△ 「ニンフ」本景2:part5


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幹夫 「…帰りてえなあ…」
「…ああ…」
アトム 「さ、さあ、スパイスを炒めようっと」
伸介 「入れるんですか、やっぱり」
アトム 「ま、マイルドにしておきますから…」

アトム、スパイスを炒め始める。
久、ソファに座り込む。
煙草をとりだし、ライターで火をつけようとするが、つかない。

「(舌打ちして)火、持ってないか」
伸介 「(首を振り)吸わないんです」
幹夫 「ほらよ(ライター投げる)」
「どうも」

久、一服する。

「生き返るぜ」舞台写真
伸介 「我慢してたんですか」
「妊婦の前で吸えるか」
幹夫 「優しいじゃねえか、お前だって」
「馬鹿。一般的なマナーだ」

幹夫、首をすくめ、携帯をとりだす。

「自宅か?」
幹夫 「ああ。7時には帰る約束だったんだ」
「なんて誤摩化すんだ?仕事か?接待か?それとも本当のことを言うか?“もしもしパパだけど、今妊娠した愛人の家に…”」

幹夫、凄まじい形相で睨む。

「…冗談に決まってるだろ」

幹夫、隅に行き、電話をかける。
必死に言い訳をし、そのあと、出てきた子供にも話し掛けている様子。

伸介 「大変そうですね」
「自業自得だよ。…4人とも」
伸介 「そりゃそうですけど…」

間。

伸介 「…12月、ごろですよね」
「なにが」
伸介 「「ふゆか」が妊娠したのは」
「(頭で計算して)まあ、そんなとこだな…それが?」
伸介 「いや…妊娠した日がわかれば、父親を特定することもできるんじゃないかと思って…」
「ばーか。いちいち覚えてるかよ、ヤッた日にちなんか」
伸介 「そりゃまあ、そうですけど…」

この会話の間に、アトム、何ごとか思い付く。
あわてて鞄から手帳を取り出し、ぶつぶつ数え始めるが、
他の人間は気付かない。
幹夫、ようやく電話を終え、ソファに戻ってくる。

幹夫 「やれやれ…」
伸介 「奥さん、納得してくれましたか」
幹夫 「ああ。女房はともかく…下の子に泣かれちゃってさ…参ったよ…」
伸介 「お子さん、いくつですか」
幹夫 「上が5歳、下が3歳」
伸介 「かわいい盛りですね」
幹夫 「そりゃ、もう。特に下の子がな、女房より俺になついててな。毎日帰るたんびに、“パパ、おかえんなちゃい”って言って、ほっぺたにちゅってキスしてくれるんだよ…」
「で、あんたは、そんな純真な子を、裏切った訳だ」
幹夫 「裏切った訳じゃない」
「「はるか」と浮気してたくせに」
幹夫 「浮気なんかじゃない!「あきか」とだって、真剣だった!」
「女房、子供を捨ててまでか?できもしないくせに…」
伸介 「やめましょうよ、もう」
幹夫 「お前こそ、本当に「あきか」を愛しているんなら、なんで結婚しなかった!?」
「したかったさ、俺は!「はるか」にも何度もそう言った。だけどあいつは、いつもその話題になると話をそらすんだ。当たり前だよな…他に3人も男がいたんだ」
幹夫 「…」
「…お前は、どうなんだ?」
伸介 「僕は…まだ学生ですから…それに「ふゆか」は僕には主婦だって言ってたから…」
幹夫 「俺と正反対の立場か」
伸介 「でも、僕は本気だったんです。卒業して、ちゃんと就職して…それまで「ふゆか」が待っていてくれたら絶対に…結婚を、申し込もうと…」

間。

「…結局、いいように踊らされていたのか」
伸介 「(ぽつりと)だったら、最後まで、踊りたかった」
幹夫 「え?」
伸介 「こんな現実を知らされるくらいなら…。虚構の舞台でもいい。ずっと踊っていたかった…」
「…」

間。
焦げ臭い匂いが鍋から立ち上る。

幹夫 「…なんか、臭くねえか?」
「ああ…」
伸介 「カレーだ!」

3人、慌てて鍋に走る。

幹夫 「焦げたか、焦げたか!?」
伸介 「(かき回して)底の方が、ちょっと…」
「なんで誰も見てなかったんだよ!」
伸介 「だって…てっきり難波さんがついてるもんだと…」
幹夫 「あいつはどうした」
伸介 「難波さん?(隅の方で壁に向い、ぶつぶつと数を数えている難波を見つけ)何やってるんですか、そんなところで」
アトム 「182、181、180、179…」
「カレー、焦げてるぞ、いいのか」
アトム 「178、177、176…」

アトム、手で制しつつ、数え続ける。
その真剣さに、思わず集まってくる3人。

アトム 「169、168、167…」
伸介 「451、283、674…」
「993、1051、1万とんで105…」
幹夫 「3.141421356…」

混乱するアトム。

アトム 「だっー!!!わ、わからなくなっちゃったじゃないですか!」
幹夫 「何数えてるんだよ」
アトム 「え?い、いいや、その、大したことではありません」舞台写真

