「歩く効用」〜運動が身体的心理的に及ぼす影響について

吉武 ゆり

大村長生館に通院されていた吉武ゆりさんが、『歩く効用』についてまとめてくださいました。
患者さんの立場から研究されたものですが、治療者として、とても参考になると思い、
掲載の許可をいただきました。

 

「とにかく歩きなさい。荷物を持たないで、胸を張って腕をふって、歩きなさい」

毎回のように、大先生や他の先生に言われていました。

数年前、大村長生館に通いだした頃の私の身体状態は長生医学的所見によると以下のようなものでした。

***《長生医学的所見》***

  1. ★三角首★
    ・・・胸鎖乳突筋が突っ張ってリンパが腫れてるので首の前部分が横にはりだしてる。
    首の後ろの筋肉がないため、首の後ろが細く支えきれてない。
    水平面でみた首の形が三角形にみえる。
    これは、首だけではなく、全体的な姿勢不良を表す。

  2. ★頸部熱感・耳下腺・リンパ節と顎下リンパ節の膨張★
    ・・・自律神経系の興奮モードの交感神経が優位な状態。
    末梢血管が収縮しているため、頭に血が上っている。
    血流が悪いから顔色も悪い。
    手足が冷たく低体温が特徴。
    表情も無気力(長い期間、薬を使ってた人に多い)

  3. ★S字湾曲★
    ・・・後ろからみて脊柱(背骨)がS字状。典型的に消化器が弱い背骨のタイプ。

  4. ★胸腰部異常硬縮★
    ・・・交感神経の緊張を表す。
    戦い続けて、あるいは逃げ続けて、緊張が取れなくなった状態。
    (一般的な疲れもここに出る)

  5. ★腰椎の間隔が狭まっている★
    ・・・本来ならば側面からみた脊柱は重い頭を支えるバネの働きをするためにS字状に湾曲しているが、その生理湾曲がなくなってる。インナーマッスルと呼ばれる姿勢を支える深層筋の筋力低下。うつのため、行動範囲が狭まり、寝てる時間が長かった。

  6. ★全体的筋膜が薄い★
    ・・・脊柱起立筋および、深層筋の筋力低下。

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当時の私は、ストレスによる交感神経の過度の緊張からの筋肉痙攣と血流障害や、欝による日常の極端な運動不足による筋力低下から、様々な身体症状と精神症状が病態《病気のような症状》としてあらわれていました。つまり、本人の意志には関係ない内臓の働きや無意識の呼吸、体温、ホルモンの調整など生命中枢を担っている自律神経のバランスの崩れと、深層筋という内臓や背骨を支えてる筋肉・自前のコルセットでもある筋力の低下による全体的な姿勢不良が病態の主な原因だったのでした。ですから、私にとって、歩くというのは治療に匹敵する有効な運動だったのです。

けれども、これは私に限ったことではなく、先日も大先生はある患者さんに「治療に来なくてもいいから、歩きなさい」とまで言われていました・・。f^_^;(笑)

そこで私自身、あまり意識していなかった運動の効用について書いてみようと思います。

運動不足による体力の低下というと、体力測定の結果やスポーツの能力などがすぐ頭に浮かぶけれど、体力には幅広く日常的に身体を動かす行動的側面と、身体の免疫力や恒常性、強靱性という体の機能を支える防衛的な側面があります。からだを動かすことは筋肉や神経系の活動によっていて、筋肉は適度に使わなければ衰えるばかりです。

筋肉には、
《身体を動かすこと》の他に
《姿勢を保つ》
《熱を作り出して体温を一定に保つ》
《血液を全身から心臓へ戻す》などの重要な働きがあるため、身体の土台でもあります。

「歩く」運動が薦められる理由はいくつかあります。身体の筋肉の2/3を占める下半身の筋肉を使うというだけでなく、胸を張り腕を振って歩けば姿勢を保つための背筋・腹筋・腕も使う全身運動であること。

場所を問わず道具を必要としない簡便性や怪我の危険性が少ない安全性、速さや歩幅で強度調整できるなど…誰でもとりかかりやすい運動であること。

大村長生館のK先生は「踏み台昇降」運動を患者さんに薦めています。外を歩きにくい冬でもできる運動で、「歩く」より足の上げ下げの要素が入るため、体幹を支える深層筋・腸腰筋を鍛えることができるためです。背柱起立筋や腸腰筋・・腹横筋などの深層筋が鍛えられて体幹がしっかりすれば、内臓や骨盤を正しい位置にキープできて、身体のバランスや、血液やリンパの流れが改善され、内臓の働きもよくなり、日常の動作もスムーズになります。
生理湾曲《背骨の正常なカーブ》が保たれることで、自律神経の働きも改善されます。

