2021年4月のミステリ 戻る

金春屋ゴメス 
第17回日本ファンタジーノベル大賞
新潮社 268頁 西條奈加著 2005年
あらすじ
30年前日本国の中に江戸国が誕生した。独立国家宣言をしているが、国際的には日本の属領扱い。広さは東京+千葉+神奈川くらい。
その地には『徳川』の『将軍』様がおられる。現在三代目。
江戸はもちろん鎖国をしているわけなので、出入国は厳しい。電気製品いっさい持ち込めない。もともと電気がない。
辰次郎は『江戸』に興味も関心もかけらもなかったが、余命半年の父のたっての願いで江戸に行くことになってしまう。
感想
捕物帳SF。どこがサイエンス・フィクションやねんという向きもあるでしょうが、一種のタイムトラベル物として。
江戸状況描写の前半が特に面白かった。
江戸国は、映画「刑事ジョン・ブック 目撃者」に出てきたアーミッシュ村の規模がでかいのみたいで、
厳しい掟があり、一度国を捨てると二度と戻れないというところもアーミッシュの村と同じ。
訳は言えないけど、M・ナイト・シャマラン監督作品のヴィレッジにもちょっと似てる。
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元彼の遺言状 
2021年第19回「このミステリがすごい!」大賞
宝島社 322頁 新川帆立(しんかわほたて)著 2021年
あらすじ
山田川村・津々井法律事務所所属の弁護士、剣持麗子二十八歳。二十四時間フル活動で年収二千万円の弁護士。
しかし、ボーナスは250万円と査定され(昨年は400万円だった)怒りで事務所を辞める。
暇しているところに、学生時代の元彼の栄治が亡くなったと知り、インフルエンザで死んだはずの栄治の遺言状
「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」に係わる事になる。栄治は森川製薬の創業者の一族だった。
感想
自尊心の高さと拝金のつかみが強烈で、その後中だるみ地道な探査、謎解きにかけてまたちょっと盛り上がる。凹って感じ。
謎の遺言状の真相も良く出来ているけど、死ななかったらどうするつもりやったんかな。
それに余命いくばくもない時にこんな複雑な事を考えられるんやろか。
殺されることは想定していない遺言状やってんけど、殺されてしまい な展開やってんね。
 
麗子の歯に衣着せない、ひとをひととも思わない立ち居振る舞い。主人公のキャラはなかなか豪快。
「悪どい金儲けを企むようなクライアントと走りたい」女なんやんけど、能力が高く爽快にすら感じる。
自己評価と周りの評価が異なってんのも面白い。当人は歯牙にもかけていないつもりやけど周りには結構イイヤツなのだ。
本作は人情ものなのかな。
 
現役の弁護士さんのデビュー作だそうです。
昔「黄色いロールスロイス」って映画ありました。紅白歌合戦の裏番組で放映していたのを見ました。
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あのこは貴族 
集英社 283頁 山内マリコ著 2016年
あらすじ
東京生まれ、東京育ち、エスカレータ式の名門女子大を出た華子、本来はおっとりした性格だが今は焦っている。
こんどこそは結婚!と思った恋人に26才にしてふられたのだ。同級生たちは次々と華燭の典を上げている。私、崖っぷちかも。
見合いを繰り返すが、「良い相手と出会い平和な家庭を築く」のがこんなに難しいとは。しょぱなのハードルが越えられない。
華子は生まれて初めての苦境に直面している。
 
一方寂れた漁村育ちの美紀は、この地から脱出して上京したい一心で勉学に励み慶應大学に受かる。担任の先生と抱き合って喜びあったものだ。
ところが「慶應大学」には幼稚舎(小学校)から上がってきた特別な集団がいた。それは教科書に載っているような明治の偉人の末裔たち。
日本は格差社会やなく階級社会やった。
美紀は勉強して親の階級からのし上がるはずだったが、故郷の父が失業し仕送りも途絶え、水商売に足を踏み入れる。
感想
いただき物の「なんばパークスの映画チケット」が2月末期限ということに気づき無駄にしてはならぬと映画を探索し「あのこは貴族」を見る。
あせって見た映画が思いのほかよかったので、原作も読んでみた。
原作もよかったです。映画化は成功している。
映画は華子(門脇麦)、美紀(水原希子)、華子の夫・青木幸一郎(高良健吾)、華子の友・逸子(石橋静河)が役柄をそれぞれよく理解している。
特に難しい役どころの脇役、高良健吾と石橋静河がいい。
高良健吾は、ダイアモンドの部屋から出ようと考えたこともないがそれゆえ自分に与えられた十字架を背負う覚悟だ。
石橋静河は、ダイアモンドの部屋(出自)から軽々と踏みだし、ちゃっかり利用もしている。
 
原作を読んだ理由がもうひとつあって。
映画の中で華子が婚約者の青木幸一郎に「目覚めるとカンザスだった」の映画の解釈がふたりで違うって言うねんね。
映画に説明がなかったもんで、ほーどう違うんやろかと知りたかったから。
(たぶん映画は「虹の彼方に」の「オズの魔法使い」と思う)
ところが映画のオリジナルやったらしく、原作にない!
「私の居場所はここじゃない」という華子の気持ちを表しているのかな。
青木幸一郎の解釈は「結局おうちが(自分の階級からでないのが)一番」だったのかもしれない。それとも華子が冒険の後、戻ることを暗示しているのかも。
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ファーストラブ 
第159回直木賞
文芸春秋 299頁 島本理生著 2018年
あらすじ
美人女子大生が父親を包丁で刺し殺すという衝撃的な事件が起こる。被疑者の環菜は動機を語ろうとしない。
臨床心理士の真壁由紀はこの事件を元にした本を書くため、拘置所の環菜と面会する。
華奢な環菜は十六、七歳ぐらいに見えた。この家族に何があったのか。
感想
映画「ファーストラブ」に違和感があったので原作を読んでみた。
299頁を2時間の映像にするんやから、取捨選択はあるやろうけど原作と映画には大きな違いがふたつあった。
 
まず、由紀と我聞には小学4年生の男の子がいたのだ。これめっちゃ大事と思うねんけど。
 
映画では、なんで由紀は結婚したんやろ?と不思議やったけど、原作ではできちゃった婚であり、この女の人はそういう事がないとなかなか結婚に踏み切れないと思うので納得できる。
そして映画は臨床心理士の由紀の不安定さが強調され過ぎていて「こういう人が、他人の心の中をのぞけるんやろか」との疑問があったけど、原作は子供がいる家族の日常を描き、実家との過去からはかなり回復している。由紀の夫の我聞も子煩悩ないいひとなのだ。