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そうして、数週間かけて職人とお針子によって白いバラのイメージで作られたドレスは、モーゼル家にやって来ることになった。到着するまでは、何故か落ち着かないミロとルイだった。 「言いにくうございますが、国王をお迎えするよりも緊張いたしますな」 「ルイ、不敬だぞ・・・。ドレス一着にそんな」 とは言ってもそわそわしている素振りは隠せなかった。 届けられたドレスは、木で作られたボディと一緒に居間に運び込まれた。職人が一人付いて来て、説明を始めた。 「こちらの大きな箱がドレスでございます。あちらが靴でこちらが帽子でございます。よろしければ開けてボディに着せますが、いかがしますか」 「では、開けてくれ」 職人が大きな箱に結び留められていたピンクのリボンを解いた。いよいよ箱が開けられる。自然と前に近付いた。職人の手が、中に入っていた保護用の布を開いて、ドレスを持ち上げた。 美しい。 可愛らしい。 綺麗だ。 ミロは、このドレスを着た姫が城の庭で笑っている場面を思い浮かべた。晴れた日で、中庭で、貴女がいて・・・。 「いかがでございますか?」 想像の世界に飛び込んでいたミロは、職人の言葉で現実に引き戻された。もうすでに帽子と靴がそれぞれ箱から出されて、帽子はボディに被せて、靴は下に配置してあった。 「ようございますな!ミロ様」 なかなか口を開かないミロより先にルイは感想を述べた。 「ああ、良い。彼女そのものだ。気に入った」 「ありがとうございます」 その後、職人は召し使いたちに、ドレスを箱に直すときの注意点を話すと帰っていった。 夜、食事を終えた後、ミロはルイと話していた。 「特に宮中の忙しくない時期でございますし、近々お招きになってもよろしいのではございませんか」 「そうだな・・・」 しかし、ミロには気になることが一つだけあった。あのばあやが姫を小屋から出すか、だ。どういう理由にしろ、もともと人目に付くのを恐れて森に隠れているのに、仰々しく招待されるなんてもっての他だろう。 「私どもはいつでも準備できます」 そんなことを主人が考えているとはつゆ知らず、ルイは紅茶を入れて、姫を招待するときの準備の算段を始めているのだった。ミロはいい香りが下から漂って来て初めて紅茶を見た。 「明日また行ってくるよ・・・、ドレスを持っていく」 「それはようございますな。色好いお返事をなさいますでしょう」 ミロはそれ以上、口を開かずにお茶を飲んでいた。 翌日、ミロは森の中の小屋に行った。今日のミロは、普段着に黒いブーツ、白いマントという出で立ちだった。傍らには箱が三つあった。 小屋の鍵を開けたのは姫だった。 「まあ、小鳥さん。・・・なんか今日はいつもと違う感じね」 「これですか?これは風よけです。ほら」 そう言って、ミロは両手でマントを広げて見せた。深い紅のビロードが目の前に広がる。 「これと同じドレス持ってる。一緒ね」 「おや、それは奇遇ですね。今度見せて下さいね」 そこまで話すと、姫の視線が箱に止まった。彼女の目は雄弁だった。ミロは微笑みながらこう言った。 「お姫さま、今日はあなたにプレゼントを持って来ました」 白い綺麗な箱を一つずつ渡した。姫はそれを開けて中を見た。 「まあ、きれい」 「それを着て、私のお城に遊びに来ていただけませんか」 「行きたいわ。でもばあやに言わなきゃ」 姫は喜んで、小屋の中にいた老婆へと報告しに行った。 結果はミロが想像したとおりだった。老婆はなかなか首を縦に振らなかった。 「今度、姫君を私の城へ御招待したいのですが、お越しいただけませんか」 「・・・光栄でございますが、」 老婆は重たい口を開いた。 「私たちは、ある方の御命令でこの小屋から出ることが許されておりません」 そう言われても、ミロは驚きはしなかった。やはり蟄居させられていたのだ。 「しかし、たまにはどこか違うところに行きたいと思われたことはありませんか」 「・・・」 「それに、ここは私の領内でもある。あなた方に安心してお越しいただけるよう、最善の手は尽くすつもりです」 それでもなかなか老婆は口を開かない。 「護衛が必要というのでしたら、私自らが護衛に着きましょう。姫君には専用の部屋を作り、休憩したければいつでもそこを使えるようにしておきましょう。少なくとも五人は、身の回りを世話する召し使いをつけましょう。いかがですか」 それなら、とやっと老婆は口を開いた。それから、他に客を呼ばないことと明るいうちに帰すことが条件となった。 ミロは承諾してくれた老婆に礼を言った。 「お姫さま、一週間後にお迎えに参ります。楽しみにしていてくださいね」 ええ、と姫君は頷いた。 そうしてミロは気持ちよく帰ることができたのだった。 |