また、運動することで《活動モードの》交感神経は刺激され、シーソーである自律神経はバランスをとろうとして《おやすみ・エネルギー保存・免疫力の》副交感神経も働きだします。活動と休養のメリハリをつけることで自律神経はバランスをとりもどすのです。つまり活動の昼とおやすみの夜のめりはりをつけた生活のリズムは身体の基本的な働きや睡眠を整えてくれるのです。仕事や日常の懸念を離れて外に出ることや、身体を動かすことに集中するモードに切り替わることは、考えすぎて興奮している頭を休めることにつながり、ひいては身体もリラックスできるのです。

またこうした一定のリズムの運動(歩く・走る・咀嚼・意識的な呼吸など)は脳内のセロトニンという神経伝達物質の分泌を促して心を落ち着かせます。セロトニンが不足するのがうつ病だから、こういう運動は副作用が一切ないうつ病の特効薬であるといえるでしょう。

このように運動の効果はたくさん挙げられますが、その効果は貯えることができません。運動の習慣があり効果があらわれたとしても止めて半年たつと元の状態に戻ってしまうのです。やり過ぎもダメージになります。

運動をすると疲労するけれど、回復する頃には運動の刺激によるプラスの効果が現われてきます。例えば心肺機能の向上や酸素消費量の変化等。これを繰り返すことで、身体は運動という刺激に適応していき効果が定着するのです。つまり運動は習慣にして効用がでるものなのです。

今となってみるとこのように運動習慣の重要性は列挙できないくらい身に染みていますが、当時はさほどの意識もなく、私はなかなか歩くことも習慣にならないままでした。身体を動かす習慣から遠ざかっていると、動くことが気持ちいいことだとわかるまで・・まず動きだすまでになんだかんだと運動できない正当な理由が次々に浮かんでくるものです。

歩くための筋肉は歩くことでついてくる。その筋肉がつく前は、辛い身体で動くのはおっくうだし、心も疲れているから動きたくないのです。運動の効果はやる前にはわからないし、身体が適応するまでは疲れるのですから。いくらいいと言われてもなかなかやる気が出ない人の気持ちもわかります。でも疲労物質は身体を動かした方が早く流れるので、動かないとますますだるさが続くすばかりなんです。心の疲れも、マイナス思考というストレスが自律神経のバランスを崩し、さらに身体症状の現われがストレスになるという悪循環を断ち切らないことには、流れを変えるのは難しいのです。

とくに鬱病はやる気がなくなる病気なのだから、やる気がなくなっているのに運動する気を起こすなんて・・・。この悪循環を断ち切る取っ掛かりとしては、目標設定を思いっきりさげて、なんだそんなことくらいなら…と脳に判断させるのが有効だと思います。まず些細なことをやってみること。目標まで歩かなくても、外に出て空を眺めてもいいかと外に出てみる。踏み台を10回昇り降りするつもりだったけど、やる気がなくなった日は一回踏んだだけでもいいかと踏んでみる。一日休んだら翌日やればいい。

代わりに寝転んだまま、足の上げ下げをしたって、首のストレッチをやったっていい。 動く習慣の方へ心を向けてとにかくやれることをやってみる・・。動くと血行もよくなるから、もう少し動くのが楽に感じて、心も前向きになっていく。行動を変えることで心に働きかける行動療法としての効用。

心を向けることで身体は動きだす。
身体を動かすことで心も変化する。
変化する身体と心に意識を向けて、波にのまれないで観察する習慣をつけること。
焦らず欲張らずあきらめず。

やる気が回復するためには充電時間が必要だけれど、一定のリズムで身体を運かすことでセロトニン分泌は促進され、ほぼ自動的に心は落ち着くのだから、ぐちゃぐちゃになったとき単純に身体を動かして心に働きかけてみるのも有効なアプローチ法です。

運動の効用は肉体面に限らず、精神面に及ぶ影響も大きいのです。身体と心が一致した健やかさは、身体から心へ、心から身体へ、両方からのアプローチによって生まれてくるもの。

歩くのってあなどれないなぁ〜!って思ったら、難しい理屈は忘れましょう(*^_^*)
・・肌に風をうけて、かかとから親指に抜けるエネルギーを感じながら、無心に気持ちよ〜く歩いてみませんか?

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