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「あなたに是非見ていただきたい物がある」 例の男から電話が入った。カミュは、自らのアポイントにせず、代理を立てることにした。 「いいですよ。貴方のことだ、珍しいものなんでしょう」 「少なくとも、この辺りのモノじゃないことだけはね」 電話を切った時にはすっかり、トーンダウンしていた。 あの男が来る。 何が目的なのかさっぱり分からない。 「ただの暇人か?」 しかし、それが数日後はっきり分かることになることなどカミュは知りもしなかった。 代理の役員には適当に対応するように言い聞かせ、カミュは外出した。 それから何時間も経って、会社から連絡が入った。社用車に備え付けてある電話が鳴った。 「早く社に戻って下さい」 代理の役員だった。 「何だ」 「私たちも失礼のないように対応しましたが・・・」 「何か問題でも?」 「社長が戻られるまで、お帰りになりません」 「・・・困ったな・・・、分かった、戻ろう」 会社に戻ったカミュは、社長室へ入る前に代理の役員と会った。 「やあ、御苦労だったね。君のリップサービスには感謝するよ」 「いいえ。しかし、なかなか本題に入りませんね。気を付けて下さい」 「ああ。ありがとう」 代理の役員が去った後、カミュは社長室のドアを開け、中に入った。 だが、銀髪の男はいなかった。 「!」 一瞬の隙だった。カミュは後ろから襲われた。 「遅かったですね。待ちくたびれましたよ」 後ろからカミュを襲ったサガ・ノイエンタールは、以前会った時とは別人だった。 カミュは縛り上げられ、猿轡を填められソファに寝かされていた。 「うぅ」 「今日はね、これを持って来たんです」 サガはソファの側に置いていた紙袋から瓶を取り出して、カミュに見せた。 「実に面白いでしょう」 瓶に入っていた物。それは無気味なくらい頭の大きい蝉だった。 「これは、マチャカという南米にしかいない蝉でね」 蓋を緩めた。 「インディオの言い伝えによると、マチャカに刺されると男は女を抱きたくなり、女は男に抱かれたくなるそうだ」 カミュのシャツに手を掛けた。 「貴方はどちらだろうね?」 ボタンを外していく。しかし、前がはだけた時、サガの手が止まった。 「これは・・・」 驚いた様子のサガに、カミュはクク、と嘲った。 サガは挑戦的な目を向けるカミュの猿轡を外した。 「ハハハ。・・・今にこの蠍がお前を刺しに来るぞ」 「この蠍がね。・・・アエネア・ファット・テール。シナイ・デザートの亜種か。猛毒で獰猛。できれば生きてるうちには会いたくないな」 「なぜ、知ってる」 「毒の研究もしてるからな」 突然、カミュの上着から携帯が鳴った。 カミュの顔色が変わったのをサガは見逃さなかった。上着の内ポケットから携帯を取り出した。 「もしもし」 相手は、ミロだった。 「お前は誰だ?」 予期しなかった声の持ち主に訝しがるミロ。 「あの蠍は君が彫ったのか?見事だね」 「何!?」 サガはミロに反論する暇も与えず、電話を切った。 「冗談で言ったのに、図星か。その蠍は会長殿か。じゃあ君は男に抱かれたくなるのかな」 サガは笑いながら蓋を取り、逆さまにした。 中からかさついた物体がカミュの胸に落ちて来た。 「うッ」 蝉はカミュの胸元をちょろちょろ這いずり回っていた。 「すぐには刺さないよ」 サガはまるで何かのショーを見るているかのようだった。 「一体、何が目的なんだッ」 カミュは今にも卒倒しそうなくらい青くなっていた。サガは興奮する様子もなく、ソファに座って足を組んで両手を広げていた。 「目的?」 「金か」 「君さ。紅い髪と目。それにそんなところに蠍がいるし。結局、人間の興味は人間に行き着く」 陶酔しているサガは持論を更に話し続けた。 「私は研究しているうちに気付いたよ。人間も研究対象の動物となんら変わりはしないってね」 しかし、サガは社長室のドアが開いたことに少しも気付いてはいなかった。 カミュはだんだん開かれるドアを見つめていた。サガは凡人には理解不可能な仮説を延々と話している。 「それであいつをどうしたいって?」 サガが気付いたのは、冷たい筒が後頭部に押し付けられた時だった。 「ここでお前の頭が吹っ飛んでも、俺たちにとっちゃ大した意味はない。そこでだ」 サガは両手を上げていた。 「お前のいる研究所、あれを丸ごといただく」 アルマーニを着た金髪の男は言い放った。 「それは困る」 自分の置かれた状況にまるで不利を感じていない、余裕綽々の態度だ。 「あいにくあれは兄の所有物でね」 ミロは答える変わりに、銃口をグイッと押し付けた。 「兄のアルフは政界の人間でね・・・政界にいるということはマフィアとも仲がいいということだ。君のお父上はドン・ルチアーノと不仲だそうだね」 「何が言いたい」 「兄はドン・ルチアーノと旧知の仲で、私を消すと全面戦争になるということだ」 「そりゃいい!!」 ミロは笑った。 「お前をだしにして、他のマフィアと戦争させる絵もある。俺にはカスリ傷一つ付かないぜ」 「どうかな」 「何?」 「君たちとの会話は全て取ってあるんだ。もうすでに転送済みだ」 サガは嘘では無い証拠に、身体に張り付けてあった超小型マイクを取り出して見せた。 「チッ」 ミロはサガの手からそれをひったくると、踏みつぶした。 「失せろ」 「お邪魔した」 ミロはサガが出て行くまで銃口を向けていた。 「アアッ」 サガが出て行った直後、カミュが叫んだ。 「どうした!?」 駆け寄ると、カミュは気を失っていた。刺されたのだ。マチャカは未だにそろそろとカミュの胸の上で這っていた。 「しっかりしろ!!これは迷信だぞ!」 ミロはマチャカを掴むと、握り潰した。 |