2004年

 囚人No.0000兼所長の読書日記です。

12月31日(金) 『悪いうさぎ』 若竹七海 文春文庫

 『依頼人は死んだ』の葉村晶シリーズ、今回は長編。ホラー作品も精力的に発表し、ミステリにスーパーナチュラルな要素を盛り込む事にも長けた著者だが、今作はハードボイルドを意識した作り。少女の行方不明、というハードボイルドのお約束のような地味な事件を扱いながら、その裏に潜む様々な人間模様や悪意を暴き立てる。ただ、かつては「怖い事を考える奴だなあ」と思わせてくれた、著者得意の乾いた人物描写も、今回は物語の定型を意識し過ぎたか、やや型にはまってしまった感がある。地味で平凡な日常を送りながらも、節を曲げずストイックに生きる主人公の姿は共感を呼ぶが、前作でそれはある種の狂気に昇華されることを予見させたのではなかったか。
 バランスの取れた娯楽作品で、一冊の小説として文句のつけようのない出来。ただ、若竹七海の小説には、そうそう素直に楽しめない人の世の不条理を描く事を、どうしても期待してしまうのだ。今作でも充分後味悪い? そう思う人はまだまだ甘い。


12月23日(木) 『プリンセス奪還』 牧野修 ソノラマ文庫

 いかんいかん、嫌いな作家じゃないのに、なぜか積読中に牧野修の占める割合がかなり高い。なぜだろう……? というわけで、古い作品から消化。
 牧野修描くスポ根、しかもオリジナルスポーツ「リカプト」。ルールも設定も熱いバトル感覚満載のスポーツ、なぜか雛人形(笑)を使うところなど、いかにも設定のご都合という安いテイストで、実にいい。もう10年近く前の作品なのだが、近年の『呪禁官』シリーズにも通ずる内容で楽しく読めた。ラスト、悪がその正体をグチョグチョと現し、世界が変容していくあたりも著者お得意の内容で、相変わらず近作に受け継がれている。
 ……と、作家論的に作品の時系列で語ると、近作のプロトタイプ的要素が感じられて良いのだが、単に俺の読んだ順番で語るならば、「ああ、もうグチョグチョはちょっと飽きちゃったなあ……」となってしまう。うーむ、積ん読の溜まってた理由はこれか。今後は月一冊を目標に。


12月20日(月) 『ユートピア』 リンカーン・チャイルド 文春文庫

 前回で今年100冊の目標を達成したので、ちょっと腰を落ち着けて分厚い本を読む事にする。『レリック』『マウント・ドラゴン』などでダグラス・プレストンと組んでいたチャイルドの、初の単独作品。
 現実には有り得ないような超豪華テーマパークを狙うテロリストと、そこに呼ばれてやってきていたロボット学者の対決。キャラクターが異様に立っていたプレストンとの共著に対し、その点ではいささか物足りない。ありきたりではあるものの、きっちりした書き込みでクオリティを保っているので、充分に読めるのだが。若干、話の都合に合わせてキャラクターが登場する感があるあたり、いかにもハリウッド映画的である。
 ただ、素人的になんとなく「科学」に触れられた気分になった共著作品に対し、今作はわずかにその片鱗をエピローグから感じた程度で、いかにも寂しかった。展開で読ませる作品に仕上げるならば、もうひとひねり欲しいところだった。この作品が水準以下ということでは全くなく、よく出来ているのだが、長年のファンとしてはやはりより以上のクオリティを期待してしまうのである。


12月12日(日) 『自由戀愛』 岩井志麻子 中央公論社

 岡山でもなく妖怪も出ない岩井志麻子……うーん、うまいなあ〜、いいなあ〜、さわやかだなあ〜。左記の理由でいささか密度は薄く感じられるが、端整な佳品という印象。素敵な本でした。こういうのもまた読みたい。


12月8日(水) 『どすこい。』 京極夏彦 集英社文庫

 知人からの評判と、書店で手に取ってパラパラとめくって見た時の感覚から、これは大して面白くないのかもな、とは思っていた。だが、正直言ってここまでひどいとは思っていなかった。「気品も格調もない駄文」「稚拙であるが故にパロディとも言い難い」と本文に書いてあるが、本当にそうなのだ。
 ぐだぐだ、だらだらと全く面白くないし、無駄に分厚い。「あの」京極がお笑いを書いた、という事実は今作によってこの世に残るが、そんなことは作品の内容とはまったく別の問題である。今にして思えば、京極堂シリーズにおいても、ギャグらしき部分はないでもなかった。関口や榎木津など、明らかにギャグ担当になっていたのであろう下りがあった。だが、正直今まで気付かなかった。「まったく笑えなかった」から、あれを僕はギャグだと認識していなかったのだ……。
 京極にコメディのセンスはゼロである。それを認識しただけが、本作の収穫だった。


