全身疾患と歯周病

糖尿病

糖尿病の分類

 糖尿病とはインスリン(膵臓にあるランゲルハンス島β細胞から分泌され、血糖値を下げる働きをするホルモン)の作用が不十分なために生じる代謝障 害で、慢性的に血糖値が上昇した状態になります。重症化すると意識障害、昏睡に至ることもあります。また、様々な合併症を引き起こします。

1型糖尿病 : 20歳以下の若年者に比較的多く、家族歴がみられないことが多い疾患です。英語のinsulin dependent diabetes mellitusの頭文字をとってIDDMとも略称されます。膵臓のランゲルハンス島β細胞が破壊されることにより、インスリンの分泌が著しく低下して発 症します。血糖値が変動しやすく、コントロールが難しいことも多く、ケトアシドーシス(体内での脂肪酸の不完全代謝によって生じたケトン体が溜まり、酸性 症になること。これが重篤になると昏睡となります)を起こしやすいとされています。
2型糖尿病 : 中年以降に比較的多く、家族歴がみられることが多い疾患です。英語のnon-insulin dependent diabetes mellitusの頭文字をとってNIDDMとも略称されます。肥満、ストレス、感染などの環境因子が加わることによって緩徐に発症します。ケトーシス (血中や細胞外液中にケトン体が増殖した状態)にはなりにくいとされています。しかしながら、進行するとインスリンによる治療が必要になることが多いとも されています。
糖尿病の合併症
糖尿病性網膜症
では網膜出血や網膜剥離が起こり、重篤になると失明します。
糖尿病性腎症
では腎機能が低下し、腎不全に至ります。
糖尿病性神経障害
では末梢神経障害(特に下半身)、疼痛、知覚異常など多彩な神経症状がみられます。
高脂血症
では血中のコレステロールや中性脂肪が増加し、膵炎や動脈硬化の誘因になります。
動脈硬化
はインスリン抵抗性が強くなると血中のインスリン濃度が高まり、血管の平滑筋が増殖して血管が狭窄することによっても促進されます。

 糖尿病は歯周病を悪化させる因子のひとつであることは知られていましたが、同時に歯周病が糖尿病を悪化させる因子でもあることが解明されてきました。糖尿病と歯周病は関係の深い疾患であるといえます。糖尿病が歯周病を悪化させるメカニズムについては、宿主因子の項目を参考にしてください

歯周病が糖尿病に影響を与えるメカニズム

 歯周病原細菌が産生する毒素に対して、生体のマクロファージは様々なサイトカインを放出します。その中には腫瘍壊死因子-α (TNF-α)もあります。
 TNF-αは脂肪細胞からも産生されます。したがって、脂質異常症や2型糖尿病患者患者で、かつ重度の歯周病があると、血管の中にはTNF-αが多量に存在するようになります。
 細胞には様々な受容体(レセプター)があり、TNF受容体がTNF-αによって活性化されると、インスリン受容体の働きを抑制してしまいます。
 血糖値を改善するための治療や運動をしていても、糖を血管から細胞内に取り込みにくくなるため、血糖値のコントロールが不十分となり、糖尿病合併症の有病率が高くなると考えられています。

歯周病と糖尿病に関する研究

 糖尿病が歯周病の危険因子であるとする研究を下の表にまとめます(表の数字はオッズ比)。

  IDDM
Hugosonら(1989) *
NIDDM
糖尿病の罹患期間 短期 1.3 Emrichら(1991) **
全体 2.8
長期 1.4 Cerdaら(1994) ***
長期(5年以上) 3.4

*
**
***

4mm以上の歯周ポケット
付着の喪失
舌側ポケットの増加

 インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)はインスリン依存型糖尿病(IDDM)に比べ、歯周組織破壊となる危険性は約3倍高いといえます。また、糖尿病の罹患期間と歯周病の重症度に関連がみられます。

 歯周病が糖尿病の危険因子であるとする研究を挙げます。

 Taylorら(1996)は 歯周病を有するNIDDM患者を2年以上追跡し、グリコヘモグロビン(HbA1 : 糖と結合したヘモグロビン。空腹時血糖値と相関し、血糖コントロールの指標として用いられます。正常値は7%、血糖コントロールの指標は9%です)との関 係を調べました(表の数字はオッズ比)。アタッチメントレベルが6mm以上の場合、HbA1が2年後に9%以上である機会は4.6倍高く、血糖のコント ロールに影響することが示されました。

研究開始時の歯周病の状態 フォローアップ時のHbA1
(9%以上と9%未満)
歯槽骨の吸収(50%以上と50%未満) 1.7
アタッチメントレベル(6mm以上と6mm未満) 4.6

 Thorstenssonら(1996)はIDDM 患者を追跡し(1〜11年、中央値は6年)、歯周病と糖尿病合併症の関係を調査しました。歯根長1/3以上の骨吸収が認められる群(Cases)は、歯肉 炎かわずかの骨吸収が認められる群(Controls)よりも心臓血管の合併症として発作、狭心症、一過性脳虚血発作、心筋梗塞、心不全、高血圧、間欠性 跛行(=かんけつせいはこう ; 足の動脈の狭窄により、歩行時に突然びっこと疼痛が出るもの)のいずれかが多いことが示されました。

合併症 Cases(39名) Controls(39名)
0 7名 31名
1 12名 7名
2以上 20名 1名

一つ以上の合併症がみられるオッズ比は17.7

 Janketら(2005)は歯周病が糖尿病に及ぼす影響に関する論文をメタ分析し、分析 方法がしっかりとしている論文から得られた結果から、歯周治療開始時のHbA1cが7.96〜10.7%の場合、2型糖尿病では歯周治療をすることによ り、HbA1cが-0.7%減少することを報告しています。


(Janketら(2005)より改変。歯周治療開始時のHbA1cを0としたとき、歯周治療終了時のHbA1cの変化量を示す)

 歯周治療を行うことにより、炎症反応で産生されるTNF-αを減少させることにより、糖尿病のコントロール状態が改善されると考えられています。 また、糖尿病が改善することで、歯周組織への影響も減少しますので、歯周病と糖尿病の両方がある人は、どちらの治療もきちんと行うことが大切です。

 

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最終更新2013.1.2