Mozart K.573


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 敬老の日の昨日(2009年9月21日)、ある音楽会でモーツァルトをステージに上げた。曲は「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」K.573。この曲は版により異なる箇所が多くあり、どの版で奏するか、プロのピアニストでもまちまちである。私がピアノ学習をしていたころ、この曲はPeters版が普及していて、私もそれで勉強した。最近山根弥生子の音源を聴いたが、やはりPeters版(かそれに非常に近いもの)だ。後年ウィーン原典版の日本語版が音楽之友社から出たのでそれを買ったが、それを見ると、強弱記号はおろか音自体が異なる箇所が多々ある。ワルター・クリーンはウィーン原典版に非常に近いもので弾いている。違う箇所についての解説はPeters版は少なく、ウィーン原典版は詳しい。私は漠然と、アカデミックにはウィーン原典版がモーツァルトの原譜に近く、Peters版は後世の人が改変したものではないかと思うようになった。そこで今回ウィーン原典版で練習をし直したのである。そして本番の一ヶ月前ほどになって、念のためヘンレ版も入手し、ヤマハ店頭でベーレンライター版とも比較して、より強い納得のもとにウィーン原典版で弾こうと考えたのである。

 ところが結果は、自分としては意外な方向に向かったのである。ヘンレ版は確かに、他の版に比べればウィーン原典版に近かった。しかしそうでない所も多々ある。ベーレンライター版は相違がもっとあった。要するに四つの出版社の違いは大きく、ウィーン原典版で弾くことに強い自信を持とうとした当初のもくろみは大きくぐらついて来たのである。そこで初心に戻って各社の解説を読み比べ、どの版で弾くかまじめに決定することから始めることにした。練習はおおかたできていたので、一ヶ月前に版を変えることはそれほど大きな問題ではなかった。それより迷ったままで弾くことの方が不安だった。ちなみに、違いについての解説はヘンレ版が最も詳しく、今回最も参考になった。

 ヘンレ版やウィーン原典版の解説を読むうちに、ウィーン原典版はオーストリアコピーを尊重しているらしいことがわかって来た。またヘンレ版はオーストリアコピーそのものでもなければ、初版本そのものでもなく、ヘンレ版の編集者の判断が結構入っていることもわかった。もちろん判断の理由の説明はしてある。ヘンレ版の特徴は後世つけられたと思われるものをなるべく排している点で、特に強弱記号はほとんど無くなってしまっている。この「後からつけた/変えた」というのが、モーツァルトが自分でつけたのか、あるいは彼の承諾なしに後世つけられたのかが問題である。前者と後者のどちらを尊重すべきか、おのずから明らかであろう。
 ここで思うのだが、作曲家というものは、自分で楽譜を書いたあと、出版時あるいは重版時に手を入れるということは普通にある。この場合、作曲家の意図に最も忠実なのはどれであろうか? 最初に手書きした自筆譜であるのだろうか? 作曲家にしてみれば、おいおい、最終バージョンで弾いてくれよ、ではないのだろうか? 今まで漠然と作曲家自身の自筆譜のファクシミリコピーが最も尊重すべき資料という感覚を持っていたが、それは正しいのだろうかと思うようになったのだ。もちろん、どの版のどの部分が存命中に自分の最終決定とみなした最終バージョンなのか、あるいはどこそこは作曲家に無断で後世の人が書き換えたものであるとか、きちんとわかりきっているわけではない。しかしこう考えると、なにもウィーン原典版が決定版というわけでもないのではないかと。ヘンレ版がオーストリアコピーに盲目的忠実でない理由もそこにあるのかもしれない。一方ヘンレの編集者が「これこれの理由でオーストリアコピーや初版本と違うようにした」という理由も、(違いの羅列だけでなく選択の考え方も書いてくれていること自体には大いに敬意を表するが、)私としては必ずしも全面的納得とはいかない箇所もある。これは私がおこがましいのではなく、4社とも違うのだから、どれかに納得すればどれかに納得できないということになるのだ。

 そこで次のように考えた。まず、初版本がモーツァルトが目を通した最後の楽譜かはわからないが、現時点の私はそう仮定するしかない。いくら晩年の作とはいえ、モーツァルトが初版本を校訂していなくて自筆譜が自身の決定版となった可能性とか、あるいは校訂する前に他界したので初版本は他人が校訂し、そのとき自筆譜と違うように書き換えたとかいう可能性は低いと仮定する。そこで、それぞれの箇所について、基本的には(例外もあるが)ヘンレが「初版本はこうなっている」としているものを採用することにしてみたのである。もちろん今後「実は初版本の後にモーツァルトはこう改変した」とかいうことがわかればそれを取り入れるつもりであることは断っておくが。
 さてこのようにしてできた物はどうなったか? 自分でも意外なことに、Peters版に案外近いものになったのである。もちろんPetersがなぜそうしたのか根拠が判然としない箇所もあるので、そういうのはヘンレが「初版ではこうなっている」という方を尊重した。しかし中にはヘンレでさえも考証不能としている箇所もあり、そういうのは「モーツァルトならこう決定したのではないか」と自分が思えるものを選択した。こうしてできた楽譜は、かつて一度も存在しなかったつぎはぎものとなる危険性はある(私のホームページ「詠里庵」の風雅異端帳のJim Samson講演会参照)。しかし自分で改変したところは一箇所もなく、ヘンレの注を一番参考にして既存の楽譜から選んだだけである。現時点の自分としては、これで迷いなく演奏することができた。

