少し昔の物語・サジェス

酸素が足りない、鼓動もこんなに早く鳴った事が今まであっただろうか?意識が遠くなる、と、同時に聞こえる声。

「頑張ったじゃん、きっと君は強くなるよ、少なくともぼくよりはね・・・・・。」

足音が遠のいていく、不思議と心地よい、そして世界が暗転した。

「おい、サジェス、いつまで寝ている気だ?。」

自分の『上』の辺りから声がする、意識がはっきりしない中、自分が上を向き倒れていて、声の主が自分を覗く様に声をかけていた。

「ははは、なんとも盛大にやられたな、チョット待ってろ、冷やすものを持ってこよう、イーリ、しばらく頼む。」

声の主はマチス教官だった、その近くにはイリァス教官もいるらしい、額に手に平が当る感触、ゆっくり目を開けると、イリァス教官がヒーリングを詠唱していた。

「みっともないとこ・・・・見せてしまいましたね、教官。」

その言葉を聞き流すかのように回復の式を組んでいくイリァス、次第にサジェスの傷が癒えていく。

「続けなさい、いくらでも聞いてあげるから、言葉にならなくてもいいわ。」

優しく微笑むイリァス、サジェスは照れくさそうに目を逸らす、しばしの沈黙の後ポツリポツリと言葉が零れ落ち出した。

「一番いい方法と信じていました、体の出来上がる年になるまでは、知識を蓄えようって、戦術論や術式への対抗知識・・・・・・。」

それは何か自分を嘲笑している様な、哀れんでいるような、迷い無いはずだった自分の道が力ずくで砕かれたせいであろう。

「でも、違っていた!いつの間にか見失っていた、自分のなりたかった者、いつか憧れた『新緑の騎士』、父よりも皇よりも尊敬していたあの人は・・・・・こんな、こんな『物』じゃなかったのに、見失っていた、『全てを守る力』は知識で補える思いなんかじゃない!何より大切な思いだったんだ!!。」

吐き出された言葉、後悔の涙が我慢しきれず溢れ出す。

「何で僕は・・・・・・こんな・・・・遠回りを・・・・。」

時間だけはどんなに望んでも戻らない、『あの二人』のように強くなれたかかは解らない、しかし少なくとも、このような後悔はしなかっただろう。

「でも、あなたは思い出したわ、大切な思い、それにあの二人は答えてくれた、ならもう解るでしょう?やるべき事は一つ。」

イリァスの手がサジェスの頬を優しくなでる。

「あの二人が『皇覧式武会』で戦っているのを見たとき、私も思い出したの、ツキヤはディライト皇と重なったわ、エステルは・・・・。」

そこまで言うとイリァスはどこを見るでもなく、ただ、何かを思い出したように『クスッ』笑った。

「まだ10年と少ししか経っていないのに、遠い夢のよう、八英雄達の戦い、辛くて、悲しいことも沢山あったけど、『英雄』は確かにいたわ、『一騎当千』なんて言葉も霞むほどの輝きを持った・・・・。」

再びサジェスを見つめる。

「あなたは見失っていない、遠回りしたかもしれないけれど私には『感じる』の、あなたにも、あの二人にも、私やマチスが憧れた『英雄の輝き』がある、こんなに待ち望んだんだもの、だから、ね?後は、立ち上がって前だけ見ていけばいい、そうすれば・・・・。」

イリァスがサジェスの手を引き立ち上がらせる。

「あの二人に追いついて、更にその先に居る、ジョゼ義姉さんや、兄さん、ディライト皇・・・・そしてあなたの憧れた『貴女(あのひと)』、間に合うわ、まだ、だから、ね。」

少し落ち着いたサジェスは恥ずかしそうに涙を拭った、少し目を閉じて、開く、その瞳には覚悟に似た思いが感じられた。
 

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