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Jim Samson講演会「ショパン自筆楽譜を巡って」
2002年10月31日(木)新日鐵代々木倶楽部において標記の講演会が行われた。 大変興味深い、素晴らしい講演だったので、ここにその内容をかいつまんで紹介したい。 この講演会はSamson氏が音楽学会出席のため来日した機会をとらえ、 ショパン愛好家の有志4人で主催されたという。 そのうちのお一人・武田幸子さんがこの講演会を私に紹介して下さり、 聴きに出かけたというわけである。 聴講代千円は安いと思った。 (以前には中田さんが絶版の本を貸してくださったり森村さんが録音テープで興味深い自説を紹介してくださるなど、 このホームページを開いたおかげでいいことが起こるようになった。) Samson氏の経歴についてはこの記事の最後を参照されたい。
まず、少々異例ではあるが、 講演の前にSamson氏は質問を受け付けた。その答の中で氏は興味深い、 ある意味ではショッキングなことを二つ言った。 それは次のようなものである。
(ショパンの楽譜は版により微妙な違いが多々あるがどれがいいかという質問に対し) 「パデレフスキー版は、発行当時は斬新なものだったが、次の点で問題がある。 それはショパン時代のフランス版、ドイツ版、イギリス版からつぎはぎして一つの曲を編集している点である。 そのようにして実際には存在しなかった楽譜が出来上がってしまった。 現在最も良いと思われるのはエキエル版である。 しかし言わせてもらえれば、 これは私自身が編集に携わるので宣伝になってしまうが、 まもなく出始めるPetersの新しい版である。 ただしつぎはぎが良くないのは楽譜の監修に関してアカデミックな見地からで、 演奏家がつぎはぎで演奏する自由は許されると思っている」
(注:これは出る出るという噂が日本でも前からあった。確かアカデミア情報か、あるいは上記の中田さん情報かもしれない。Samson氏本人によれば正確を期すため遅れているということだ。)
(ミキェビッツ等の詩との関係が語られるがどの程度対応がついているのかという質問に対し) 「有名なオンディーヌなど大半のものは後から学者が想像したものだ。 現在はっきりしているものの例としてバラード第2番が挙げられる。 これは少女の描写に始まり、その少女がロシア兵に殺され、その後に花が咲いたという輪廻的な詩を元に、 ショパンは作曲した」
(注:これがなぜショッキングと思うかというと、そのような話は楽譜やCDの解説にもあまりないからだ。 当時ロシアの侵略に遭ったポーランド人としてショパンがロシアを憎んでいたことはよく知られているが、 詩の内容はあまり声高に流布するには適切でないと思われて来たのだろうか? ショパンの音楽はそのようなことを超えた普遍性があるし。)
さて、Samson氏は豊富な自筆楽譜のコレクションからOHPに映し出し、講演を始めた。 面白い話ばかりだったので全部書きたいところだが、 かいつまんで書くことを許されたい。
(チェロソナタの解説のとき)「それまでずっとピアノ曲だけ書いて来たショパンが最後の出版でチェロソナタを書いたことは、 それだけなら例外的な曲と言えますが、 実はチェロソナタの自筆譜とともにバイオリンソナタの自筆譜が1ページだけ残っているのです。 これです。 これを見て私はショパンが自分を変えようとしたのではないかと思うのです。 つまりピアノ独奏曲一辺倒から作曲家の幅を広げようと」
ここで私が思ったことは三つ。 一つはドビュッシーも最後にチェロソナタとバイオリンソナタ、それにフルート・ビオラ・ハープのためのソナタを書いたことである。 それまでソナタなどというアカデミックな曲は一切書かなかったドビュッシーが。 二つ目は生涯の後半アルゲリッチも室内楽を始めたこと、それにアシュケナージも指揮を始めたこと(まだ生涯はいよいよこれからだが)。 最後は「ショパン全作品を斬る」の最後で引用したショパン最後の手紙:「姉さん、すぐ来てください。 僕は病気です。 旅費が足りなかったら借金してください。 元気になってまた作曲すればすぐ返せます」
(バラード第4番について現在の音型が初めの構想と違う例を挙げながら)「これを見て下さい。 4分の6拍子で書かれています。 ショパンはこの後8分の6拍子に変えました」
バラード第4番は形式上第1番に回帰したところがあると感じていたが、 最初は拍子までそうだったというのが興味深い。
(幻想ポロネーズが最初の構想から大きく変貌を遂げる様子を解説しながら) 「最初ショパンは題をFantasyとしていました。 またリズムもポロネーズ特有のタンタカタッタッタッタッではなく、 この自筆譜のように単純にタッタッタッタッタッタッでした。 この曲はどの版もポロネーズ集に入れられていますが、 ポロネーズではないのです。 本当は作品49の幻想曲と一緒にされるべきものです。構造も調性推移も良く似ていますし」
これを聞いてスッキリした。 「ショパン全作品を斬る」で私は「この『幻想ポロネーズ』は実に素晴らしい作品であるが、 私としては感嘆を通り越してどことなくとまどいさえ感じなくもなかった曲である。 それがなんであるか表現するのは難しいのだが 〜中略〜 特にこの曲の前半はつぶやくような地味な幻想曲であり、 それをまた本来快活なはずの「ポロネーズ」で作曲しているものだから、 何か不思議な感じがする」と書いた。 自筆譜の推移を見せられて、溜飲が降りた。
他にも譜例を示してここに報告したい話題ばかりであった。 しかし今日はこの辺にしておきたい。 Samson氏には自筆譜とその解説の本を出してもらいたいものだ。ともあれ、仕事や雑事に追われる日々の中、 久しぶりにスッキリした気分になった。 主催者に感謝したい。
<ジム・サムソン経歴>(武田幸子さんによる)
現在、ジム・サムソンはロイヤルホロウエイにあるロンドン大学の音楽学教授。以前はエクセター大学、 ブリストル大学の音楽学教授。2000年に英国アカデミーのフェローとなり、1991年にはポーランド文化省から勲位(Order of Merit)をもらっている。出版した本は、単独で書いた著書と監修した書を合わせると12冊に及び、その内容はショパンの音楽に焦点を合わせたものと19世紀と20世紀の音楽の歴史、 楽曲解析、音楽美学など広範囲にわたっている。
[2002年11月1日 記]
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