わが同志





煙草が好きなのは
私のせいじゃないさ




小学校の六年生
「吸ってみろ」と唆したのは
父よ
あなたじゃないか




はじめてくわえた煙草の味は
喉に心地良く噎び入って
「おとなになったら煙草を吸う人になる」なんて
教師達が知ったら眉をひそめるような決意で
「おとなになったら」の将来を心に決めた
これだって立派に将来の夢じゃないか




そのうち煙草が
二十歳を過ぎたオトナ達だけの特権
なんて世間の隔離の嘘を知って
そんな規則の常識を
 ふふんと笑う
ひねた大きなこどもになって




知ってる人より知らない人たちの中で
大きな態度の軟弱な悪ぶりが精一杯で
肺に溜め込む勇気もないくせ
煙いだけの吹かし煙草を差し込む指の
その仕草に自己陶酔して
勝手にやりはじめてしまって




そして
十何年
何十年




今ではすっかり形に囚われず
ただ ただ
煙草と
煙草を好きな自分が好きで
「煙草を吸わなかったら独りで喫茶店へは入らないかも」
なんて同類も居て




とくに銜え煙草で両肘ついて
考え込むのが癖で
すっかり私の一部なのに




思いっきりきつい煙草を吸っていたのは
年取ってたこどもの頃で
今ではだんだん
根性の無い
粘りの無い
味へ薫りへ移っていって




こどもの頃より
根性の無いオトナになったのかもなんて
マイルド ライト スーパーライトなんて
だんだん
軽い人間に
なってゆくのかしら




一時は母の責め立てに
引出しの中のライターの確保に気を配ってた時を
放棄してしまった父だけど




また最近
常に買い置きツー・カートンの常習になってしまったのは
私の煙に毎日毎日燻されて
喉の壁を肺の窪みを走り抜ける
あの感触を
擽られたのかしらなんて




結局私達
お互いをスモーカーへと駆り立ててしまう
同志なのかしら
なんて




今日もこっそり
父の買い置きに手を忍ばせて
長い夜を持て余さずに
すんでいるの

 

 

Opium Pipe in China / Photo by David


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