第2頚椎矯正法を考える〜 
平成17年9月旭川支部定例研究会の報告

大村 和彦

日 時  平成17年9月23日(金曜日) 午前10時〜午後2時30分
会 場  旭川市5条4丁目「旭川市ときわ市民ホ−ル 研修室303」
会 費  1,000円
出席者  22名

主 旨

長生上人がたった一度の頚椎操作で聾唖者に音を甦らせた有名な逸話で知られるように、長生医学における上部頚椎矯正法は長生上人の時代から重要視されていました。そして現在でも上部頚椎の異常が脊髄神経ばかりでなく自律神経や視神経や顔面神経といった脳神経にまで影響を及ぼすという学説を根拠に、第2頚椎の研究は現会長はじめ長生医学会がことのほか熱心に取り組んでいるテ-マでもあります。

臨床上、上部頚椎とその周囲軟部組織の異常により出現したと思われる症例は多岐にわたり、第2頚椎の変位が頚部痛や上肢痛だけでなく、頭部、顔面、眼、耳、鼻、顎関節、咽頭、喉頭、呼吸、アレルギ-、血圧、内分泌、運動機能障害や自律神経障害といった神経系疾患にまで影響を及ぼしているのは、臨床家としての経験上容易に実感出来ます。

ところが整形外科の分野では、上部頚椎の異常が自律神経や脳神経にもたらす疾患という概念は皆無に等しく、むち打ち症、頚椎の頚椎ヘルニア、変形性脊椎症、など脊柱の一疾患として認識されているにすぎません。

しかし、長生医学以上に上部頚椎を重要視しているのが、オステオパシ−やカイロプラクティックです。中には、上部頸椎以外の背骨の歪みは頭部を安定させるために身体が本能的に取る補正作用と考え、上部頸椎の異常による脳からの神経伝達妨害を取り除くことにより病気や症状を自らの自然治癒力で回復するのを待つというポリシ−のもと、上部頚椎だけを治療の対象としているものまであるようです。また、近年では柔整でもこうした問題に着目し積極的に研究課題として取り組んでいる論文も見受けられます。

長生上人の例をあげるまでもなく、第2頚椎の矯正は数多い長生医学の治療法の中でも特に劇的な症状回復が期待できる手技ですが、これほど重要な第2頚椎をじっくり集中的に勉強する時間が乏しいことも事実です。交通事故などによる物理的ストレスや、心因性のストレス疾患が増加している昨今の現状を踏まえ、旭川支部ではこの機会に、多角的、総合的に上部頚椎と向き合ってみようと考えました。

 

10:00 上部頚椎の解剖学的基礎知識  大 村 和 彦

「解剖学は医学の地図です。地図がなければ目的地につけません。パラメデカルの分野で解剖学を学ぶ姿勢に協力は惜しみません」すでに退官されましたが、旭川医科大学解剖学第一講座小野教授の言葉です。良い教えは実践しようと思います。

頚椎の解剖学的基礎知識
● 頚椎は24個ある脊椎の、上から7個までの椎骨を指します
● 上部頚椎(C1、C2)と、下部頚椎(C3〜C7) に分けられます。



● 前方部分は椎体、椎間板、ルシュカ関節、(肋)横突起で構成。横突起の先端は二分し横突孔を形成、ここを椎骨動脈が貫きます。

椎間板は20歳頃から脱水化すると言われ、その結果椎体が不安定になり、椎間板ヘルニアや頚椎症といった退行性変性がX線で確認できるようです。ルシュカ関節は神経根出口にあり、加齢により変性し骨棘を形成、変形性頚椎症などの病変を引き起こすといわれます。肋横突起は発生学的に横突起と退化した肋骨の癒合したものといわれますが、個々の頚椎を通る椎骨動脈は脳幹へ栄養を運びます。眩暈などの自律神経症状は椎骨動脈の正常な働きが何らなの原因で阻害されたものという仮説も近年論じられています。

●後方部分は椎弓根、椎弓、椎間関節、棘突起で構成。
椎間関節が加齢、外傷などにより滑膜炎を起こすと、頚椎症として関節包、関節軟骨の退行性変性がX線で確認できる部分です。

