ホワイトデイ・キッス3  −しろばらの白い日−(原作紫姫:推敲墓堀節子)

 お姉さまは、下級生たちから逃げ切れたかしら?
 薔薇の館への小道を一人歩く志摩子は、さっきまで繰り広げられていた光景を思い出していた。

「白薔薇さまー!!これ、もらってください!!」
「御写真をとっていただいていいですか?!」
「白薔薇さま!!!まってー!!」
「薔薇さまーーー!!」
「第2ボタン、下さい!!!」
「白薔薇さま!!!」
「きゃー!!いかないでー!!」
「私のきもちなんです!!白薔薇さま!!!」
 たくさんの下級生が、卒業式を終えた白薔薇さまを取り囲んでいた。困ったような笑顔をふりまくお姉さま。
 さすがに参ってしまっているようだった。みるみるうちにお姉さまはリボンやら花束でぐるぐる巻きにされていく。
 最後という気持ちもあって、じっとそれに耐えていたが、きりのない下級生の攻撃に、ついにお姉さまは強硬手段にでた。
「・・・あーーーーー!!!!あれはなんだーーー!!??」
 言うほうも言うほうだが、それに引っかかるほうも引っかかるほうだと、志摩子は思う。
 下級生たちは、お姉さまの指差したあらぬ方向をそろって向いた。
 その隙にお姉さまは一目散に校門に向かって走りだした。
 志摩子に向かって。
 土煙を上げる下級生たちから、必死に逃げながらも、お姉さまはほんの一瞬、志摩子を見ると、口を動かした。
『薔薇の館で待ってる』
 そのまま、一気に走り去る。
 志摩子は、その騒ぎを見送ってから、落ち着き払って自分のクラスに歩き出す。
 掃除当番をすませなければ。

 館の周りには誰もいなかった。
 志摩子としては、ファンの下級生たちに取り囲まれるのではないかと心配していたのだが、うまくまいたらしい。
 館の扉を開き、中に入る。外の喧騒から切り離された館は、静まりかえって・・・・いや、階段の手すりに触れたとき、2階に人の気配がした。
 お姉さまだろう。そう、ごく自然に志摩子は考えたのだが、なぜか大きな音を立ててはいけない気がして、そっと階段を上っていく。
 どうして、こんなことをしているのだろう?
 ちょうど階段の真中に差し掛かったときに、志摩子は足を止めた。
 小さな声がぴりぴりと空気を揺らす。まるで、幼い子供が泣いているような声。
 そのとき、志摩子は、自分がなぜ階段を上ることを躊躇したのか、音をたてないように(気づかれないように)近づいていたのかを悟った。
 部屋の中の二人は、お姉さまと・・・紅薔薇さまだ。
 階段をあと1段を残して、志摩子は上へあがれなくなった。
 あがってしまったら、私は部屋へ飛び込んでしまうかもしれない。そして・・・きっと紅薔薇さまをひどく傷つけるだろう。
 普段の自分からは、ありえないような衝動だったが、今、一歩でも動けばそれが間違いなく起こるということが志摩子にはわかった。
 それからの数分間を、志摩子は恐ろしく長く感じた。
 中ではいったい何があったのか。
 とぎれとぎれ聞こえてくる会話。沈黙。
 志摩子は足を踏み出すことができなかった。かといって、身をひるがえし立ち去ることもできない。
 塩の柱のように、じっと、目の前のチョコレート色のドアを見据え、ただ自分の呼吸だけを数える。
 どのくらいそうしていたのか、「ごきげんよう」という言葉とともに、ドアが開いた。・・・お姉さま。
 心臓がとまった、と思った。塩の柱になった自分が、聖書の話みたいにざらざらと崩れ落ちた気がした。
 たしか、罪を重ねたせいで塩の柱になった女の話だった。
 ・・・私の罪は、なんだったのだだろう。
 ・・・二人の話を立ち聞きしたこと? それとも?
 ばたんと大きな音がした。部屋から出てきた聖は後ろ手にドアを閉め、志摩子の手をとり、そのまま外へと導いた。
 その顔は、まったく驚いた様子などなく、決まっていたかのように無駄な動きはなく、落ち着いていた。
 薔薇の館の玄関を抜け、志摩子が歩いてきた小道を走り、小さな池まで走った。
 その間、二人はずっと手をつないだままだった。
 志摩子は混乱していたが、今はそれを冷静に考える。
(こんなに長い間、手をつないでいたのは、初めてのことかもしれない。)
 白薔薇さまは立ち止まり、志摩子へ振り向いた。
「ごめん、志摩子。」
「・・・・・お姉さまは、私がいることに気づいていたのですか?」
 志摩子が尋ねると、白薔薇さまは困ったような顔で答えた。
「うん。・・・そろそろ来るころかなって思ってた。」
「・・・・そうですか。」
 (では、どうして? あんなことが、できるのですか? 
  私が・・・私がいるとわかっていたのに、紅薔薇さまを・・・・抱きしめたりできるの?)

