平成18年2月 旭川支部定例研究会報告
テーマ 〜抗加齢医学の理論と臨床〜

大村 和彦


日 時  平成18年2月9日(日曜日) 
会 場  研究会 旭川市5条4丁目「旭川市ときわ市民ホール 研修室301」
会 費  無  料
新年会  旭川市2条7丁目「COCOS」
会 費   2,800円 
出席者  19名

日 程 
10:00 支 部 総 会

  1. 平成17年度旭川支部活動報告
  2. 平成18年度旭川支部活動計画
  3. 平成17年度旭川支部収支決算報告
  4. 平成18年度北長連定期総会における審議事項について
     ○ 北長連50周年記念事業の内容について
     ○ 秋の本部医学会発表者選出について
     ○ 平成18年度夏季研究会での協力要請
     ○ 本部解剖見学と機関紙原稿依頼

 

10:30 研 究 会

「抗加齢医学(Anti-Aging Medicine)の概念」 大村 和彦

はじめに
旭川支部研究会今年のテーマは、抗加齢医学anti aging medicine (アンチ・エイジング・メディスン)です。あまり聞きなれない言葉ですが、「抗加齢医学」は、日本では3年前に、医学先進国アメリカでも12年前に学会が出来たばかりです。まだ教科書にも載っていない新しい学問ですが、世界一の長寿国日本で、予防医学を自負する長生医学にとって指標になる分野と思われます。

老化の最新研究
老化は生物学的プロセスであり、この世に生を受けた以上、死ぬことは逃れようのない事実です。過去に数多くの時の権力者が「不老不死」に途方もない財力と労力を費やしましたが、残念ながら最新の遺伝子工学により、不老不死は不可能と言う事が分かりました。

しかし近年、100歳以上の超高齢者を機能的・形態学的に研究すると、こうした高齢者の生理的な老化は、多くの人に見られる病的な老化と比べて進行が穏やかなことが分かってきたそうです。つまり老化現象のかなりの部分が、超高齢者にみられるバランスの良い老化ではなく病的な老化だったのです。

正常な老化と病的老化

老化は万人一律のものではなく「正常な老化」と「病的老化」であることを踏まえ、アンバランスな病的老化を積極的に予防し、諸臓器のバランスのよい治療をすることが抗加齢医学の目標です。抗加齢医学は、長生医学が目指す医療の範囲を更に広げた考え方ともいえます。つまり従来の医療が対象にしていた「病気の治療」から、元気で長生きを目指すことを理論的・実践的に研究する予防医学といえます。

老化のメカニズム
抗加齢医学がエイジングの原因と考えているのは「遺伝子に異変が起きる」「細胞機能が低下する」「フリーラジカルにより身体が酸化する」「ホルモン低下」「酸化ストレス」「免疫力低下」などです。こうした基礎的研究は各分野で急速に進んでいるそうですが、まだ老化のメカニズムは解明されていないそうです。

具体的には
病的老化の原因を防ぐために、今まで医学の分野では積極的に介入しなかったサプリメント指導を含む栄養指導や、運動、ストレスケアなども含め対処し、医師だけでなく、私たちのような医療従事者が今まで専門分野に特化していた研究や臨床を、「老化」という視点から広範囲に学ぶことが求められています。

具体的には、従来の人間ドックに加えて、血管、ホルモンレベル、感覚器の老化度チェック、活性酸素と抗酸化能バランスチェックなど、加齢によって体に生じる様々な変化を医学的にチェックしながら、受診者の生活の質を根本的に変えていく試みが必要だといわれます。

抗加齢医学の社会的ニーズ
現代の少子高齢化により、公的医療保険負担が限界に近づいている現代において、高齢者の多くが健康であればその負担は現状の3分の2程度に抑えられるといわれています。つまり、健康な65歳以上の高齢者が増えることへの社会的ニーズが高まっているのです。
こうした抗加齢医学の考え方は、長生上人が掲げた「長生医学を施し社会福祉の向上に貢献する」という長生医学の理念と一致するのではないでしょうか。

 

10:45 基 調 講 演「加齢医療の理論」 

演 題  抗加齢医学の現状と展望 
講 師  元東京大学医学部老年医学教室教授
      元東京都老人医療センター所長
      健康科学大学学長  折茂 肇博士の講演ビデオ