●椎間孔とよばれる前方部分と後方部分との間のスペースを脊髄が通り、ここから左右8対の頚神経が出ています。    

   

上部頚椎(第1頚椎、第2頚椎)の解剖学的基礎知識



第1頚椎(atlas環椎)は、椎体を欠いているのが特徴です。リングのような形をし、上関節突起は後頭骨と関節を形成するため肥厚し、その関節面の上関節窩は著しく大きくなっています。棘突起は消失し後結節となりその姿をとどめといるにすぎません。

第2頸椎(axis軸椎)は、椎体の上部から上方に歯突起という歯の形をした歯状突起が突き出しています。これは本来環椎の椎体であったものが、発生の途中で環椎から分離し軸椎の椎体に付属するに至ったものと考えられています。
この上部2椎(C1,C2)は、解剖学的に他の椎骨と違う構造をしており(下部頚椎の第3頚椎から第7頚椎は、ほぼ同じ形をしています )、後頭骨と複雑に連結し環軸関節という車軸関節を形成しています。環椎と頭蓋骨は、この関節によって歯状突起の周囲を回転するため回転椎とも呼ばれます

上部頚椎は、外からの物理的ストレスは勿論のこと、内からの感情的なストレスにも敏感に反応すると言われます。

 


解剖学的に観察される頚椎の可動性

上部頚椎は、重い頭を支えながら、顎を上げたり引いたりする前屈や伸展、頭を傾ける側屈、左や右を向く回旋、といった三次元方向に動くにも関わらず、椎間板がないので、一般的に背骨の中でも比較的変位の起こりやすい部分と考えられています。

  1. 頚のすべての動きは同時に動き、屈曲と伸展ともに約45°頚椎全体で約90°。最大で130°。そのうち上部頚椎は20〜30°、下部頚椎では100〜 110°。ただし顎を引いてからでないとこの角度は出ません。

  2. 環椎後頭関節での屈曲、伸展の可動域はおのおの15°。屈曲、伸展の動きの約50%は後頭骨と 環椎(C1) の間でおこなわれ、残りの50%は比較的分担して動きます(C5 - C6 が比較的大)。

  3. 回旋の約50%は atlas 環椎(C1) と axis 軸椎(C2) の間で行われ、後頭骨との間で、いわゆるうなずき運動も行っています。残りの50%は 第3頚椎(C3) 以下の各椎体間で分担して動きます。回旋の大部分は第1頚椎(C1)と第2頸椎(C2)の間で40〜45°可動しており、下部頚椎でも40〜45°です。長生医学の第2頚椎の運動性による診断法(p192)はこうした解剖学的根拠に基づくものと思われます。

  4. 側屈は全体的には45°で、上部頚椎(後頭骨から第3頚椎)では8°。ただし環軸関節は医学的には動かないと言われています。側屈はすべての頚椎の動きで行なわれますが、純粋な動きとして起こるのではなく、回旋要素との組合せによる動きです。

  5. 第2頸椎(C1)より下の動きの度合いは靭帯(前縦靭帯・後縦靭帯・黄色靭帯・棘上靭帯・棘間靭帯)の弛緩、および椎間板のねじれと筋肉が左右していると思われます。

    ちなみに、加齢により頚椎の後縦靭帯が変性し、脊髄神経を圧迫している場合は、上肢症状より先に、足が突っ張り歩けない痙性麻痺や、尿や便の排泄が悪い膀胱直腸障害が出現する可能性が高いので、臨床上注意が必要です。

  6. 頚椎は重い頭蓋骨(5kg程)を支え、腕を引き上げるのですが、腰椎のように強靭な筋肉(腹筋、背筋)によ って保護されていないため、一般的には非常に不安定でいつもストレスを受けていると言われます。そのため、頚椎は加齢的な変化や首の不良姿勢、 外傷、スポーツ傷害によって頚椎疾患を起こしやすいと考えられているようです。

 


頚部の作用筋

  1. 側頚筋・・胸鎖乳突筋
  2. 前頚筋・・舌骨筋
  3. 後頚筋・・斜角筋、椎前筋(頚部の脊柱前面に接し上下に走る細長い筋群)