 では以下、主だった点について説明する。(実際の演奏を見たい場合はここをクリック。)
 まずテーマ。これはデュポールの主題だからモーツァルトの意図が入る余地はないだろうと思うかもしれないが、実はもともとチェロのためのメヌエットをピアノ独奏用へ編曲したもので、これに伴い版によって違いが入ったと思われる箇所がある。たとえば冒頭4小節目の左手。普通の版は和音が一発入って休符となるが、ベーレンライター版はメヌエット調の伴奏が続く。これで弾いているピアニストもいる。しかしここはベーレンライター版でなく、他の大勢に従うことにした。
 テーマとヴァリエーションに共通することであるが、Peters版は強弱記号がふんだんに入っており、ウィーン原典版はそれほどでもない。ヘンレ版に至ってはほとんど最後(第9ヴァリエーションの手前)まで皆無だ。実はモーツァルトはソナタなども、ベートーヴェンほどこと細かに強弱指示がないことがある。しかし楽譜に忠実にといって次の指示があるまでfならfで一定に弾くわけにも行かず、何らかの工夫が必要だ。ならば好きなようにやらせてもらおう、と言いたいところだが、ウィーン原典版の強弱記号は非常に納得の行くものなので、おおまかにはそれに従うことにした。ところでヘンレ版だけ第246〜249小節にベートーヴェンのようなfzがいくつかあるのが面白い。これは初版を踏襲したものだということだ。ここはベートーヴェンほど強調し過ぎない程度に、ヘンレ版に従うことにした。また強弱記号の指示がしばらくないところは、モーツァルト演奏では欠かせないことであるが、自分の解釈を入れた。
 Peters版のみ第26小節目右手の音型が違う。その方が面白いと私も思うが、ここはヘンレ版の指摘もないので、作曲者に無断の変更の可能性もあると考え、他の多くの版が採用している音型にしたがう。
 第34小節右手四つ目の16分音符、Petersはgで他はaだが、ヘンレ版解説によると原稿がどちらともつかないように見えるらしいので、後世の改変ではない不確定部分とみなし、音楽的に自然と思われるgを採用。
 第2ヴァリエーション左手音型もPeters版だけ違うが、これは初版本がそうなっている、とヘンレ版の解説にある。他の版はオーストリア原本を踏襲している。しかし初版本というのがモーツァルトの目を通っていない可能性はどちらかというと少ないだろうと思うので(確認はしていないが)私としてはモーツァルトの最終意図はそちらではないかと暫定的に判断し、Peters版にしたがうことにする。
 第99小節左手最初の音がPetersはdだが他はhである。しかしヘンレ版の解説によれば初版本がhではあるのだが、第75, 103, 171小節との類推でhではないかというのである。その程度の類推ならば、私としては、第99小節目でマイナー7の和音を持ってくるのに違和感を感ずるので、初版本の方に軍配を上げたい。第103小節目でマイナー7を厭わずhに戻したのは、和声に変化を持たせるのと、その直前からdが続くのを避けるためではないかと思う。(第115,119小節も同じ)
 第157,158小節右手のcナチュラルはcシャープの版も多い。cナチュラルだと左手のcシャープとぶつかるので、ショパン的あるいはジャズ的な斬新な和声である。しかし初版がそうなっているので、モーツァルトの意図と考えてcナチュラルとする。
 159小節目右手最後の音、Petersやヘンレではhナチュラルだがウィーン原典版ではdである。ヘンレ版解説によると「オーストリア原本がdだがミスプリントだろう」とある。私には必ずしもミスプリントでない可能性があると思えるが、初版本重視のヘンレ版にしたがいhナチュラルとする。
 199小節目右手二つ目の音は知る限りf#だが、ヘンレによると初版本はdで、しかし211小節目との整合を考えf#としたのだそうだ。これは少し面白く思った。というのはdの方が274小節目との整合がよいからだ。しかしTempo Iの274とAdagioの199という速度の違いを考えると、すべての版が採用しているf#の方がいいと考えられる。
 204小節目右手最後から4番目のeの前に初版本ではhが入っている。ウィーン原典版はそうしており、ヘンレはそれを採用していないが、音楽的にはヘンレの方がよいように思う。初版本のミスプリントということも考えられる。
 260〜262は同じものの3回の繰り返しだが初版本は2回になっている。Petersもそうなっているが、他のほとんどの版は3回を採用している。これは256〜258がやはり3回繰り返していることと整合がとれる。オーストリア原典も3回なので初版本のミスプリントということも考えられる。
 第279小節目最後の和音右手、ヘンレはaだがPetersはgであり、ウィーン原典版ではその音がない。同じく最後の終止和音(第280小節)右手ヘンレはaの音が入っているが、ウィーン原典版はない。ここはウィーン原典版のシンプルさこそモーツァルト的と思い、それを採用する。

[2009年9月22日 記。YouTubeアップロードは2010年3月8日]


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