抗加齢医学の定義
折茂先生は2003年に抗加齢医学を、トータル・ヘルスケアの一貫として、「QOLを重視した健康長寿の達成を目的として、健康をめぐる諸問題について学際的に研究する予防医学」と定義づけました。

老化(エイジング)の分類

折茂先生は、老化を大きく2つに分類します。
<生物学的な固体レベルでの老化>
生理機能が非可逆的に低下し、生体の恒常性維持が出来なくなり死に至る過程。しかし肺などの機能低下に比べると、神経機能の低下にはあまり差がないなど、臓器の老化には諸臓器により差のあることが横断調査で判明しています。しかしどの臓器もほぼ直線的な機能低下を辿る傾向は一致します。
しかし近年、縦断レベルの調査では、新しい老化モデルは、ある時期を境に急激に老化が進むという研究結果が発表され、老化は二層性の変化を持つことが分かってきました。

<臓器、細胞レベルでの老化>
○各臓器を構成する細胞の数が減る。
細胞のダメージにより破骨細胞(アポトーシス)が起こる。
○In vitro での細胞分裂及び増殖能が低下する。

加齢に伴う形態学的な変化が証明されています。また細胞分裂の回数は、胎児の肺繊維芽細胞では平均40〜60回、成人では10〜30回なのに対し、早老症ではわずか2回の分裂しかないことが確認されています。つまり老化とは細胞分裂の回数が減少することでもあります。(ちなみに悪性新生物は無限に分裂)

Hayflick博士は「細胞老化は固体老化のモデルになる」と言います。
事実、細胞分裂の少ないマウスに比べ、細胞分裂の多い人間の寿命は長いという、種による細胞分裂寿命と最大寿命の関係は直線的な相関関係が認められるそうです。

老化の原因
老化の原因として100以上の仮説があるそうですが、今だに結論は得られていません。
しかし、染色体異常の出現。アミロイド沈着の増加。リポフスチン沈着の増加など、マーチンが定義した様々な老化現象を考えると、色々な障害により細胞にアポトースが起き、老化遺伝子が発現することや、酸化ストレスによりミトコンドリアに異常が起きるといった説が主流になっているようです。

  1. 遺伝子変異
  2. 細胞機能の低下
  3. フリーラジカルによる体内酸化
  4. ホルモンレベルの低下
  5. 免疫力の低下

ヒトにおける長寿命関連遺伝子の発見
100歳以上の長寿者の疫学的研究から4番染色体に長寿命遺伝子が存在することが確認されています。そしてこの遺伝子はLDLやHDLなどのコレステロール代謝に関与しており、「この研究は、人は血管と共に老いるの証明になる」と折茂先生は評価しています。

寿命を制御している主な要因

  1. インシュリンシグナル(低下すると寿命が延びる)
  2. ミトコンドリアにおけるエネルギー産生、活性酸素(減ると寿命が延びる)
  3. 酸化ストレス耐性(上がると寿命が延びる)

こうした研究から、食事制限(カロリー制限)と寿命の関係が明らかになりました。
低栄養マウス、サルなどの実験において、インシュリン/IGFシグナル減少を介して寿命を延長させた報告があり、最新の研究では、食事制限でインシュリンシグナル減少させることにより、ミトコンドリアでの活性酸素酸性をコントロールし、細胞の老化を抑制、更には変性蛋白を除去できることが明らかになったそうです。つまり、「長寿に粗食」が科学的に証明されたと言っても過言ではないでしょう。

抗加齢医学の課題

  1. 疾患の予防
  2. 健康の維持
  3. QOLの向上及び維持    

医療として主流となるもの

  1. サプリメントを含む栄養補給
    ビタミンC、ビタミンD、CoQー10等

  2. ホルモン補充療法 
    老化によるホルモンレベルの低下は重要な問題として認識されています。

    ○テストステロン(男性ホルモン)の低下
    個人差はありますが、男性では30歳位から分泌量が低下するという統計があるそうです。

    ○エストロゲン(女性ホルモン)の低下
     閉経後はゼロに近くなり、虚血性脳疾患や癌が増えるという統計があります。

    ○成長ホルモンの低下
     アメリカやヨーロッパでは老化防止の目的で最も多く使われているそうです

    ○メラトニンの低下
     睡眠と覚醒のサイクル制御するホルモンで、老化により睡眠が浅くなるのはこのホルモンレベルが低下するためです。

    ○DHEA(デヒドロエピアンドステロン)の低下
    加齢医学で最も注目されているホルモンで、日本ではまだあまり研究されていないそうです。副腎で作られる全てのホルモンの源で、DHEAから男性ホルモン、女性ホルモンが作られ、加齢により分泌量が低下すると言われます。

