トップページ > ページシアター > ニンフ > 本景2:part4|再演版 【公演データ】
幹夫 「どうした!?」
アトム 「ご、御飯炊くのを忘れてました!」
幹夫 「なんだそんなことか…」
アトム、呟きながら幹夫に近づき、突然つかみかかる。
アトム 「なな何だとは、何です!御飯のないカリーなんて、カリーなんて、カリーなんて…(ハアハアし始める)」
伸介 「やばいですよやばいですよ」
久 「炊け、すぐ炊け、今すぐ炊け!」
幹夫 「こ、米はどこだ、米は!?」
伸介 「「ふゆか」!お米は!?」
「ふゆか」 「(声だけで)冷蔵庫の、隣」
久 「あった!(米袋を投げる)パス!」
伸介 「パス!」
幹夫 「おっしゃあ!ボウル!」
久 「パス!」
伸介 「パス!」
幹夫 「おっしゃあ!うおおおおお!(猛烈な勢いでとぎ始める)」
見つめるアトム。
緊張する3人。
アトム 「ぐっ」
ほっとする3人。
久 「(吐息をついて)最悪の事態は、防げたな」
伸介 「僕たち、実社会で出会っていたら、案外といいトリオになっていたかもしれませんね」
久 「全くだ」
幹夫 「(とぐ手を止め)ひらめいたぞ!」
久 「今度は何だよ」
幹夫 「ここから逃げ出す手段」
アトム 「ほ、本当ですか!?」
幹夫 「要は、最初に逃げたヤツってのが問題なわけだろ。だとしたら話は簡単だ。順番なんか作らなきゃいい。つまり」
アトム 「つまり?」
幹夫 「全員一斉に逃げる!」
アトム 「な、なるほど!」
久 「意外に頭いいぞ、お前!」
幹夫 「だろーっ」
伸介 「でも、例え今日は逃げられたとしても、明日電話がかかってきたらどうします?“で、最初にドアをくぐったのは、誰?”」
幹夫 「それはお前、一致団結、口裏を合わせて」
伸介 「合わせて?」
疑心暗鬼にかられ、互いを見遣る4人。
久 「…やめておこう。危険すぎる」
幹夫 「(意気消沈してとぎながら)いい考えだと、思ったんだけどな」
アトム 「ど、どうでしょうこの際、恥も外聞もなく警察に助けを求めるっていうのは」
幹夫 「警察!?そりゃあ、まずいよ!」
アトム 「で、でも」
久 「だいたい信じるか?“軟禁されてます、助けて下さい。ドアは開いてます、見張りはいません、凶器もありません。犯人は臨月の妊婦1人、被害者は若くて健康な男4人!…イタズラ電話にもなりゃあしねえよ」
アトム 「だだだから、僕たちの陥った状況をようく説明して…」
久 「警察沙汰になれば、あっという間にマスコミの餌食だ。レポーターや記者に追い掛けられ、会社はクビ、住むところも失い…しかもこいつなんか、夫婦離婚、一家離散のオマケまでつくんだぞ!」
幹夫 「…由希子、沙也香、沙由未…ごめん、ごめんよお〜パパが悪かったよ〜(泣きながら猛烈な勢いでとぐ)」
久 「見ろ。可哀相に」
アトム 「す、すみません」
伸介 「滝口さん、お米、もういいですよ」
伸介、米を受け取る。
伸介 「飯は、よしと…。カレーも、あと煮込むだけですよね」
アトム 「ま、待って。スパイスを炒めないと…」
言うなりアトム、自分のスーツケースを開ける。
中には、びっしりとスパイス。
アトム 「え、ええと、今日のカリーはビーフだから…(選び始める)」
伸介 「すごい…」
幹夫 「あんた、いつもこんなもん、持ち歩いてるのか?」
アトム 「え、ええ。世の中、何が起こるかわかりませんから」
幹夫 「さすが全日本カリー友の会…」
アトム 「でででも、役にたったのは、今日が初めてです」
久 「だろうな」
アトム 「よ、よし、これだけあればいいだろう」
伸介 「ずいぶん辛そうですね」
アトム 「アトム・オリジナルです」
