黒い森

第十三章



「これは・・・!」
王太后の紋章から出て来た。村人が言っていた、飾りの時につける花の絵。手首には刺青をしていたのだろうか。
「これだ・・・」
呼び鈴を鳴らそうとして、手を止めた。ルイが来たからだ。
「ミロ様」
「いいところに来てくれた」
「お急ぎでございますか?実は、アルベールがお話ししたいことがあるとのことですが」
「アルベールが?わかった。話を聞こう」
ルイは後ろに立っていたアルベールを書斎に通した。
「話とは何だ?」
「・・・」
アルベールがルイを見たので、ミロは席を外すように言った。ルイが書斎を出て行くと、アルベールは話し出した。
「昨日、お城へいらっしゃった姫君は、どちらの方なんでしょうか」
「悪いが、おまえにそれを言うことはできないよ」
「名もなき森に住んでらっしゃるのでしょうか?」
ミロが無言になった。やっぱり。アルベールは少し表情が暗くなった。
「では、これをごらんください」
ポケットから取り出したロケットを開けて見せると、ミロはとても驚いた。
「これは、姫君!?どういうことだ、アルベール」
「この方は、あのお方の母上様です」
「何?」
「20年前、嵐の晩にここへ侍女と二人でお越しになったのです。姫様は、身籠っておられました。顔色も悪くてすぐにでも医者が必要だって言うのに何者かに追われているようで、先代が森へ匿ったのです。その時、御案内したのが私です」
「なんということだ・・・」
「お父上からは、誰にも言わないように言われましたが、まさかあの姫君がここへお出でになるとは思いませんでした・・・。悩んだ挙げ句に村の司祭様に懺悔をしました」
「その司祭は殺された」
「えっ」
「何者かに殺されたらしい」
「あ、あの男だ・・・聖書を読んでいた男です」
「顔は分かるのか?」
「いいえ・・・わかりません」
アルベールは、有力な手がかりをミロに伝えられない悔しさと腑甲斐無さを感じて落胆した。
「ルイは、嵐の晩のことは知っているのか?」
「いいえ、知ってらっしゃらないと思います」
追っていたのは王太后。追われたのは王室に関係ある高貴な姫君で、その人はすでに身籠っていた。側室だった場合、必然的に生まれた子供は12番目の非嫡子。継承権がある。蟄居させられたんじゃない。
「ルイを呼んでくれ・・・」
何故、父上は話してくれなかったのだろう。何故、何故・・・!
アルベールと入れ代わり、ルイがやって来た。すべてを話した。
「それでも私は、あの姫君をこの城に迎えたいんだ」
「ミロ様、大変心苦しいのでございますが、それでは当家が取り潰されますぞ。何卒御考えを改めてくださいませ」
「私は彼女を愛している。彼女が政略結婚の餌食になるなんて考えられない!」
ミロは急いで書斎を出た。王太后の使者がこの領土にいたのが昨日。急がねば!
「どちらへ行かれます、こんな夜更けに!」
「聞くな!」

ミロはマントを掴むと、物凄い早さで馬を走らせた。そう、あの姫君の元へ・・・。
目の端で、村が一つ、二つと過ぎて行く。目の前に、闇が見えて来た。森だ。
どうか、元気でいてください。そのままそこにいてください。あなたの笑顔を見せてください。
馬から飛び下りると、息を切らしながら、走った。
湖の脇を通り抜ける。小屋に着いた。
最初は小さくドアを叩いた。
「私です、小鳥です」
反応がない。ドアを押してみた。開いた。
ゆっくりドアを開いた。そっと中に入ってみた。
何もなかった。
「お、おお・・・神よ!!」
ミロは打ちのめされて、床を這いずり回った。
「なんということだ・・・なんということだ!!」
何かないか。ここに彼らが住んでいたという証が。
ミロは隅から隅まで調べた。そうして見つけたのは、壁に少しだけ開いた穴だった。中から出て来たのは、二つの指輪。乳母が彼女から取り上げたのだろう。ミロがあげたあの指輪だった。
これが、王太后の手に渡らなくて良かった・・・。
ミロは重たい体を無理矢理動かせた。すぐここを立ち去らないといけない。また何が起こるか分からない。

ミロが城に帰ると、ルイが待っていた。
「お帰りなさいませ」
「手後れだった・・・」
さすがのルイでも、どう声をかけていいのか分からずに、そのまま空気が流れていった。
ミロは無言のままマントを預けた。
「領民に箝口令を出されますか」
「いや、この城だけでいい」
そう言うと、ミロは寝室へ引き上げた。