12月4日(土) 『銀河英雄伝説5 風雲篇』 田中芳樹 徳間文庫

 続きが気になるので、一気に読んでしまう……完! あれ、終わった。シリーズは10巻まで続いているはずなのだが、怒濤の盛り上がりで話が完結してしまった。戦争は終わるし、王朝は変わるし、結婚はするし……。いや、ほんとにここで終わっておいたほうが綺麗なんじゃないかと言うぐらい、盛り上がって構図としても美しく終わった。ヤンとラインハルトの対決の、どっちつかずの決着の絶妙なバランスもさえも美しい。いやあ、面白かったなあ……ってまだ五冊あるよ。
 今後も気になるが、ぼちぼち読むとしよう。


12月2日(木) 『銀河英雄伝説4 策謀篇』 田中芳樹 徳間文庫

 誕生日。風邪気味なのでごろごろしながらこいつを読む。もうここまで来たら、各巻のストーリーがどうとか内容がどうとか言うより、単純に続きが気になる。一瞬の中休みを経て、展開はいよいよ全面戦争へ。
 注目キャラの一人、ルパート・ケッセルリンク、敢え無く脱落。権力を求め、復讐を求め、愛を求めた男の野望の終焉。なかなかに感慨深いものがある。僕もこうならないとも限るまい。


11月29日(月) 『鉄の花を挿す者』 森雅裕 講談社

 日本刀小説である。なんじゃそりゃ?と思う人もいるだろうが、主人公は武士ではなく刀鍛冶。おまけに、舞台は現代である。わざわざこういう題材をミステリ仕立てにまでして書いている人間は、もはやこの森雅裕ただ一人ではなかろうか。
 まったく未知のジャンルというのは、それなりに新鮮に読めて面白い。もっとも話がマニアックになってくると、段々ついていけなくなる。なんとなくこんなイメージなのだろうな、というのはわかるのだが、それ以上は素養不足でどうしようもない。あとは主人公の偏屈な性格と、職人的こだわりに着目。難儀な奴だが、ある種の格好良さが素晴らしい。で、著者の好きな爽やか系ヒロインも無論登場。話の性格上あまり活躍しないが、これも良い。


11月28日(日) 『銀河英雄伝説3 雌伏篇』 田中芳樹 徳間文庫

 なぜかこれ一冊だけレア化している、第三巻。ヤフオクのセット買いで無事ゲット。
 三巻にして、俄然密度が濃くなった感じで、かなり面白い。キャラクターの描写が巻を追うごとに積み重なり、当初は名前だけだった登場人物からも深みが感じられるようになった。一巻の時点で、戦闘シーンに面白味が感じられない、と書いたが、冒頭の戦闘機同士の戦闘など、なかなか良い。艦隊戦の描写も「ノッてきた」感がある。
 オーベルシュタインはまだあまり出番がないので、キャラ萌え的には、「天才」ヤン・ウェンリーとそれに挑む若き帝国軍人たちの、ライバルストーリーとして読むことにする。「ヤン・ウェンリーの首は、いずれ卿とおれとでいただくことにするさ」……チャレンジというのは素晴らしいものだ。


11月25日(木) 『妖虫の棲む谷』 ジョン・ソール 扶桑社文庫

 我らが和田はつ子『虫送り』のパクリ元たる、モダンホラー小説。自分の肉体や人格が、何か他のものに乗っ取られて行く恐怖に加え、とにかく大量の虫、虫、虫。著者の作品の中では特に出来がいいほうではないと思うが、気楽に楽しめ……楽しめ……楽しめ……ない……。
 いやあ、とにかく気持ち悪い作品。ただ、ソールにはもっと後味の悪い作品もあるので、これぐらいで騒いではいけません。


