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「ザイードが迎えに来るぞ」 乱された格好のまま、胸元を掴んでカミュは聞いていた。 ザイードとは、誰だろう・・・?思考がまだおぼつかない。 「新しい家に、お前を連れていってくれる」 そしてミロも、背中に十の赤い斑点を付けたままだ。 「いつ?」 「ああ、もう来てた」 ミロは笑いながら言った。 カミュは、跳ね起きて衣服の裂け目を重ね合わせた。 ミロの陰で見えなかったが、肌の浅黒い、野性的な男が立っていた。 ああ、そう言えば、昨日から停泊してたな・・・。 カミュはぼんやりと思い出した。ここは、カミュが行くはずだった目的地に近い。 ミロは、背中の傷やカミュの姿を隠すでもなく、見せつけるでもなく男に話しかけた。 「連れていってくれ。俺も後から行く」 「わかりました。では、着替えられるまで外で待ちます」 そういうと、男は部屋を出て行った。 「驚いたか?ザイードは俺の腹心だ」 カミュに服を渡しながら、話す。カミュは着替えてしまうと、部屋を出て行こうとした。 「なんだ、つれないな。さよならのキスもしないのか」 上半身裸の男は、カミュの腕を掴んで圧倒的な力で引き寄せた。顔を近付けてくる。 「待たせてる」 カミュは身体を反らせながら、当たり前の理由を言い訳に使った。 違う、本当は紅潮した顔を見られたくないだけ・・・。 そして抵抗する間もなく、顎を掴まれた。 激しいキス。カミュの身体に呪文をかけた。 頭の芯が痺れた。 カミュは、この地に不釣り合いな高級車の後部座席に座って、すり抜ける街並みを見ていた。 その目は、ほとんど何も映してはいなかった。 私はどうしてあの男のいいなりになっているのか。 身体は自由だというのに。 一緒にいたいと思うのか? 良くわからない。 ・・・あの男を愛している? 良くわからない!! ナイフを持ってみれば、気が変わるかも知れない。 「君は、ナイフを持っているか?」 運転中のザイードに聞いてみる。 「・・・持っておりますが?」 ザイードは訝しるように、ルームミラー越しにカミュの顔を見た。 彼等の嗅覚は鋭い。 「私は、ナイフを集めるのが好きだったんだ。家に帰れば、100本ものナイフが出迎えてくれるよ」 カミュは目を瞑って、居間に飾られたコレクションを思い出していた。 実戦用にもなるそれを。 「・・・」 ザイードはカミュをまだ良く知らない。情報網から来る彼の話なら、良く知っている。 ナイフの名手だった。時間が経って、ナイフの感覚が鈍っていたとしても、いつ豹変するかわからないのだ。 ザイードは懐からナイフをとって、片手で持ち上げた。 「これなら持っています」 それは、長であるミロからもらったナイフ。手入れの行き届いているそれは、よほど大切にされているようだった。 次の瞬間、ザイードの手は降ろされ、カミュは落胆した。 カミュの視線は窓の外に移った。ぼんやりと眺めている目がだんだん疑問の目に変わっていく。 ここは、私のために用意された屋敷に通じる道ではないか? 車は山の手を走っていた。 「後もう少しで着きます」 |