伸介 「そういわれても…」
アトム 「げ、激辛」
幹夫 「え〜っ!食えないよ俺」
久 「俺も。せめて中辛にして」
アトム 「ま、まさか市販のルーを入れる気では…」
幹夫 「だってアレ入れないとカレーにならないだろ」
アトム 「(激高する)なななななにを言っているんです!カリーは、本来、数十種類のスパイスを丹念に混ぜ合わせて作るものなんです!そそそれを、市販のルーでごまかすなんて、ゆ、許さない…」
幹夫 「けどな…」
アトム 「…許さねえって、言ってんだよ…」
アトム、今度は白い鞭?を構えている。
幹夫 「またかよ」
久 「なんで今度は鞭なんだ」
伸介 「違う!鞭じゃない、あれは」
3人 「手ぬぐいだ!!!」
アトム、手ぬぐいをひゅいひゅい言わせる。
3人 「ムトウ!」
アトム 「踊るマハラジャ、ハッ!」
止めようとする久と伸介。しかしアトムに倒される。
手ぬぐい、幹夫の首に巻き付く。なぜか「ムトウ」のサントラ、かかる。
幹夫 「助けてくれええ!」
伸介 「どうしましょう!?」
久 「俺に聞くな!「はるか」に聞け!」
伸介 「「ふゆか」!」
「ふゆか」隣の部屋から出てくる。
「ふゆか」 「は〜い。ありゃ、まあ。またずいぶんと派手な展開になってきたねえ」
久 「ルーは使わないといって聞かないんだ、何とかしてくれ!」
「ふゆか」 「いいじゃない、別に」
久 「激辛だぞ!」
伸介 「お腹の子に悪いよ!」
いったん音、小さくなる。
幹夫 「優しいな、お前」
アトム 「パパになりますか」
伸介 「それとこれとは別!(音、再び大きく)説得してくれ、「ふゆか」!」
「ふゆか」 「う〜んと…難波さん」
アトム 「なんだ!」
「ふゆか」 「今日はさ、今まで全く他人どうしだった人が、縁あって集まったわけじゃない」
アトム 「あ、ああ」
伸介 「集まりたくて集まったんじゃないんだけどな」
「ふゆか」 「だからさ、今日ぐらい、妥協してルー使おうよ。せっかくだもの、みんなで美味しくカレー食べよ」
アトム 「(逡巡しているが)…わかった。「なつか」ちゃんがそういうなら…ただし!」
4人 「ただし?」
アトム 「ルーは、僕に、選ばせてくれ…」
幹夫を離す。
咳き込む幹夫。ムトウ、FO。
久 「大丈夫か」
幹夫 「なんで俺はカレーのために、2度も死にかけなきゃならないんだろう…」
伸介 「深く追求しない方が、幸せですよ」
幹夫 「…そうだな…」
「ふゆか」 「でも、うちにはルー、一種類しかないよ」
アトム 「なんです?」
「ふゆか」 「ハウスバーモンドカレー<甘口>」
アトム 「却下!!!りんごとハチミツは許せないんだよ」
地団太を踏むアトム。
ぐき(腰が折れる)。
倒れるアトム。
「ふゆか」 「じゃ、どうするの」
久 「あ、俺、買ってこようか」
幹夫 「いやいいよ、俺が行くよ」
去りかける二人。
「ふゆか」 「(うれしそうに)行ってらっしゃい」
動きのとまる二人。
久 「…お前、行けよ」
幹夫 「い、いいよ。お前、行って来いよ」
久 「遠慮するなって」
幹夫 「お前こそ、遠慮するなよ」
伸介 「根性なし」
幹夫 「じゃあお前行けよ」
伸介 「やですよ」
アトム 「ぼ、僕も嫌です」
「ふゆか」 「あたし行ってくる。難波さん、ルーの御希望は?」
アトム 「と、とにかくなるたけたくさん買って来て下さい」
「ふゆか」 「ハウスバーモンドカレー<甘口>以外、ね」
「ふゆか」手を振りながら、去る。
男達もつられて手を振る。「ふゆか」が去ったとたん、大きな吐息。
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)