11月24日(水) 『わたくしだから改』 大槻ケンヂ 集英社文庫

 日頃、あまりエッセイと言う物を読まない。だが、そんな私にも面白いエッセイと面白くないエッセイの区別はある。面白くないエッセイとは、筆者の考えた事、感じた事を綴った物である。……ん? エッセイとは本来そういうものではないのか? そうかもしれないが、ただ「こう思いました」だけではつまらないのである。これこれこういう事に「こう思いました」と書くだけの事なら、誰だって出来るのだ。
 文章を書く事を売りにしている以上、俺はエッセイにも小説と同じものを求める。それは、ぶっ飛んだ「体験」だ。フィクションかノンフィクションか、虚構か現実か、そんな事はこの際どうでも良いのだ。読者である「一個人」が体験し得ない事象を、筆者という「一個人」が描く。それこそが重要なのだ。
 必要なものはディティール、リアリズム、キャラクターだ。小説と同じ。大槻の「体験」を綴ったこのエッセイ集は、その全てを満たしている。全然、音楽もわからんしミュージシャンの名前も知らん俺でも、ロックの素晴らしさがわかったような気がするのだ。これは、結構すごいことだと思う。


11月20日(土) 『6ステイン』 福井晴敏 講談社

 著者初の短編集。センテンスが長く濃密な著者の文体が、短編という形式に合うか少し不安だった。正直、少しばかり大袈裟ではないか、くどいんじゃないか、と思ったところもないではない。人の心理や事件の流れ、物事の「過程」を書くのに長けた作家であるだけに、その過程自体が短いと、エピソードに対するバランスがやや取れなくなる。単純な話なのにご大層なことを言ってるなあ、という印象を受けてしまうのだ。やはり大長編向きではあると思う。
 が、この作品集が面白くないわけでは決してない。諜報活動を主題にした話ばかりを揃えたにも関わらず、一つとして同じ印象を受けない作り込み。作品ごとのつながり、そして福井ワールド同士のつながり……飽きさせない趣向が尽くされている。著者の作品のファンなら、なおさらだ。ガンダムオタクの作家・福井晴敏……「娯楽」と「萌え」のわかる男なのである。


11月17日(水) 『銀河英雄伝説2 野望篇』 田中芳樹 徳間文庫

 さすがに速い、つうか読みやすい。我らが策士オーベルシュタインは、相変わらずひどい奴である。最後に偉そうに美味しいところを持って行くあたり、より嫌な奴度アップ。しかし今後はだんだん熱いキャラになっていくことを期待したい(しかし話が進めばキルヒアイスとの間に熱い友情が芽生えると予想したのに、あっさり外れた。うーん)。
 全体の展開としては、ここまでで第一章であり、ここからいよいよヤンとラインハルトの宿命の対決が幕を開けるのだろう。描写などいささか古びたところもあるが、根源的なテーマに関連して、昨今のイラク戦争なども想起させる。また、30歳で元帥間近のヤン・ウェンリーに、会社で出世する自分を重ね合わせたりして(爆)、なかなかに楽しい。権力と戦争は、いつの世も普遍的テーマなのだ。
 このまま十回ほど『銀河英雄日記』が続く……わけではなく、徳間文庫版の第三巻が早々と絶版になって入手しづらいらしいので、しばらく休止。


11月15日(月) 『銀河英雄伝説1 黎明篇』 田中芳樹 徳間文庫

 十数年ぶりに続編が出た、と思ったら全く話が進まなかった『アルスラーン戦記』に見切りをつけ(というか、あれ読んでた頃、オレ何歳だ? そして今は何歳だ? チクショー!)、もはや国内ファンタジー小説の古典となった感のある今作に手を出す。
 スケールというより数字のでかい架空戦記。正直、どんな小説を読んでも個人的な肝である戦闘シーンに、さして面白味を感じなかった。前述の『アルスラーン戦記』など、さして描写に濃密さがなくとも「打ち合う事、六十余合」とか書いてあるだけで、こちらのイマジネーションは際限なく膨らむのだが、今作は宇宙なのにモビルスーツが出てこないのである(当たり前だ)。
 やはり田中芳樹作品の魅力は、天才と天才、正義と正義、そして野心と無欲、お互い本当はどこまでも似通っていながらも、宿命に導かれ闘い合うしかないキャラクター達のせめぎ合いにある。そういう意味では世界設定の説明を優先した第一巻は、いささか物足りない。が、義眼キャラと復讐キャラが好きなので、オーベルシュタインには萌えた。続きはどうなるのだろう。


