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ミロは笑いをぴたりと止めると、振り返って言った。 「そう言えば、明日の午後からちょっとした予定でいない。俺が帰ってくるまで6人部屋に行ってもらう」 このときカミュは何も知らずにミロを睨み付けていた。 夜が明けた。 カミュの身体は酷く汗ばんでいた。一晩中催淫に苛まれ、人の欲望は植物の根を入れられたそこに、全て集中していた。どれだけ酷かったかは、手首の傷を見ればすぐにわかった。 彼の中の欲望が首を擡げて、うねりだし、殻をつついて出てくるのに時間はかからなかった。 歯の隙間からうめき声のような息が、何度となく出て行った。 もはや、獰猛な欲望を止めることはできなかった。 いきなりカーテンが開いた。ミロが顔を覗き込んできた。 カミュは内なる戦いに気を取られ、そこにミロが来たことさえ気付かなかった。 「気分はどうだ?」 唇と唇が触れあう寸前のところまで顔を近付けて、わざとらしく聞いた。 カミュは顔を背けて、目を合わせないようにする。 顔を近付けたままミロは、カミュの首筋を這うように呟いた。 「悪そうだな」 「悪いッ」 それだけ言うのが精一杯だった。それ以上の睨みは利かなかったし、目も合わせたくなかった。 「じゃあ、」 すうっと上体を起こしたミロは息を吸い込むように、言う。 「お望み通りベルトを外してやろう」 「な、に!?」 「大切な商品の外観は綺麗な方がいいだろう?中身は汚れてもな」 口の端を釣り上げたまま言い終わらないうちに、ベルトを外していった。 「さあ、これで何をするにもお前の自由ってことだ」 何を自由にやれと?カミュは心の中で叫ぶ。これなら、繋がれている方がまだマシだ。 「ついでに言っておくが、」 面倒臭そうにミロは言った。 「シャワーを浴びても、淫らな感覚は止まらないぞ。じゃ、健闘を祈る」 血の気が引いていくカミュを満足そうに見ると、ミロは部屋を出ていった。 代わりにやってきたのは、若い看護婦だった。 「さあ、お部屋を変わりましょうね。どこか具合の悪いところはありませんか?」 何も知らない看護婦はカミュに優しく接してくれる。しかし、今の自分を誰にも見せたくなかった。 「悪くは・・・ないが、シャワーに行きたいんです」 吐き出すように言ったその姿がとても痛々しく、まるで重病人のように見えた。看護婦は慌ててカミュの身体を支えようとする。 「大丈夫ですかっ?」 彼女の手は、カミュの背中と腕を支えていた。ついさっき、手を洗ったのか、ひんやりとして気持ちがいい・・・。その感覚でさえカミュには刺激的だった。目眩を起こしかけた。 「あぁ・・・」 ため息まじりに出てきた、艶な声。しかし、真面目な年若い看護婦には、その言葉の意味が理解できなかった。 「先生をお呼びした方がよろしいですか?」 先生、と言われて我に帰ったカミュは、目をむき出した。看護婦を見ると、慌てて首を横に振った。 「いや、大丈夫です。それより早くシャワールームを教えてください。一人で行けますから」 カミュは看護婦が説明を終わらないうちに、部屋を飛び出していった。 その部屋に連れていかれたのは、ちょうど昼食の時間だった。5人全員が起きてランチを取っていた。カーテンは開けてあった。カミュが部屋に入るなり、皆の視線が集中する。どこか、不安定な美しさは誰が見てもわかった。顔は青白く、手首は赤く擦り剥けて、危険な感じだ。そして今にも倒れそうなぐらい、汗をかいている。 「何か必要なものは?」 「毛布をください」 「え?」 寒い季節ではなかった。看護婦は少し戸惑ったが、すぐに返事をしてきた。 「寒いんです、」 「わかりました、持ってきますね」 看護婦は微笑むと部屋を出ていった。 先にランチを取っていたカミュは、何もすることがなく、ただベッドに横たわるしかなかった。しかも他の5人に今の状況を悟られないように。 看護婦はすぐに戻ってきて、カミュに毛布をかけようとした。カミュは看護婦の手から奪うようにそれを取り、身体にぐるぐるまきにしてしまった。あっけにとられている看護婦をよそに、カミュはベッドにうずくまる。毛布の端を口にあてて、声が漏れないようにした。 「あのう」 苦しそうに吐き出すようにしゃべるカミュを、気づかうように看護婦は顔を近付けてくる。やめてくれ、と思いながらカミュは視線をずらす。 「なんでしょう?」 「先生はいつ帰ってくるんですか」 「先生は3日後にお帰りになります」 「3日・・・」 それまでに、ここから抜け出してまたどこかの倉庫に身を潜めようかとも考えたが、めらめらと燃え上がる欲情に思考が遮られ、断念した。 看護婦は気を利かせて、カーテンを閉めていった。 |