目であかね見る。
藍 「ま、そんなことはどうだっていいわ。とりあえずアタシにもなんか飲まして頂戴。」
藍、ウエイトレスを呼び、烏龍茶を注文する。
ミドリ 「あんた妊娠でもしてんの?」
藍 「?、なんで?」
ミドリ 「こういう店来て烏龍茶はないでしょう。」
藍 「あたし、アルコールはだめなのよ。いっそのことイランにでも生まれりゃ良かったわ。」
ミドリ 「何で、イランなの。」
あかね 「イスラム教は、アルコール禁止ってことでしょ。(あかね、藍に向かって)ノンアルコールのカクテルあるわよここ。」
藍 「へぇ、そんなの在るんだぁ。…あかね、やっぱ男できたんじゃいの。」
あかね、すましている。
一瞬、ざわめきがあってひとりの男(草剪)が入っていくる。どうやらその男はすこし酔っているらしく、店に入ってくるなり蹴つまづき周囲の注目をかってしまったらしい。草剪はそそくさとカウンターに座り、ソルティードックをカッコつけながら注文している。しばらくして、あかねに新しいカクテルが運ばれてくる。不審そうな顔をしている、あかねにウエイトレスは、しぐさで「あちらのお客様からです。」という内容を告げる。黙殺し、カクテルに触れようともしないあかね。
ミドリ 「“素敵なおじさま”の割にはずいぶん若そうだけど。」
藍 「あかねってああいうの苦手じゃなかったっけ。昔は森本レオの追っかけやってじゃない。」
ミドリ 「あれは、あの人からの逃げよ…。」
藍 「まさか五郎君のこと?みっちゃん、また蒸し返すわけ。それじゃあまりにも進歩が…」
あかね、セリフを遮るように。
あかね 「あのことには関係ないわ。…五郎君へのあたしの反動も良く分かってる。」
そういうと、あかねつかつかと草剪の近くに行く。あかね、草剪に向かって。冷静に。
あかね 「あたし他に好きな人がいるの。こういうことしないで。」
草剪 「すいません。迷惑だったらごめんなさい。」
あかね 「うん、迷惑。」
草剪 「…そこまでハッキリ言われるとかえってすっきりしますね。」
あかね 「すっきりされても迷惑。」
草剪さすがにムッとして
草剪 「好きな人って…、その人と付き合ってるんですか。」
あかね 「そんなこと、あなたには関係ないでしょ。」
草剪 「関係ないです。でも、ぼくもあなたのこと好きです。だから、…だから、僕は、あなたが振り向いてくれるまで待ってます。」
あかね、やや間があって
あかね 「なんども言うけど、そういうのって迷惑。」
草剪 「…分かりました。今日は帰ります。」
草剪、すごすごと帰る。唖然とする藍とミドリ。
ミドリ 「ゴメン。あたし変なこといっちゃった?」
あかね 「気にしないで。これはあたし自身の問題だから。」
ちょっと間があって。
藍 「はいはいはいっ、もうおわりね。いくら命日だからってのっけからこんなに暗くちゃ、あたし、これ飲み終わったら帰っちゃうよ。」
ミドリ 「命日か…。」
藍 「だから、暗くならないでって…。(しばし考えて)分かった。そこまで暗くなりたいなら、とことん付き合いましょ。あかね、カクテル教えて。ノンアルコールの。」
あかね 「あんたやる気あんの?」
ウエイトレスを呼び注文をする。
ミドリ 「あれからもう何年たつんだろう…」
静かに暗転。
(作:川村圭/写真:池田景)
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