    <DHEAが不足すると>
    免疫機能の低下、感染症及び癌の発現率の増大、冠動脈疾患、骨や関節の老化、筋肉の衰え、痴呆、骨粗しょう症、ミネラルバランスの低下による筋力低下、筋肉痙攣、不整脈、神経機能の低下、インシュリン抵抗性の増大、などの様々な障害が起きるといわれます。

  3. 漢方及び漢方薬
    日本の医師の74%が使用し、148種類が認可、肝炎や肝疾患に最も多く使われているそうです。日本の市場では年間50億ドルと推測されているそうです。

  4. ビタミンK
    大腿骨頚部骨折の全国調査の結果、北海道、東北地方では大腿骨頚部骨折が極めて少ないことが判明。北海道、東北地方はビタミンKの多く含まれる「納豆」の使用量の多いことが折茂先生の研究で分かったそうです。

  5. 骨折の予防に「太極拳」が有効であるというデータが諸外国で注目されているそうですが、なぜか日本ではあまり研究されていないようです。

抗加齢医学の目的
老年期痴呆の発症を2年遅らせることにより、医療費、介護費用あわせ5、600億円のコスト削減が可能であるという国立長寿医療センターの試算があります。すなはち寿命を延ばす事ではなく、健康寿命をまっとうする事が、坑加齢医学の本来の目的です。


11:40 研 究 会「抗加齢医療の臨床」

アンチエイジング医療の領域は極めて多方面に渡ります。
一般内科はもとより、循環器、呼吸器、内分泌、代謝、といった領域や、脳血管障害、アルツハイマー病、ストレスといった脳神経科や神経内科領域。また、眼科、泌尿器科、婦人科、皮膚科、耳鼻科、歯科、美容整形外科までもが坑加齢医療の範疇といわれます。しかし、私たちに最も関連が深いのは整形外科の分野です。今回はその中でも臨床数の多い「変形性膝関節症」を上田先生にとりあげていただきました。

演 題  変形性膝関節症の臨床
       〜坑加齢医療に対する長生医学的アプローチ〜
講 師  旭川支部 上田 義博 先生

坑加齢医学は、ヨーロッパでは30年前に学会が出来たといわれますが、長生医学では長生上人により、脊椎矯正法、プラーナ療法、精神療法として70年前からすでに行われていのです。

変形性膝関節症の原因(整形外科的見解)
この発表にあたり、いくつか変形性膝関節症の論文に目を通しましたが、「変形性膝関節症の対する最適な治療はいまだに確立されていない」というのが現状のようでした。

一般的には、高齢者が、無理をすると膝関節が痛くなる。つまり加齢、使いすぎ、肥満がこの病気の原因と言われております。

変形性膝関節症の整形外科的治療法
日常生活で膝関節にかかる力を減らすことが基本とされ、体重を減らす。なるべく歩かない。杖を使用するといった日常の指導がなされているようです。

一般的な薬物療法として、痛み止め、筋弛緩剤、胃腸薬、局所麻酔などが用いられ、理学療法として、急性期をすぎてからの消炎鎮痛、レーザーや干渉波、マイクロウエーブなど。また、大腿四頭筋を鍛えるための自転車運動や、足におもりをつけて上げる運動、温熱療法、足底板と呼ばれる装具による治療などが一般的な整形外科で行われているようです。

しかし、最終的には手術が行なわれ、比較的破壊が軽度の時は「脛骨骨きり術」。破壊が内側のみ高度の時は「人工関節片側置換術」。破壊が高度の時は「人工関節全置換術」等が選択されるようです。

変形性膝関節症の長生医学的見解
しかし私の臨床経験から、老化=痛み ではないと考えます。
臨床的に、変形性膝関節症の痛みは、骨の変形そのものよりも、周囲の柔部組織の異常により引き起こされるケースが多く見られます。

私事で恐縮ですが、私は最近、中高年で編成されたサッカーチームで20年ぶりにプレーをはじめました。ここで感じたのは、多くのチームメートは試合の後、決まって膝の痛みを訴えることです。しかしこれは老化現象ではなく、日常の運動不足が原因であることは私の体験で明らかです。つまり膝の痛みには老化以外に必ず何らかの原因があります。

