小次郎はあの後、伊勢の住まいに居着いてしまった。
ある朝、小次郎は居間に無造作に置かれてある香箱の身を見つけた。
「これは・・・そっくりだ」
食事の用意をしていた伊勢にも聞こえていた。
「香箱の身か?そんなのどこにでもあるだろう」
小次郎はその身を真剣に見ていた。
「違う。俺が持っているものと形が同じだ」
「何?」
伊勢の手がぴたりと止まる。
「形も色も同じだ・・・」
「お前、そんなもの持ってたのか?」
弟子入りして以来、お互いのことはよく知っていたがそのようなことは一度も耳にしたことがなかった。
「ああ。蓋だけだが、生まれた時に出て来たらしい」
「手に・・・持っていたのか?」
「ああ、何度か母親から聞かされたな」
伊勢は逃れられない運命を感じた。
「お前は、何でこれを持ってるんだ?」
小次郎の何気ない問い。
「あ・・・これは母上から頂いたが、蓋はなくしてしまった」
あまりに信じ難くて本当の事を言えなかった。
「そうか、あまりにも似ているのでつい」
伊勢は心の中で叫んでいた。
小次郎、お前か!!
「伊勢?どうした」
雷にでも打たれたかのように動かなくなってしまった伊勢を見て小次郎が訊ねた。
「いや、何でもない」
とっさに出た作り笑い。口元が歪んでいた。
「じゃあ、お前が持っている蓋を見せてくれ」
「あいにく、持ち合わせていない。大事なものだったのに、どこかで落としたらしいんだ」
「・・・きっと、縁がなかったんだ」
酷いことを言った。しかし、小次郎は別段気にも留めていなかった。
「かもな」
「あ、お前!」
伊勢が思い出したように言った。
「何だ?」
「辻斬りをしたな」
「・・・」
「頭から・・・あれはお前の切り口だな、分かっているんだぞ」
「・・・ああ、やった」
「なぜだ?やれば目立つのに・・・」
「あれは藩の追っ手だった。だから殺った」
「しかし、お前は関係ないだろう」
「俺もつけられていた。大丈夫だ。ここに来る前に全部殺ったからな。寺までは手を出さないだろう」
「だといいが・・・、落ちた蓋を誰かが拾っていたら大事だ」
「死んだと思われて好都合だ。よく考えたらあれが何かの役に立つでも無し」
ひと息付くと、小次郎は話し出した。
「そう言えば間違って対峙した男がいた。追っ手を2人殺ったすぐ後だった」
「斬ったのか?」
「いいや。その男はなかなかの腕だった」
「名前は?」
「嵯峨野宗尭」
「嵯峨野殿?」
その瞬間、伊勢は謎が解けた。小次郎の蓋は嵯峨野が持っている。そう確信した。だからあの時、身をじっと見ていたのか・・・。
「何で知ってるんだ」
小次郎は聞く。
「同じ界隈で用心棒をしている」
「・・・」
伊勢は障子を開け、外を見た。
「梅が咲き始めた。もう春が来ているな・・・」
静かに言った。
小次郎は応えなかった。ただ、昏い目で伊勢を見ていた。
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