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乗客達の荷物は時化の大揺れで崩されて、ごちゃごちゃに折り重なっていた。 懐中電灯の光の輪が、そんな光景を舐めてゆく。 「ま、ちょうどいいか。少々、稼がせてもらうぜ」 太い指で顎を掻きながら、水夫は質の悪い笑みを浮かべた。 乗客の荷物の中から、金目のモノを物色しようという魂胆だった。 時化の揺れにも構わずに手近のトランクを漁りだす。 壁際に並べられたトランクの間に身を潜め、彼は息を詰めていた。 見ると、自分の周りの荷物は見るからに高級そうな造りで、あの強欲そうな水夫が 目を付けるのは時間の問題だろう。 彼は懐を探った。 細く、固い手触り。 手のひらより少し長い程度のナイフだが、無いよりはましだろう。 そっと鞘を抜き闇に目を凝らす。 あの日、真紅に染まっていた刃が今は綺麗に拭ってある。 柄を握りしめ、彼は野生の獣のように身構えた。 血を透かしたような赤い瞳が、刃よりも冷たい光を宿す。 『・・・邪魔は、させない。』 水夫の手が、隣のトランクにかけられた。 |