黒い森

第三章



 翌日ミロは執務もそっちのけで宮殿の書庫室で調べていた。王族の系図だ。沢山の王族が名前を連ねる。代々の国王が妾妃を多く持ったため、系図をややこしくさせている。
 思うに、彼女はこういった王族の出身ではないだろうか。しかし、系図の中から探し出すには困難を極めた。
 ミロは自分の名前を探し始めた。同じ世代から探すためだ。
「あった」
自分の名前すら容易に探すことはできない。それから親族をあたってみる。遠い線の向こうには今の王が名前を連ねていた。ミロの指は線から線を辿り、前王のところで止まった。
 詳細な、人に見られては困る系図は人々の記憶の中にある。私生児などは書かれてはいないが、しかし、名前を見た時、少しだけ驚いた。
「非嫡子が10人・・・」
前王には子供が11人いた。正妃が産んだ現在の王と妾妃が産んだ10人。皆、生まれた直後か、幼くして亡くなっている。残ったのは、王1人だった。
ミロはこんな言葉を呟いた王を覚えている。
「私には兄弟がいないんだ」
紫の目は遠くを見ていた。当時、国一番の美女とうたわれた王妃から受けついだ高貴な顔は、フッと寂しさを垣間見せた。8歳も年下のミロには、寂しいという感情がどういうものかまだ分からなかった。御学友には入れてもらえなかったが、時々遊びの相手をして差し上げるほどの位にはいた。そんな遠い昔のことを思い出していると、その場から少し離れた書庫室の入り口が開く音がした。
 足音が聞こえた。どうやら女のようだ。靴音の他に、床を擦る衣の音がする。召し使いでは無い、身分の高い女性だ。ミロは持っていた系図を元の位置に戻すと、地理関係の書類を抜き取り、広げた。
足音と衣の擦れる音はこちらに向かっていた。だんだん大きくなってくる音。ミロは冷静さを装い、いかにも仕事でここを訪れたような雰囲気を醸し出した。
「あら、ごきげんよう、ミロ」
顔を上げて相手を見る。予想通りだ。声を掛けて来たのは、王宮一身分の高い女性だった。
「これは殿下。御機嫌麗しゅうございます」
「お勉強ですか」
現在の王のサガの生母は、自分の息子より8歳も年の離れたミロがまだまだ可愛い子供に見えていたのだろう、そんな感じで話し掛けて来た。
「はい。父が急死しましたので、引き継ぐことが引き継げませんでしたので」
「お父上のことは残念でした・・・」
王太后は一瞬目を伏せて、故人を思った。
「ところで、貴方ももう成人でしょう?父上が決められた人は?」
ああ、そういうことか。ミロは微笑んで答えた。
「おりません」
「御自分だけのお家ではありませんのよ。相手だけでも早く決めてルイを安心させてあげなさいな」
「は」
ミロは少し戸惑うように答えた。父の死でそれどころではなかったし、まだ先の事だと思っていた。しかし、王家にとっては国の存続に関わる一大事である。王妃探しがいかに重要かを説いた王太后を見て、ミロは自分にも母上が生きていたら、こんなことを言われたのだろうかと少しだけ胸がざわめいた。

 ミロの母親はミロを産んですぐに亡くなった。だから母親と言われると、世間でいう、大体の母親像しか分からないのだ。領地を回る間見かける、おやつの時間を伝える農民の母。猟の時、追いかけてくる犬に対して子供を庇ったウサギの母。卵を暖める鶏たち。子猫と遊ぼうとしたミロを引っ掻いた母猫。そして今、サガの知らないところで王妃探しをしている母親。どれもこれも母がいる者が持つ特権のようで羨ましかった。そして、あの姫はそんなことを考えたことも無いのだろうと思うともっと胸が痛くなった。

 ミロは本を棚に戻すと、王太后に敬礼し、書庫室を出た。王太后は系図を見て適切な姫を割り出すのだろう。あの姫が系図に載っていなかったのは幸いだった。だが彼女はいわくつきなのだ。地図にも載っていないところに住む謎の美姫にはあの美しさに相応しいだけの黒い陰謀が隠されているのかも知れない。

 ミロは辿って来た通路を歩きながらそう考えていた。



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2001.10.13
Gekkabijin