準備完了?


その頃の私は毎日のようにJICA事務所に通い、調整員とバトルを繰り返していた。

私も困っていたが、調整員も困っていた。

実際のところ、調整員としては隊員のやりたいようにやらせてあげたい気持ちはあるのだが、

どうやらシリア人から見た隊員の立場は、私たちが考えていたものと全く違うもので、

調整員にもそれはどうにもならなかったからだ。

所長から「仕事はどうですか?」と聞かれると

「どうもこうもありません」とムッとして答え、

何を悠長な事ゆうとんのや、アホか

と心の中では叫んでいた。

なにもかもうまくいかないし、だいたい、自分の仕事すら自分で作らなければならないって

どういうことだ?って感じだった。

うまくいかない怒りの矛先がいろんなところに飛んでいく。

協力隊って要請主義なんちゃうんか、

途上国援助〜?ほんまに役に立ってると思ってやっとるんか、

この段取りの悪さ、相手との意思の疎通のなってなさ、

日本の外交そのものや、何もかも最悪や〜

文句を言い、悪態をついても状況は変わらず、時間はどんどん過ぎていく。

何も実績残さないで帰国するなんて恥ずかしい事できるわけないって感じだった。

日本人の血と汗と涙の結晶である税金をなんやと思ってるんや、

こんなん相手の国のためにも、自分の国のためにもなってないやんか、

今まで私が払った分くらいは取り返させて貰うからなぁ〜

すでに私は暴走状態に突入していた。

元々派遣国の人のためになんて気持ちは持っていなかったし、

日本に生まれて育ったが、愛国心も持っていなかった。

私は自分の目的を遂行するべく体操協会とは決別して、別の道を模索することに決めていた。

本来隊員は配属先からの要請によって派遣されてくる。

それを隊員が勝手に配属先を無視して活動することは許されていない。

調整員ともめていたのはそういう事だった。

一応隊員は日本政府とシリア政府の取り決めのもとで派遣されているし、

勝手になんでもやっていいという訳にはいかないのである。

でも、私はエアロビクスをシリアに導入したかったし、他に自分に出来ることもなかった。

そこで私は、体操協会を無視して、スポーツ連盟の協力隊担当者と直接話しをすることにした。

この人は女性だったし、協力的だった。

体操協会でなくても、スポーツ連盟の承認と協力が得られるなら問題ないでしょうと言うと

調整員も協力してくれることになり、活動の準備を進めていった。

まず、場所の確保が必要だった。

エアロビクスを指導するためには木の床が必要だった。

通常シリアの体育館はコンクリートにラバーが張ってあり、エアロビクスをするには不向きである。

他のスポーツ隊員に聞いたところ体操競技の体育館のとなりにある大きな体育館が

中国の援助で作られた体育館で、普段は室内競技のナショナルチームが使っていて

木張りの床だということだった。

行ってみると確かにそこは木張りの床だった。

ダマスカス市内で木の床があるのはそこしかなかったので、体育館の管理人と交渉し、

週に3日、午前中に使用する許可をとりつけた。

スポーツ連盟の協力隊担当者と直接話をし、そこで活動できるように口ぞえしてもらった。

そして、生徒についてはスポーツ連盟で働く人の奥さんを集めてくれるように要請した。

シリアに到着してから三ヶ月目にして、やっと仕事の準備が整った。

 

 

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