アメリカズ・カップ2000
ニュージーランド滞在中に大きな話題になっていた、アメリカズカップ。
ちょうど各国のヨットが到着した頃だったので、大きな話題になっていました。
ヨットの速さの秘密は船底の形にあるらしく、停泊中のアメリカ船の船底を撮影しようとしたスパイが捕まるなど大騒ぎでした。
日本では、まったく噂を聞かないけれど、どうなっているのかな〜〜。
アメリカズ・カップって何?という方も多いと思いますので、まず歴史などをご紹介しましょう。
記念すべき第一回めの大会は、1851年に開催された第一回万国博覧会の記念行事の一つとして行われたものです。
当時は「アメリカズカップ」という名前ではありませんでした。
万国博覧会記念ヨットレースを企画したのは、ロイヤル・ヨット・スクォードロンという団体で、開催地はもちろんイギリスです。
18世紀の中頃のイギリスは、ヴィクトリア女王の元、産業革命で大発展をとげていて、
名実ともに世界一の先進国としての栄華を謳い上げ、大英帝国の威容を世界に誇示していた時代でした。
制海権は海運国イギリスが握っており、造園技術でも世界一と言われていました。
ヴィクトリア公園にあるヴィクトリア女王像です。
一方ヨットレースの参加に招かれた当時のアメリカは、建国の途上にあり、独立・自主の精神のもと、
開拓者魂が盛んに燃え盛る時代で、造船技術の高さを「先進国」イギリスに示したい、という対抗意識が強く、
新興国アメリカはイギリス側の挑戦を受け入れます。
アメリカ側の代表、ニューヨーク・ヨットクラブの会長、ジョン・C・スティーブンスは早速、「アメリカのスクーナを代表するヨット」を建造するため、ヨットのデザインに弱冠31歳の新進ヨットデザイナー、ジョージ・スティアーズを選びます。
艇には“アメリカ”という名前を与え、万全を期してヨットレースに望んだのです。
ロイヤル・ヨット・スクォードロンが企画したレースは、英仏海峡に臨む周囲約83Kmのワイト島を右回りに一周してスピードを競うレースで、参戦したのはただ一隻の挑戦艇「アメリカ」。
迎え撃つのは15隻のイギリス艇でした。
1851年8月22日、レースの火蓋が切って落とされます。
イギリス側は、このレースに負けるわけには行きませんでした。
なぜなら、ロイヤル”の称を冠するヨットレースの為、レースの開催には英国王室の承認が必要となっていましたし、
世界一の造船国が新興国アメリカに遅れを取るわけには行かなかったのです。
レースはアメリカが他のイギリス艇に大きな差をつけて勝利します。
どれくら大きな差だったかというと…
ヴィクトリア女王がレース観戦に臨み、「一番の艇はどこか?」と訊ね、お付きの者が「アメリカ艇でございます。」と答えました。
女王はさらに「では、二番の艇はどこか?」と訊ねると、「陛下、二番の艇はございません。」と付き人が答えるほど、
アメリカ艇は圧倒的な勝利だったそうです。
つまり、二位以下の艇は船影すら、肉眼で見えなかったのです。
ヴィクトリア女王は、勝者のニューヨーク・ヨットクラブにギリシャの水差しを模した器を与えます。
金額は当時の通貨で100ギニー程度であったと言われています。
カップを持ち帰ったスティーブンスたちは、この快挙を後世に伝えようと考え、獲得したカップをニューヨーク・ヨットクラブに寄贈し、
これを懸けた国際的なヨットレースを開催することにしました。
カップ寄贈にあたって、スティーブンスらはこのレースの在り方について記した文書を添えたのですが、
これがいわばアメリカ杯の憲法とも言われる「贈与証書」(Deed of gift)です。
「アメリカ杯を保有するヨットクラブは、外国のいかなる挑戦にも応じなければならない」という基本理念が表明されていて、
「水差しもどき」が「アメリカ杯」と称されるようになるのはこの時からです。
これが、アメリカンズ・カップの始まりとなるわけです。
140余年の「アメリカズ・カップ」の歴史の中で、カップがアメリカの国外に保管されたのは、たた二度しかありません。
一度目は25回大会で、オーストラリアがカップを獲得。
132年間無敗を誇ったニューヨーク・ヨットクラブは、アメリカズカップの歴史と切り離されてしました。
次の大会、アメリカは「杯」を奪還します。
ただし、「杯」を手にしたのもつかの間。
せっかく奪還した「杯」は、またもや国外に持ち出されてしまいました。
現在、それを保持しているのは、ニュージーランド。
オークランド市にあるロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スクォードロン内にあります。(予約をすれば、実物を見られるそうですよ。)
この時のレース模様を放映したTVの視聴率は90%を越えていたそうです。
ニュージーランド人にとって、アメリカ杯を手にしたことは、国の誇りだと言っていました。
西暦2000年は、ニュージーランドが「アメリカ杯」をかけた挑戦を他国から受ける年です。
予選はすでに始まっています。日本ももちろん、参加しています。
Nippon Challenger号のベースキャンプ前の看板です。
詳しいことを知りたい方は、ここにアクセスしてみて下さいね!! http://www.nc2000.co.jp/