前屈: 胸鎖乳突筋 補助筋として斜角筋群、頚長筋、頭長筋など椎前筋群
伸展: 板状筋、半棘筋、後頭筋群、僧帽筋、補助筋として頚部内在筋群
回旋: 胸鎖乳突筋、補助筋として頚部内在筋群
側屈: 斜角筋群、胸鎖乳突筋、補助筋として頚部内在筋群


頚部の浅部伸筋

起始
停止
神経支配
頚板状筋 第3〜6胸椎棘突起 第1〜3頚椎横突起 C2-8
頚最長筋 第1〜5胸椎棘突起 第1〜3頚椎横突起 C3-T6
頚半棘筋  第1〜5胸椎棘突起 第2〜5頚椎横突起 C2-T5

尚、項靭帯は胸腰筋膜の延長で項部深層筋を包む強靭な筋繊維として臨床上重要です。

 

深部の頚椎屈筋

起始
停止
神経支配
前頭直筋 環椎側面 後頭骨下面 C1-2前枝
外側頭直筋 環椎横突起第 後頭骨経静脈突起 C1-2前枝
頭直筋 第3〜6頚椎横突起 後頭骨底面 C1-3後枝
頚直筋 第3〜6頚椎横突起 環椎 C2-6前枝
  第3〜5頚椎横突起 第2〜4脊椎  
  第5〜7頚椎    

深層筋群には後頭骨、環椎、軸椎との間に分布する小筋があります。


10:30 基調講演 「第2頚椎押し込み操作法」 大 村 基 實 先生

    

              
●頚椎完全矯正法のポイントは、合理的な姿勢と矯正動作を起こすのに最適な瞬間を見逃さないことです。

●具体的には、術者と患者の呼吸法を合わせること。

●双方の呼吸が合致した時、患者は精神的緊張から開放され全身リラックス状態になります。
それが術者の母指頭に伝わった時が矯正に最も適した瞬間です。

●矯正が終了してからも数秒間はその状態を固定維持することが大切です。

 


12:00 昼食
昼食の時間も大村先生に指導を請う熱心な参加者の姿が見られました。

 

12:30 特別講演 「上部頚椎矯正法」木原正巳先生


      
    

●触診は患者の頚に対し、静かに回旋、側屈運動を加えることにより生ずる微妙な触覚を指先でとらえ診断します。何度も練習し微妙な感覚を体でつかんで下さい。
普通紙の下に髪の毛を置き、それを指先で感じる鋭敏な触覚が必要です。

●上部頚椎は変位の仕方により、迷走神経、胆のう、肺、心臓、膵臓、胃、大腸、など全身に特有の病態が現われますが、上部頚椎の的確な矯正により改善が可能です。

参加者はペアになり、木原先生のマン・ツ−・マンの指導で触診と矯正法を実践しました。

参加者の要望で予定時間を延長。「ひとつ役にたつものを覚えて帰ってほしい」と力説する講師の気持ちが額の汗に表れていました。


14:45 質疑応答

Q :  第2頚椎押し込み操作法について、母指は椎弓、棘突起のいずれにあてるのか?
大村: 患者さんの状態に合わせケ−スバイケ−スで使い分けると良いと思います。

 


後    記

今回の研究会は、「上部頚椎」を多面的かつ総合的に考えてみようという主旨と、より実践的なテクニックを体験しようというねらいがありました。

講演をお願いする時あらかじめ講師に「参加者全員にご自身の矯正テクニックを体験させてほしい」と依頼したところ、講師にとって肉体的にも精神的にも大変負担の大きい要請にも関わらず、お二人とも快く引き受けて下さいました。

今回の研究会は、手術をしてまだ間もない先生や、遠くは弟子屈から片道5時間をかけ参加された熱心な先生もおられましたが、お陰さまで大好評でした。

また私自身主催者としてでなく、一参加者として充実した勉強が出来た事に大変満足しております。講師とご参加いただいた先生に改めてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。 

 

旭川支部長 大 村 和 彦

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