アトム、テレ笑いを浮かべ、さりげなく別の隅に移動。

アトム 「(さりげなく)270、269、268…」
伸介 「(さりげなく)832、658、791…」
「(さりげなく)願いましては142円也、3908円也、52円也…」
幹夫 「(さりげなく)1本でもニンジン、2本でもサンダル、3艘でもヨット…」
アトム 「いいいいいやがらせは、止めて下さいっ!」
「止めるよ、何を数えてるのか、教えてくれたら。な」
幹夫/伸介 「ウン」
アトム 「こ、子供みたいな人たちだな…じゃ、い、いいますけど…そ、その、(どんどん小さくなる声で)し、しししした日から、わかるんじゃないかと…」
幹夫 「はあ!?」
伸介 「すみません、最後の方、聞こえなかったんですけど」
アトム 「ででですから、し、しししししした日からわかわかわかわかわかるんじゃないかと…」
「した日?」
アトム 「そそそそりゃ、ああああなた、せっ…」
「せっ?」
アトム 「せっ…」
伸介 「せっ?」
アトム 「せっせっ…」
3人 「せっせっせ〜のよいよいよい。おちゃらかおちゃらかおちゃらかホイ」
幹夫 「こいつで遊ぶのは止めろ!おい、した日からわかるって、腹の子の父親が!?」

頷くアトム。

「だから、いちいち覚えてねえって。なあ?」
伸介 「ええ」
アトム 「で、でも僕は、わかるんです。つけてたから、手帳に…」
幹夫 「へえ!」
伸介 「わざわざ?エッチした日を?」

頷くアトム。

「見せろよ」
アトム 「とととととととんでもなななななな…」
「いいじゃねえか、ちょっとだけ」

久、取り上げてパラパラとめくる。

「もしかしてこれか!?このハートマーク」
アトム 「そそそそそうですけど」
幹夫 「おい、ハートマークにもいろいろあるぞ」
伸介 「ほんとだ。白抜きのやつと、赤いのと青いの…」
「まさか、白抜きがゴム付きで、赤いのがナマ、青いのがナマで外出しとか言うんじゃねえだろうな」
伸介 「まさかあ」

3人、笑う。

アトム 「(ポツリ)ばればれじゃねえか…」

3人、真顔になり。

幹夫 「…貴重な資料だぞ、これは」

ばっと手帳を囲む。

伸介 「ええと、今臨月なんだから…」
幹夫 「9ヶ月として、約270日だな」
「今日がここだから、270、269、268…」
伸介 「597、159、237…」
幹夫 「い〜ちに〜いサンマのしいたけ、ごぼうのろっ骨…」
「だあっ!うるさいわっ!」
幹夫 「スマン」
伸介 「ついくせで…」
アトム 「僕は仕返し」

久、手帳でアトムをばしっ。

「要は、9ヶ月前だよな」

パラパラとめくる。

伸介 「1月?」
「いや、12月半ばから末ってところか…」

ピタッと手をとめる久。

「…思い出したぞ…」
幹夫 「何を?」
「ふっ。ふふふふふふ。ふはははははは!」
伸介 「気持ち悪い…」
「悪いな。この馬鹿げたゲーム、降ろさせてもらうぜ!」
幹夫 「えっ?」
アトム 「な、なんでまた…」
「9ヶ月前…つまり「はるか」が妊娠した去年の12月、俺は長期出張でアメリカにいた。従って「はるか」と会ってエッチしたのは、クリスマス休暇で一時帰国した24日のイヴのみ!いくらなんでも、この1回だけのエッチで妊娠したなんてこと、あるわけが…」
伸介 「…あの〜すみません。僕も12月にエッチしたの、24日のイヴだけなんですけど…」
「え?」
伸介 「いや、ホントに。確かゼミ試験の追い込みで、合宿だなんだと…」
「じゃあ、残り2人のうちのどちらか…。(エプロンを広げ)はいこれ境界線」
幹夫 「あ、俺もだわ。やったの、イヴだけ」
「貴様、白々しいぞ!」
幹夫 「嘘じゃないって!手帳見てたら思い出したんだ。俺、去年の冬、肝臓壊して1ヶ月、入院してたんだよ。で、ようやくクリスマスイヴに退院して、その足で「あきか」に会いに行って…」
「見舞いに来ろう!?そん時やったろ、いや、やったと言ってくれ!」
幹夫 「できるかよ、12人部屋だぞ!?しかも隣の肝硬変のじいちゃんが、ひがな一日じっ〜とこっちの様子、窺ってるんだぜ!?」

久、吐きすてるように。

「…くそジジイめ」舞台写真
幹夫 「世の中、甘くないよ」
伸介 「となると、あとは…」

3人の視線が、アトムに集中する。
エプロンの境界線を持ってアトムに詰め寄る3人。
あわてて手帳をめくるアトム。
が、アトムにっこり笑ってVサイン。
24日にだけハートマークのついた手帳を高々と掲げる。

「…そんなオチだろうと、思ったぜ…」
幹夫 「世の中、ホントに甘くないよ…」

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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