華の宴

第八章 艶冶



小次郎の目は明らかに変わっていた。伊勢の刀に手を伸ばした。
「あっ」
華奢な手では小次郎の逞しい腕の力には勝てなかった。
 小次郎は抵抗する伊勢の腰から二本差しを抜いて、隣の部屋に投げた。名刀「菊一文字」が無惨に転がる。続けて自分の刀も投げる。
 小次郎は伊勢の体を突き倒した。
「くっ、」
起き上がろうとした伊勢を小次郎は押さえ込む。
「刀が欲しいか?」
意地の悪いことを聞いた。
「あとで返してやるさ」
小次郎は片手で伊勢の帯を解いた。
「やめろ、お前とはそういう関係になりたくないんだ!」
「もう、遅い」
貪るように小次郎は伊勢の口を吸った。伊勢は歯を食いしばっていた。
顔を逸らしても追い付いてくる。余りの激しさに目を閉じた。
右手が太股を這い上がって行く。その感触に伊勢は「あ」と口を開けた。
途端に、口の中に小次郎が入ってくる。すぐに捕らえられ激しく吸われる。
「うぅ」
伊勢は苦しく喘いだ。掴まれている両手首に力を入れて抵抗してみせた。しかし、小次郎は物凄い力で捩じ伏せてくる。手首の痛さと口吸いの激しさに気を取られていた伊勢はぱっと目を開けた。
「・・・んぅう、うう、うぅぅうう!!」
声にならない激しい喘ぎが喉の奥から漏れてくる。
小次郎の手は伊勢を捕らえていた。最初は優しく。だんだん激しさを増す。
体をくねらせ必死に耐えている。体をずらそうとすると、唇が、手がどこまでも付いてくる。
小次郎の顔に息が降り掛かるほど伊勢は昂っていた。唇をそっと離す。
「はっあ・・・」
途端に息が漏れてくる。
小次郎は伊勢の膝に手を掛けた。
「っ、いやだ、やめろッ」
小次郎は応えない。
簡単に膝を割られる。
股間に息がかかってきた。
先端に唇が当たる。
「あっ」
伊勢を覆うようにして口に含んだ。貪るように激しく吸う。
そのぬめぬめとした感触に、下半身が痺れて来ていた。
力が、入らない。
激しく吸われ、扱かれ、昂りを見せ始めた。
そこへ、歯を立てた。
くっ・・・と喉が鳴る。
「は・・・ぁ」
小次郎は止まらない。
身体の奥から沸き上がってくる疼きに伊勢は首を振って否定した。

違う、これは私ではない。

だが、身体は反応していた。
伊勢は小次郎の口の中でだんだん変化していることに気が付いた。
何かが身体の中で弾けそうになる直前、小次郎が口を離した。
「・・・ぁぁぁぁ」
置き去りにされてしまった疼きが口を突いて出た。
小次郎は素早く伊勢をうつ伏せにすると、腰を引き上げた。
グッと握りつけてきた。先ほどの焦燥感が戻ってくる。
「ぁあああ、やめ・・・ろ」
「苦しいか」
耳元で息を吐き出すように言う。苦しくて答えられない。
「もっと苦しくしてやろう」
そう言うと、手を内側に滑らせた。ゆっくり、探るようにしてそれは進んできた。
びくんと身体に戦慄が走る。
「はっ、あぁぁ・・・」
内壁は熱かった。
指をゆっくりと入れていく。伊勢はその感触に頭が朦朧としてきた。
指を曲げてみる。
「んっ・・・くぅぅ・・・」
指が激しく動き出す。内壁を擦り上げた。
「あぅっ」
痛みと疼きが一度に襲いかかってくる。
小次郎は握っている手をさらに強くした。
「はあっっ・・・」
伊勢はとても淫らなものが自分を支配するのが分かった。
そこは蠢動していた。
小次郎は伊勢が指を締め付けてくるのを感じると、ゆっくり抜き始めた。
「あ、だ・・・め・だ」
引きずられるような感覚がさらに伊勢を淫らにした。
「あッ、くぅ・・・」
理性で耐えられる限界が来ていた。指を抜かれた後、じりじりと灼けつくような痛みが走った。
これから起こることを予感させるようなその痛みは波紋のように広がり、遠くの方で快楽に変わった。伊勢は狼狽した。恐れていたことがだんだん現実になってくる。
小次郎は腰を引き寄せると顔を埋めた。
「っあぁ、いやぁ」
まるで生き物のように動く舌に声をあげた。
熱が集中する。そこが動いていることも分かった。

熱い!

