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その夜、屋敷に戻ったカミュはミロの帰りを待っていた。 ドア越しに、ミロの部屋のドアが閉まる音が聞こえて来ると、カミュは一枚の写真と黒い箱を持って自室を出た。 ドアを軽くノックする。 「ミロ、入ってもいいか?」 どうぞ、という声が聞こえて来た。 ドアを開けると、医学書を片手にペンを走らせているミロがいた。 ミロは顔を上げると、振り返りカミュを見た。 「珍しいな。何か用か」 ナイトガウンを羽織ったカミュは瞬き一つせず、問うて来た。 「明日はオフか」 「そうだが?」 「お前に頼みがある」 「どうぞ」 「私の身体に・・・」 唇の動きが止まった。 この男に頼みごとをするということがどれだけ不本意かはカミュは百も承知だ。今でも夜な夜なナイフを突き付けてやろうかと思う時があるくらいだ。でもそれができない自分がいるのも分かっていた。 「墨を刺してくれ」 「・・・何?」 「やり方は教えてやるから」 カミュは箱を開けた。中には墨と硯、それに竹針が何本か入っていた。カミュは持っていた写真をミロに差し出した。 写真には、敵を威嚇している蠍が一匹写っていた。 「蠍か」 カミュは心の中で、ただの蠍じゃない、と付け足した。 「へえ、これをね」 カミュを見つめ直す。 「お前が」 ミロはフフフと笑った。 「何だ」 「珍しいこともあるもんだな」 「分かったら、さっさとやれ」 「で、どこに?」 「ここだ」 カミュはガウンの胸元をグッと開けると、左胸を指差した。 ミロは椅子から立ち上がりカミュの後に立つと、ガウンを落とした。肩に口付けをし始めた。カミュは動かない。 「ミロ」 聞こえない振りをして、黙っていた。 「やる前がいい」 顔を上げる。 「できたら、好きにしてくれ」 「・・・分かった」 「うっ・・・くっ」 口にベッドのシーツを丸め込んで、痛みから逃れようとしていた。 針を刺したところから、玉のような血がいくつも出て来た。 下絵を針がプツプツと舐めて行く。 カミュは、針が刺さる度に思い知らされた。自分が考えていたことの重さを。 そして目を瞑り、柳眉を寄せて噛み締めた。 身体にミロの汗が落ちて跳ねた時、痛みが軽くなったような気がした。 |