翌日、近くの村まで行ってみた。ミロは、子供たちが外にいないことに気付いた。普段は元気に遊んでいる姿を見かけるのに・・・。気になったミロは、村長の家に向かった。
「これはミロ様。ようこそお出でくださいました。何用でございますか?」
「子供たちはどうしたんだい?少し気になったものでね」
「それが・・・」
「何かに憑かれた!?」
「はい。アルフレッドという名前の子ですが」
「ああ、金髪で目の青い子か」
「わしらが行かない、近くの森へ行ってしまい、そこで何か見たようなのでございます。それから怯えて外へ出ないのです」
ミロは直感した。使者を見たのだ。あるいは姫が連れて行かれるところを。
「その子と話がしたい」
「ああ、それはありがたい。それでは呼んで来ます」
ミロが村長の家で待っていると、ドアの外から母親の声が聞こえて来た。
「ほら、ちゃんとおし!ミロ様がおいでになってるんだよ」
ドアが開いた。村長が入って来て、紹介してくれた。
「ミロ様、アルフレッドです」
「やあ、アルフレッド。元気かい?」
アルフレッドは母親に隠れてしまった。
「すみません、いつもはこんなんじゃないんですけど、昨日から様子が変で」
「ああ、いいよ。気にしないでくれ」
そのままじゃ話をしてくれそうもないので、ポケットから綺麗な包み紙を出すと、手のひらに乗せて差し出した。
「アルフレッド、君の好きなお菓子だよ。こっちへおいで」
母親の後ろからミロを覗き込んだ。母親はアルフレッドの体を押して、「早くお行き」と促した。
「ここに座って」
椅子を差し出して、ポンと叩いた。おずおずと来てくれたアルフレッドにお菓子を渡す。
「今日は元気がないな、アルフレッド。何かあったのかい?」
村長の奥さんが、ホットミルクを持って来てくれた。
「ありがとう」
ミロは礼を言うと、「さあ飲んで」とアルフレッドにカップを握らせた。
「皆には悪いが、二人だけにしてくれないか」
そう言うと、村長が皆を連れて外へ出た。アルフレッドが大分落ち着いて来たので、ミロは問いかけた。
「昨日は外で遊んだ?」
こっくり頷いた。
「何して遊んだの」
「かくれんぼ」
「へえ、楽しそうだね。いつも遊んでる子たちとかな?」
「うん。三人で遊んだよ」
「どこで隠れてたの」
「いつもとは違うとこ。だってここらへん飽きたから」
「どこ?森?」
「うん・・・」
また口を開かなくなってしまった。
「何かあったのかな?誰にも話さないから言ってご覧」
「本当?」
「本当だよ」
「ねえ、ミロ様って、モーゼルっていう名前?」
「そうだよ。誰かが言ってたの?」
「・・・」
「村長?お母さん?旅人みたいな男の人?」
「・・・」
「アルフレッド、君は勇気がある。さっきも勇気を出してここに座ってくれたじゃないか。だから何かあったときには勇気を出して言わなきゃ」
小さな男の子は、突然泣き出した。
「だって怖かったんだもん。隠れてたら、こわそうな男の人たちがやって来て、だれかを馬車に乗せてた。逃げようとしたら、躓いて見つかったんだ」
「その男の人たちから聞いたんだね?乗せられていたのは女の人?」
「うん。誰にも言うなって。言ったらお前の家族とモーゼル公を殺すって言われた。女の人かどうか分からない。顔は見えなかった」
「そうか。でももう大丈夫だ。ほら生きてるだろう?」
「うん」
男の子はしゃっくりをしながら頷いた。
「アルフレッド、ありがとう。君は真の勇者だ。私はこのことを誰にも言わないよ。だから君も言わないって約束してくれるね」
「うん。する」
「だが一つ問題がある。このことを村長に話さなきゃいけないが、今約束したばかりだし、なんて説明しようか」
「・・・」
「ここの村の人はオオカミは見たことあるかい?」
「聞いたことないよ。でも森では出るって言ってた」
「じゃあ、君は森でオオカミを見たことにしよう。もし誰かにこのことを聞かれたら、そう説明できるかい?」
「うん」
「よし、いい子だ」
ミロはアルフレッドの頭を撫でると、ドアを開けた。
「村長」
呼ばれて、村長が家の中に入って来た。それに続いて母親と村長の奥さんもやって来た。
「彼には何も取り憑いていない。悪魔払いは必要無いぞ。彼が森で見たのはオオカミだったそうだ」
「そうですか、良かった。ミロ様、ありがとうございました」
「この子ったら、ほんとに人騒がせなんだから!」
「もう大丈夫だ」
ミロは安堵した様子の村人たちに、何かあればすぐに早馬を出すように言い付けてそこを後にした。



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2002.4.15
Gekkabijin