 ・・・・・いったい、どうしたのだろう・・・? 
 さっきから、なぜ、こんなに胸が痛いのだろう。
 どうして、お姉さまが、紅薔薇さまを抱きしめたのか、多分・・・わかる。
 だから、聞けない、聞かなくてもいいことなんだ。そう、私は思っている。
 お姉さまは、きっと、私に言い訳なんかしないだろう。やさしく、「ごめん」と謝るだけ。
 それだけで、わかってしまう自分だから、一緒にいることを、お姉さまは選択したのだ。
 ・・・・胸がイタイ。
「ごめんね、志摩子。」
 そういって、聖は志摩子の手を引いた。有無を言わせぬ強さで、志摩子を抱きしめる。
「私は、もう今からあんただけのものだから。もう、ほかの誰のものでもないから。・・・・だから泣かないで。」
 そういわれて、初めて自分が泣いていることに気づいた。瞳の奥が熱くなって、後から後から涙があふれた。
「・・・おねえさま・・・。」
「ごめん・・・」
「・・・あやまらないでください!どうして、お姉さまが謝るんですか?・・・わたし、どうかしてるんです。」
 声を出すのも苦しい。胸の奥がずきずきして、声が詰まってしまう。・・・きっとこれは、悪い病気だ。
「ごめん。」
「・・・おねえさま・・・。」
「ごめん。」
「おねえさま・・・。」
 お姉さまは、悪くない。紅薔薇さまも。みんな、悪くない。
 私がなにか、悪い病気にかかっているだけ。
 お姉さまを困らせる、悪い病気に。
 嫉妬とわがままと、独占欲と支配欲。
 お姉さまが謝ることなんて何もない。
 (苦しいくらい、息もできないくらい、そのまま、私が死んでしまっても言いから、きつく、強く抱きしめて欲しい・・・・)
 わたしのわがままを・・・。
 聖は、腕の中の志摩子の耳元でささやき続ける。
「ごめん。」


全てをわかってほしいと言えるほど子供ではなく、
全てを割り切れるほど大人でもないから。
志摩子は涙を流し続ける。
聖はささやき続ける。


(ホワイトデイ(白い日)シリーズ・完)


塩の柱について(ぶしこのうろおぼえ知識)


あとがき
いかがでしたでしょうか?「白い日」シリーズ。ご感想いただければ幸いです。こちら
節子の手が加わったおかげで、かなり軽くなったと思います。(特に、3)
でも、大筋は変えてないし、気に入らないところはなおしましたので、やっぱり紫姫テイストです。
 
今回気づいたこと。紫姫は、登場人物を泣かせるのが好きらしい。ははは・・・。
 
私は人との接触が苦手です。自分からは触れるけど、触られるのはダメなタイプです。
”手をつなぐ”のも、かなり人を限定します。
 
紫姫の中では、聖と志摩子と蓉子は1セットみたいです。使いやすいし。
 
さて、SSも一段落しまして。絵描きが本業の紫姫としましては、同人活動として、オフラインでちゃんと原稿をやろうかなと。
夏に向けてがんばるぞー。


ぶしこのコメント
紫姫さんへ、
あなたのはなしをよんで、きっとこんな話だと勝手に私の両手が判断した結果、
こんなことになってしまいました。
ごめんようー
・・・・どーして、こんなことになっちゃったのかしら???おかしーなー???

蓉子を抱いた聖の気持ち、行動。
私には、よくわかりません。なんで?聖。やさしいからか?人の気持ちが自分の
気持ちよりもわかっちゃうほど、察しがよく、昔の経験から、人のつらい気持ち
がよくわかるからなのか?それでいいのか?聖?


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