1985 昭和60年

 ●最終章 任天堂幕府はじまる


スーパーマリオブラザーズのちらし
(任天堂)


地球で一番売れたゲーム。今でもスーパーマリオといえばこの'85年のファミコン版が連想されるほどです。偉大で本当におもしろいゲームです。



ファミリーコンピュータMagazine
(徳間書店)


日本初のファミコン専門誌。画像は創刊第3号。最初は月刊でしたが、大量に出るソフト群にすぐに週間化。テレビゲームの週刊誌など世界レベルで前代未聞でした。
第二次テレビゲームブームは、第二次テレビゲーム戦争とも呼ばれますが、その戦国時代を勝ち抜き、全国を統一したのは任天堂・ファミリーコンピュータでした。以後、プレイステーションとセガサターンが躍進するまでの10年間は、まさに徳川幕府・250年の天下泰平を彷彿させます。

この年の夏の商戦を終えて294万台を数えた販売台数は、年末商戦の一人勝ちで、デパートのテレビゲームコーナーを「ファミコン売り場」に模様替えさせました。まず、ソフトではスーパーマリオブラザーズとナムコゼビウスが大ヒット。スーパーマリオは、アーケードゲームからの移植ではない、純粋な家庭用ゲームとしては空前の大ヒットをとばし、21世紀を迎えた現在もテレビゲームの代名詞として世間に認知されているゲーム。対してゼビウスは、この頃の話題を独占した大人気アーケードゲームの移植で、ファミコンを買って本当によかったとユーザーを躍らせた一本。オリジナルに移植に、ファミコンは確固たるライブラリを整えていきました。

業界外の話題にも事欠かなく、専門誌「ファミリーコンピュータマガジン」の創刊(翌年週刊化)、ファミコンレコード、キャラクターグッズの発売、イベント、攻略本がミリオンセールを飛ばすなど、その増殖は子供のおもちゃの枠を遥かに越えていきました。
そして翌年、ディスクシステムによるネットワーク構想が明らかになると、たかがブームじゃないかと鷹をくくっていたお堅い雑誌社や保守的なマスコミも「これは大変なことになるぞ!」とこぞって任天堂のサクセスストーリーと戦略に注目するようになるのです。

◆ ◆ ◆

これ以降は、ファミコン関連のサイトや書籍、そして20世紀後半のメインストリームとなったプレイステーション系メディアが詳しいので、そちらに譲ることにいたしましょう。
最後にひとつだけ。テレビゲームの歴史はファミコンと任天堂の成功に始まったのではありません。ボールゲームの誕生、第一次ブームの狂乱、78年後半からの停滞期、第二次ブームの各社の模索・・・これらの歴史の果てに続くものなのです。

参考文献のコーナーに、今回このコーナーをつくるにあたって参考にさせてもらった書籍やサイトが掲載されています。より深く知りたい方への参考になると思いますので、ぜひそちらもご覧ください。

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