精神療法におけるトランザクショナル・アナリシスとマネジメント・コーチングの実践
〜近藤高代先生と山本恒男先生に学んだこと〜

北海道  大 村 和 彦

 

「精神療法」を考える一貫として、アメリカの精神分析医エリック・バーン博士の「トランザクショナル・アナリシス」と、R・Cロジャース博士の「マネジメント・コーチング」をテーマに研究会を開催しました。

トランザクショナル・アナリシスは、一種の臨床心理分析システムで、アポロ計画の宇宙飛行士や、ベトナム戦争からの帰還兵の心理療法に用いられたことでその名を知られていますが、現在は医療分野だけでなくビジネスの分野でも活用されている心理療法です。

具体的には、エゴグラムという心理分析法から自我状態を知り、無意識領域の自己分析を試みます。そこから得た情報により個々のパーソナリティーを分析し、自己変容や活性化に役立てるという方法です。

トランザクショナル・アナリシスのポイントを一言で言うと、自己および他者の存在を認めるための働きかけを重視することです。その働きかけを精神分析学的に「ストローク」と呼びます。ストロークの重要性は、幼児期に「抱かれる」というストロークを受け損なうと脊髄萎縮や発育不全、知的障害を発症したり、十分なミルクを与えても死亡するというケースが「母性愛欠如症候群」として報告され、心の発育に極めて大きな役割を担っていることが医学的に認知されています。

私たちが日々行なう治療は、患者さんの身体に直接触れるため「肉体的ストローク」として大きな働きかけになり、また、患者さんとの会話や挨拶、微笑みかけたり褒めるという働きかけは「精神的ストローク」として重要な意味を持つようです。


故近藤高代先生

長生医学会においても、名人と称される先生の多くがこうしたストロークの達人であることは容易に想像がつきます。平成17年11月14日に他界された近藤高代先生もその一人でした。先生がお亡くなりになる数ヶ月前、92歳の大先輩を治療させていただく機会に恵まれたことは、私にとってかけがえのいない体験となりました。

「おお・・ありがたい。ありがたい。素晴らしい治療を受ける事ができて私は最高に幸せです」私のおぼつかない治療に文句ひとつ言わず、近藤先生は最大級の賛辞で答えてくれます。そして待合室の患者さんに聞こえるような大きな声で「あらまあ!こんなに軽く歩けるようになった。お陰さまで、お陰さまで・・」と曲がった腰を伸ばしながら治療室を元気に歩いてくれるのです。

そんな近藤先生のストロークに気恥ずかしさを感じる反面、不思議と満たされた気持ちになり、無性にやる気が湧いてくるのを感じました。つまりこの時私は、外面的には近藤先生に肉体的ストローク施していたはずなのですが、内面的には近藤先生の精神的ストロークによる超一流の精神療法を施されていたのです。

「マネジメント・コーチング」の創始者R・Cロジャース博士は、患者さんの話を聞くことはテクニックでなく心構えの問題だと言います。つまり患者さんの話す事柄よりも、その背後にある感情を理解し、感情的な意味の部分に対し伝え返してみることの重要性を説きました。相手の言葉に批判や評価を下さず、自分の考えの押し付けや、指導しようという気持ちを抑え、相手に教えてもらう姿勢で聞き込む「無知の姿勢」を提唱しています。

同年8月29日に他界された山本恒夫先生はそんな姿勢をお持ちでした。
生前、お孫さんの鼻を治療している姿を拝見した事があります。子供の幼稚な訴えに優しく耳を傾け、子供が言った言葉を自分が繰り返すなど、子供の訴えを自分が理解しているかを確認しながら接していました。また単に聞くだけでなく子供に共感を示し、声の調子、表情、呼吸、姿勢、手や目の動きなど非言語的表現にも気を配っている態度は、今思えばロジャース博士の提唱する「傾聴のスキル」と見事に一致するのです。

こうして積極的に傾聴されると患者さんは、自分を理解しようとする存在を術者に感じ、おのずと信頼感を増すだけでなく、自分の胸の内に溜まっていたものを吐き出しすっきりするカタルシス(浄化)効果が生まれるそうです。また術者が自分に関心を持ち、話を受け入れてくれるので、自己否定がなくなり、自分に価値観を見出すことができるようになるため、自己防衛的態度が消え前向きなエネルギーが生まれると言われます。


故山本恒夫先生

生前、近藤先生や山本先生が私に示してくれた質の高い精神療法が、こうした新しい医療の概念に基づき実践されていたものだったと考えるのは不自然かもしれません。しかしお二人が長生医学と経験に基づき実践していた精神療法は、バーンやロジャースの臨床心理学の理論と見事に合致するのです。

ある意味「精神療法」とは、治療における非技術的側面といえます。しかし自分の精神状態を満たしてくれる治療者への依存の容認を特徴とした立派な医療行為です。奇しくも時をほぼ同じくして私たちに別れを告げられたお二人が、ごく自然にこうしたテクニックを身につけ、実践しておられた事実に、長生医学における精神療法の奥深さを改めて知ることが出来ました。

北長連黎明期より多大な功績を残された近藤高代先生と山本恒夫先生のご冥福をお祈りするとともに、偉大な功労者に献身的に尽くされたご家族に心より敬意を表します。

合掌

長生機関紙平成18年1月号掲載

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