「ぅん、ふ」
鼻から抜けるような声が聞こえてきた。
「う、ん・・・ふぅ・・・はぁ・・・は・・・あ」
声が声ですらなくなる。もう、何も考えられない。口から唾液が滴り落ちてきたことさえ気付かなかった。
小次郎は吐息しか出なくなった伊勢から顔を離した。
朦朧とした意識の中で伊勢は怖くなった。

ああ、来る。

その瞬間、小次郎は貫いた。
「ああああっっっーーーーーーー!!!いやぁあああああーーーーー」
伊勢の身体が弓なりに反れた。同時に前方も小次郎の手の中で弾けてしまっていた。
小次郎はゆっくりと進んでくる。
「いやぁ、やめて」
止まらない。
「お願いだから・・・」
言葉とは裏腹に内壁は蠢動し、締め付けてくる。
「どうだ、初めて男を銜えた感じは」
伊勢はその言葉に、耳元まで赤くなった。
「いやぁぁ・・・」
「答えろよ」
「あぁぁぁぁ・・・いじ・・・わ・るッ」
少しずつ腰を回す。
「い・・・や、だめ・・・」
ほんの少し突き上げた。
「ああああいやぁ」
小次郎はもっと鳴かせてみたいと思った。
伊勢から身体を離し始めた。
「あああッ、だめ・・・」
内壁は逃すまいとしてきつく締め付けてくる。小次郎は振り切ってすべてを抜いた。最初の衝撃で裂けたところから血が出ていた。
伊勢は引きずられた後の猛烈な痛みと焦燥感に言葉を失っていた。
小次郎は口を噛んで苦しむ伊勢を仰向きにすると、膝を無理矢理押し上げた。すべてを曝け出すような姿。
「いや・だ・・・」
ゆっくりと小次郎が入ってきた。
「あああーーーーー」
奥まで入ると、今度は激しく突き上げてきた。
「ああああああ」
抽送が始まる。伊勢の声は掠れていた。
「はああぁ・・・やめて・・・か、からだが・・・こわ・・・れる」
先ほどまでの苦悶の表情は消えていた。
「あっ、ああっ」
切羽詰まった声が聞こえてきた。熱にうかされたように頬が赤くなっている。うっすらと開かれた唇から舌が見えた。
何も取り繕っていない伊勢の顔。

これだ、俺の見たかったのは。

小次郎は吸い寄せられるように伊勢の唇を舐めた。もう、拒まない。
次の瞬間、伊勢の中で解き放っていた。
伊勢は小次郎にしがみついて叫んだ。
嵐が去った後、海が見えた。
身体が浮いていた。


 ひっそりと静まり返った部屋で伊勢は惚けたように転がっていた。あれから何時間経ったのか、分からない。小次郎はいなかった。ただ、紙切れが置いてあった。
「っ痛・・・」
起き上がろうとした伊勢は身体をくの字に曲げた。我慢して起き上がる。手を伸ばして紙を取ろうとしたとき、身体の奥から何かが流れてきた。
「あっ」
それは内股を伝って膝に落ちてきた。
目元に朱が入る。身体が熱い。
振り払うようにして紙切れを取った。
それには小次郎の字で二、三日家を空けると書いてあった。カッとなった伊勢は紙切れをグチャグチャに丸めると投げ付けた。自分でも分からないほど動揺していた。
 そのとき、物音がした。
はっと我にかえった伊勢は急いで帯を締めた。
「夜分、申し訳ない。伊勢殿はおられるか」
嵯峨野の声だった。
伊勢は焦った。こんな姿を見られたら・・・!
せめて刀を。刀があれば。
死に物狂いで隣の部屋で転がっていた刀を取った。
「あけるぞ、御免」
伊勢は刀を抜いた。

そこには、必死になっている伊勢が立っていた。きつそうに。
嵯峨野は言いかけた言葉を失った。
紅をさしたような頬。首に張り付いた髪。今にもはだけて見えそうな襟元。締め付けられて赤くなった手首。
明らかに激しい情交の匂い。嵯峨野は目のやり場に困った。
震えながら自分に刃を向けている。
「あの、」
「それ以上近付いたらお前を斬る!!」
その迫力に嵯峨野は負けた。
「分かった。俺は何もしない。ただお前が病気で仕事を辞めたと聞いたので見舞いに来ただけだ」
間が開く。
「だが、その必要はなかったようだな」
見透かされたような言葉。
伊勢は腕がきつかった。太刀を持つ手が痙攣してきた。
「・・・また、いつか会おう。さらば」
そう言うと嵯峨野は出て行った。
同時に、伊勢は太刀を落としていた。

畳にへたり込んだ伊勢は嗚咽が止まらなかった。




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'99.3.12
Gekkabijin