これについては捕獲法研究の際、私自らが実験しました。これまでの実験は、アキアカネ(Sympetrum frequens)が枝先などで静止しているときに、飛び立たないように近づき、トンボに対して真正面で30cmのところで指を回して背後からもう片方の手で捕まえる。この捕獲法と直接背後から利き手で捕まえる方法とではどちらが捕獲効率が良いか、というような実験をしました。アキアカネ50匹に対して前者の捕獲法では33匹、後者では37匹捕まりました。2回目の試行は60匹を相手にして、それぞれ48匹、42匹でした。3回目も同じ条件でやったところ、46匹と47匹でした。次は、指を回す位置を10cm近づけてやりましたが、50匹に対して32匹でした。そして、一般の説では指を回すことによってトンボの目が回って捕まえられるというのを聞いたことがあるので、このような実験もしました。静止しているアキアカネに近づき、トンボから30cmのところで指を20秒間回してから、まわしている手で真正面からトンボを捕まえて、捕まえられるかという実験です。結果は50匹中3匹。2回目は2匹で、その後指を回す時間を増やしてみましたが測定値は5匹以下でした。この方法ははっきり言って効率が悪いです。背後から捕まえる方法は指を回す回さないに関わらず高い確率でトンボを捕らえることが出来るようです。ただ、指を回す方法が捕獲効率を上げるかどうかについては疑問が残ります。そこで、上記のすべての実験と同じ実験をシオカラトンボ(Orthetrum albistylum speciosum)、ウチワヤンマ(Ictinogomphus clavatus)、クロイトトンボ(Cercion calamorum calamorum)、オニヤンマ(Anotogaster sieboldii)についても行いました。ウチワヤンマは30cmまで近づくこともできず、止まっているところを素手で捕獲すること自体が困難を極めるので測定不能としました。ほかの種類も指を回した瞬間逃げるのがほとんどで、アキアカネのようにじっとしているものはこの中にはありませんでした。ただ、指を回さず背後からとる方法は素手でもオニヤンマを捕獲でき、ほかのよく止まるタイプのトンボもこの方法で大体取れました。
もしかしてアカトンボの仲間はバカなのかと思い、こんどはナツアカネ(S.darwinianum)、ノシメトンボ(S.infuscatum)、ミヤマアカネ(S.pedemontanum elatum)についてもやりました。その結果、捕獲率が個体の成熟度によって変わるのではないかという予測がつきました。ノシメトンボやミヤマアカネの実験では、成熟した個体は警戒心が強いのか知りませんが、近付くとすぐに逃げてしまうのに対して、未熟な個体は鈍感でした。先ほどのアキアカネはすべて未熟個体で、成熟したものは1匹も居なかったことに気がつきました。恐らく、アキアカネも成熟個体となると実験データは違ってくると考えられます。現時点では断言できませんが、指をクルクル回して取る方法はあまり効率的ではないと思います。今後の実験はさらに設定を細かくして、回転半径、回転速度、回転方向、回転を開始する位置の変化などを実験に組み込んでデータをとる必要があると思いました。
普段やっているのは研究というような偉そうなものではないです。自分で探した池にいき、一日中トンボを見ています。飯もくわずに、ひたすら見ます。池についてまずやることは、今まで取ったことのないやつは採集し、記録として標本にします。また、その池の定着種を推定するために幼虫の採集もします。しかし、以前石神井公園に行ったときに幼虫の採集をしようとしたところ、あまりに人が多くて恥ずかしかったです。幼虫を採集し、種類の同定をすませたら観察モードに入ります。ここからが、一般人の目には異常ともいえる光景になります。本人はトンボの観察に熱中しているので周りが見えていないですが、あとで冷静に分析してみると警察に通報されてもおかしくないほど怪しいのではと思います。とにかく5時間でも6時間でもひたすら池の周りをウロウロしているわけです。しかも、金属製のデカイ網を持って、時折叫び声を上げるので何事かと思うに違いありません。私は採集に重点をおいていませんが、レア物がとれるとつい嬉しくなって叫んでしまうくせがあります。とくに、ヤンマのような大型で飛ぶのが速いやつは喜びまくります。さらに、前の議題であったように「捕獲法研究」の実験も現地でしかできないので、人がいるなかで実験したりもします。これも多分周りのひとは怪しいと思うかも知れません。捕獲法というのは、市販されている本で詳しく書かれているものはなく、研究のしがいがあると思って自分ひとりでやっているのですが、意外とおくが深いです。簡単に捕まるトンボとそうでないトンボ。これひとつ取っても、種類ごとの差はもちろん、個体によっても差が出てくることがあります。まだ立証という段階には遠いかも知れませんが、傾向があることは実験の結果から推測できました。この実験の内容はマニアックすぎて眠くなるので省略しますが、簡単にいえば、一度捕まえたトンボに赤で印をつけて放します。種類を限定して次々に捕まえて、印のついていないトンボに赤インクをつけまくります。これを繰り返していると、赤い印のトンボが捕まるようになるので、2回捕まった印に青インクで印をつけていきます。この要領で3回目が黄色、4回目が緑、5回目が紫、6回目が白というように印をつけていきます。これで、印が多いほど捕まりやすい個体であると推測できると考えました。この実験のメリットは定着度も測れるし、その種類が縄張りに執着する傾向があるかどうかも推測できる点です。弱点は、オスのデータは取りやすいが、未熟個体とメスのデータがとりにくい点です。
このように、一応色々考えてトンボを見ています。
トンボという昆虫は肉食性であることは、あまり知られていないようです。確かに、あんな細いからだのどこにえさが入っていくのかなどの疑問もでてきやすいです。そして一見すると植物をえさにしていそうです。ですが、カマキリやクモなどと同じく他の昆虫やクモを食べています。イトトンボのような小さなトンボはハエとかウンカなどを食べますが、ヤンマのような大型のものになるとセミ、ウシアブ、スズメバチ、オニグモなどの大型昆虫を食べたりします。オニヤンマなどは鋭い牙と強力な咀嚼力を備えているので甲虫の仲間もえさにすることができます。
ではどうやってえさをとっているのか、ということですが、いままでの観察からすると、えさを求めて巡回飛行をする習性が強く出る時間帯があります。これは種類によって違ってきますが、この時の飛翔は通常と比較して速く、しばしば高空を飛びます。なれるとフィーリングでわかりますが、なかなか見分けが大変だと思います。飛行中に獲物が通りかかった場合、それまでとは比べ物にならないスピードでこれを追跡し、前と中の足を使って抱え込み、顎で噛み付いてそのまま咀嚼して体内に取りこみます。飛行中でなくとも獲物が近くを通りかかった場合は素早くとんで捕まえることが観察で分かりました(野田 1990)。まだ実際に観察していませんが、アオヤンマ属(Aeschnophlebia)では大型の造網性のクモ(オニグモ、スズミグモ、ナガコガネグモ、コガネグモなど)をよく捕らえるらしいです。アオヤンマ属は日本ではアオヤンマ(Aeschnophlebia longistigma)とネアカヨシヤンマ(Aeschnophlebia anisoptera)の2種類がいます。後者のほうがクモを獲る習性が強いそうです。