ちなみに私の場合、約1週間でプレーが可能となりますが、私より高齢のチームメイト
でも、仕事で毎日走っている人は皆元気一杯です。サッカーが出来るだけの体力、筋力があれば年齢は問題ではないのです。

つまり変形性膝関節症も、日常生活を快適に過す事の出来る、体力、筋力があれば、何ら問題は発生しないと考えます。

「変形性膝関節症」による痛みの最大の要因は、骨の変形ではなく、姿勢の狂いと精神的ストレスが多大な影響を及ぼしていると私は考えます。

 

治療のポイントは腎臓中枢の操作にあり

現代のストレス社会において、副腎はいつも負担を受けていると考えられます。

つまり心理的ストレスが、副腎からの過剰なアドレナリン分泌を誘発し、筋肉の過緊張による関節周囲の軟部組織痛や、姿勢保持筋の過緊張による不良姿勢が膝関節や股関節に負担をかけ、疼痛や運動痛に結び付いていると思われます。

従って、変形性膝関節症と関節炎の治療はほとんど変わりません。特に治療上注意を要するのは、無理な操作をしてはいけないというだけだと思います。

しかし何より大切な事は、老化だから仕方ないという意識を、患者さんも術者も払拭することでは<心理的ストレスと身体的障害の関係>ないでしょうか。
<この後、自分の体験と患者さんの症例から、ストレスによる身体的変化と、ストレスを自覚することにより、身体的苦痛や睡眠障害が改善された実例を紹介>

                                 

患者さんへのアドバイスとまとめ
私たちは、膝の痛みが関節の変形により起きているものではない事を、言葉だけでなく、長生の治療により患者さんに証明してあげることが出来ます。長生医学の素晴らしさは、部品として関節を治療するだけでなく、全身状態を改善し、自然治癒力を高めてあげられる事です。

患者さんには他力本願ではなく、自分自身で健康的に交感神経を働かせるために、運動機能の改善を図ってもらいます。具体的にはウオーキングなどを奨励し、日常の行動範囲を狭めず、むしろ拡大させるようにアドバイスすることが必要です。

言い換えれば、痛みに対する恐怖心を早くなくさせることです。そして常に目標として、日常生活範囲内は快適に過せるような体力、精神を維持させること。更には運動、仕事などを通し、自己の行動力をステップアップさせ健康レベルを増進させることが、坑加齢医学に寄与する一手段ではないでしょうか。従って、長生医学は抗加齢医学に適した医療であると確信します。

 


12:40 質 疑 応 答
Q:上田先生ご自身は、ストレスの原因を取り除く事が出来たのですか?
A:ストレスの原因を排除することは出来ませんが、それを認識することにより、身体的症状は改善しました。

 


13:00 新 年 会

      

<後記>
臨床編で、上田先生が変形性膝関節の治療において力説していたのは副腎の操作でした。
「変形性膝関節症は、患部の膝の治療よりも、背骨の腎臓中枢(副腎)の治療に重点を置き、患者さんの全身状態を良くする方が、膝の状態は改善する」という経験的手法です。

折茂先生の講演で最も印象に残ったのは、DHEA(デヒドロエピアンドステロン)の存在です。抗加齢医学の世界で最も注目されているホルモンであるにも関わらず、日本で研究されていないこのホルモンの低下は、病的な加齢に重大な影響を及ぼすといわれます。免疫機能の低下、感染症及び癌の発現率の増大、冠動脈疾患、骨や関節の老化、筋肉の衰え、痴呆、骨粗しょう症、ミネラルバランスの低下による筋力低下、筋肉痙攣、不整脈、神経機能の低下、インシュリン抵抗性の増大、などの様々な全身症状が起きるそうですが、注目すべき事は、このホルモンが副腎で作られていることです。

この学説は、上田先生の腎臓中枢の治療が、加齢疾患に有効であることを示唆するものと思われます。加齢における最新学説と長生医学の共通性を伺い知ることが出来たのは大きな収穫でした。

研究会当日はあいにく天候が大荒れで交通機関が混乱していたにも関わらず、空知支部から多くの先生にご出席賜りましたとを、この場を借りてお礼申しあげます。

日本長生医学会旭川支部  大村 和彦

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