ホワイトデイ・キッス2 −あかばらの白い日−(原作紫姫:推敲墓堀節子)
卒業式が終わり、容子は一人薔薇の館にいた。
静かな部屋にたたずんでいると、ここで起きたさまざまなことが胸に浮かぶ。
容子の耳に軽い靴音が聞こえてくる。あの人だ。3年間聞き続けた、あの人の靴音だ。
「あれ!?容子?」
扉をあけた聖は、容子を見つけ明らかに驚いた顔をした。別の誰かがいるべきところに、思いもかけない人がいた、というような。それが容子には憎らしくて、きつい声が出た。
「何?私がここにいてはいけないの?」
・・・・誰かと会う約束をしているの?
(「誰か」は一人に決まっているのに、私は今、心の中でもその名前を挙げたくない。)
聖は、容子の気持ちを察しているのか、察していないのか、普段と何も変わらない調子で答える。
「いや、そんなことはないよ。・・だだ、容子のこと、祥子たちがさがしてたから。」
「知ってるわ。」
「??」
容子は窓際のソファに腰を下ろし、少し埃っぽいベージュのカーテンを引き寄せた。
「私はこの影に隠れていたから、あのこたちは気付かずにいっちゃったわ。」
そう言って聖に目をやると、「どうして?」という顔をして、容子を見つめていた。
どうしたの? いつもの容子らしくもない。
それが、ちょっとだけ悲しそうに見えるので、あわてて目をそらす。
勝手ながら・・・容子は思う。
泣きたいのは私のほうだ。
センチメンタルな気持ちを押しやって、容子は尋ねる。
「聖は、どうして薔薇の館に来たの?」
「私は、下級生をまいて逃げてきた。」
「おモテになる方は大変ですこと。」
からかうと、聖も戸惑いを忘れたように笑って見せた。
「はは、愛の狩人とよんでくれ。」
「か、かりうど・・。」
「『あずさ2号』だって歌えるよん。 ♪あした〜わたーしは〜たびにでまーす〜。」
そう言って、聖はふざけた調子で『あずさ2号』という歌を歌い出した。テレビかなにかで少しは聞いたこともあるけれど、私たちが生まれる前の歌を、聖はどうして歌えるのだろう。
「はちじちょお〜どの〜、あずさ2ごおでぇ〜♪」
聖はこの歌を、かなり正確に覚えているらしく、すらすらと1番を歌い上げ、2番まで歌おうとしている。
「・・・ストップ。もういい。」
「・・・ここからがいいところなのに・・。」
「・・・・・・せい!」
声を上げると聖は不服そうに歌うのをやめた。「ちぇー」などと言って、地面の石ころを蹴っ飛ばすふりなどをしている。それを見ながら、容子はそっと立ち上がった。
「あのね、聖。」
「ん?何?」
容子はひとつ大きく息を吸いこんで言った。ずっと考えていたことを。
「ひとつだけお願いがあるんだけど、きいてくれる?」
「? 何? 他ならぬ容子の頼みとあっちゃ、ひとつと言わずいくつでも・・。」
「ひとつでいいの。」
容子の様子が真剣なので、聖は黙ってうなずいた。
「ありがとう・・・。あのね・・・。」
「ん?」
容子はうつむいて、小さな声で言った。
「ほんの・・ほんの5分・・・・いえ、1分でいいから・・。あなたの腕を私にくれない?」
「腕?・・・・・・それでいいの?」
「それだけ。」
容子が、そういうと聖は躊躇したようだったが、やがてゆっくりと両手を容子の背に回し、やさしく抱き寄せ、ほんの少しだけ指先に力をこめた。
聖のにおいがする。
ふわりとした優しい圧力。拘束を心地よいと感じる矛盾。3年間、望んでいたのはこの2本の腕だけだったのだ。
ほかには、何もいらなかった。
すべてを捨てて手に入れたかったもの、手に入れることができなかったもの。
いままで、ずっと。そしてこれからも。
だから今だけ。
遠くで、かすかに自分を探す祥子の声が聞こえた。
(「お姉さま?」「・・・こちらには、いないみたい・・。」)
その声が、やっと自分を引き戻した。
「聖・・苦しい・・・。」
容子は、軽く身じろぐと、力が弱まった聖の腕から逃れた。
「容子・・・?」
「ありがとう。」
はっきりと言えたと思う。自分でも驚くぐらい、イヤになるぐらい毅然と。いつものように。
「・・・・・・・。」
聖は、何か言いたそうに、容子を見つめた。やがて、いつもの表情にもどって、ニッと笑う。
「ごちそうさま。」
踵を返し、歩き出した。そして振り返らずに
「ごきげんよう。」
そのまま、ドアを閉めた。
涙がこぼれた。
心がイタイ。聖の優しさが、自分の思いがイタイ。
一人きり、冷えた部屋で、立ちつくす。
頭の中を、聖がふざけて歌った、あの歌がよぎる。
──── さよならは、いつまでたっても
とても言えそうにありません ────
「私は、あなたから、たびだちます・・・か。」
今はまだ、だめだけど、この涙がとまったら。
この涙がとまったら、あなたから旅立って、私は、私に還る。
いつか、きっと。
苦しいのは今だけで、きっと、みんな幸せになれる日が来ると思う。
強くなって。強くなる。
祥子が、きっと探してる・・・。
(「しろばらの白い日」につづく)
あとがき
ホワイトデイシリーズを予定していたのですが、本家のほうのバレンタイン話(ウォレンティーヌ)を読んでしまっては、もう書けません。
というわけで、卒業式ネタです。
今回、下書きが終わった時点で、あまりの重さにイヤになった私は、節子を召還し、下書きを押しつけて
「君のリリカルパワーで軽くしてちょ!」
と、言い逃げました。(我ながらひどいなぁ・・・)
そして、節子から送られてきたのが、コレ↑です。
大分、節子テイストが入って軽くなりました(?)でも、やっぱり、ココだけは譲れないというところは、また自分で手を入れました。
DOUBLE DRAGON初の(?)合作(?)いかがでしょう?
「ただ抱きしめてくれる2本の腕からは何も生まれないけれど、無性にそれが欲しくなる」
この言葉について、どう思われますか?紫姫にとって、ちょっと意味のある言葉なのですが。
あなたがロサ・ギガンティア(聖)だったら、ロサ・キネンシス(蓉子)を抱きましたか?
(漠然としていますが)この言葉に対するご意見・ご感想がありましたらこちらに下さい。すごく、救われます。
この話は、「しろばらの白い日」と対になります。
そちらも、節子から届き次第アップしますので、読んでいただければ幸いです。
節子のコメント
な、なげーよー。とりあえず、前半送ります。