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「終わった・・・」 ミロの声が聞こえた時、辺りは明るくなっていた。昼だった。 刺青特有の発熱も引いて来た。 カミュはシーツを口から出し、起き上がると、鏡の前に立った。 艶やかな赤と黒のグラデーションが光り、まるで生きているかのような蠍だった。 カミュは色んな角度から蠍を見てみた。 どの角度からも威嚇しているように見えた。 これでいい。 「この身体にお前が住んでいる」 安堵感からつい口が滑った。 カミュは振り向き、ミロを見た。刺青を刺した男は、力尽きて竹針を握りしめたまま眠り込んでいた。 ミロに近付くと、カミュは彼の手から竹針を取って箱になおした。全ての道具をしまうと、そのまま部屋を出た。 ミロが目が覚めたのは夜になってからだった。 「カミュ・・・?どこに行ったんだ」 部屋に帰ったようだ。ミロは起き上がり、着替えると、食事をしに部屋を出た。 広いキッチンからは誰かが何かを作っている音が聞こえてきた。人影が動く。カミュだった。 「カミュ・・・何してる?」 ミロは大理石の台の上で作業しているカミュの、正面に立った。 「料理を作ってる」 カミュは一生懸命で顔を上げようとしなかった。ミロはカミュが何を作っているか、すぐに分からず、カミュの指先で捏ねられている生地を見つめた。 「ああ、ラビオリ?」 「・・・そう」 カミュは不機嫌そうに言った。皮がうまく伸びなくて、粉だらけになった麺棒と得体の知れない生地がそこら中に転がっていた。 「変な形だなぁ、ラビオリじゃなくてラビオリーニが良かったんじゃないのか?そうすれば、お前のナイフも役に立つだろう」 ミロは可笑しくて、大声で笑った。 「じゃあ、出来上がってもお前には食べさせてやらないからな!」 すかさず顔を上げてカミュが言った。顔を上げた時、エプロンとシャツの隙間から蠍が少しだけ見えた。 「へえ、俺の為に作ってたのか」 口で意地悪いことを言いながら、別のことを考えていた。 あれは俺が刺した蠍・・・。 違う、そうじゃない、と反論してまた生地を捏ね出したカミュの指先を見つめた。 細い人指し指が、生地を押していた。 ミロは指を突き出した。 カミュが驚いて、指が伸びて来た方向を見た。 「こうするんだ」 いつの間にかカミュの横にミロが立っていた。 ミロの指は、生地を的確に押し伸ばした。 「麺棒を使わなくてもこれだけできる」 淡々と説明する。 「ほら」 ミロはカミュの指を生地に乗せると、一緒に伸ばし始めた。カミュはミロの横顔を見つめていた。 どこかで見た顔だった。どこかで見たことがある。カミュは記憶を辿った。 それは、刺青を刺している時の顔そのものだった。一瞬にして昨夜のことが思い出された。 「あ」 カミュの唇から漏れた。 「?」 ミロは振り向いてカミュを見た。 二人の指は、少しずつ動かなくなった。 お互いにお互いの目に捕らえられてしまう。 唇を貪った。 エプロンの紐を解く、激しい衣擦れの音。 漏れ出る声。 握りしめた手。指には粉が付いたままだ。 ミロはカミュの胸元を開けた。蠍が動く。 蠍はまるで生きているかのように見えた。 お前の中で、生きている。 ミロは見蕩れた。 カミュの身体に触れる者を拒むかのように、威嚇している。 妬けるぜ・・・。 ミロはカミュを抱きかかえ、キッチンを出て行った。 |