11月13日(土) 『オールド・ボーイ』 大石圭 角川ホラー文庫

 こちらを参照。


11月12日(金) 『夜陰譚』 菅浩江 光文社文庫

 もともと、非常に流麗な文章の書き手だとは思っていた。こうした恐怖に徹した作品集では、その描写の凄みが、若竹七海にも匹敵する人間観察のシビアさと重なり、読んでいて身を縮めたくなるような恐怖感を生み出す。
 『永遠の森』『歌の翼に』なども、美しい物語の中に、どこか寒々とした視点があったが、そういった部分を抽出したのが今作と言えるだろうか。
 好みではないのだが、うまいと唸らざるを得ない。菅浩江の作品は、この世のものならぬ美しさと、だがそれとあくまで地続きな現実と絶望を、静かにたたえている。


11月10日(水) 『桜姫』 近藤史恵 角川書店

 今年の夏の話だ。僕は、とてもとても好きだった女性と、古本屋に行った。
 少し離れたところから、本を眺めている彼女を見た。
 彼女はとても綺麗で、こんなことを言うとなんだが、すごく「もてそうな女だ」と思った。
 自分が彼女にふさわしいように思えなかった。
 結局、僕は選ばれなかった。
 当然だと、今では思う。僕は、彼女が傷ついて悩んでいるのを知っていたが、本当に力になってあげようとはしていなかったから。自分のことばかり考えていたから。だから、選ばれなくて当然だと思う。
 この本は、その日に買った。好きな作家だが、そんな経緯もあって手をつけていなかった。ようやく、今日読んだ。
 ……泣いた。
 史恵ありがとう、ありがとう史恵、僕は永遠に貴女を応援し続けます。
 僕はいま、なにかしてあげたい。たとえほんの少しでも、支えになってあげたい。
 誰よりも僕に優しくしてくれた彼女に。


11月7日(日) 『海鳴』 明野照葉 双葉社

 夢敗れて鎌倉の田舎で旅館の女将やってたヒロインが、娘の魔性の歌声に気付き、再び東京で一旗あげようともくろむ。必要に迫られて結婚した旦那やうるさい姑から距離を置き始めるあたり、なかなか良い感じ。当然ヒロインには間接的にだが人を殺した過去があり、女版の『赤道』とでも言える初期設定。加えて、死者の力を借りたような娘の歌声の天才性がお得意のオカルトな要素を出し、作者が最も実力を発揮出来る設定が揃った。
 ……はずだったんだがなあ……。「歌」を題材にしているのだが、さすがに「音楽小説」と呼べそうな情緒、ジャンル性は出せなかった。著者の音楽に対する素養不足だろう。これはやむを得ないところか。だが、他作品に比べ、いやに半端な形で救済の呈示されたラストだけは、どうにも容認しがたい。「夫婦」「親子」「家族」「種族」、そういったつながりが、幻想にまみれた希薄なものであることを、著者は今まで執拗に描き続けてきたのではなかったのか。自ら望んで闇に堕ちる人間が行き着く先は、より深い闇か、あるいはほんのわずかな光か。そのどちらかでしかないのではなかったのか。
 このラストは安易に過ぎる。


11月5日(金) 『gift』 古川日出男 集英社

 大長編『サウンドトラック』の後、自伝ぽい趣のある小品『ボディ・アンド・ソウル』、そして掌品集であるこの『gift』を短いスパンで出した古川日出男。大長編を期待するファンとしては、読み始める前に「くそっ、ちょっと名前が売れたから、簡単に書ける短いヤツを書きやがったな。こいつなら、こんなもの目をつぶってても書けるんじゃないか。手抜きしてんじゃねえぞ」と思ってしまうのは、無理からぬ事ではなかろうか? オレだけ?
 しかしそうして、やや反感混じりに読み始めたのにも関わらず、途中の一本であまりに猛烈に感動し、

 「あたしのなかに涌いている感情がある。強烈で、それがあたしに共闘宣言をさせる。」

 させるんです。もうどうしようもなく、させるんです。


11月3日(水) 『陰摩羅鬼の瑕』 京極夏彦 講談社ノベルス

 またやたらと分厚いが、「分厚いだけのことはある」と言い切れないのがこのシリーズ。特に今回は事件の構造も、ストーリー展開もやたらとシンプルなため、一気にテンションの上がるはずの中盤以降、こちらを引き付けるだけの力を感じなかった。ここまで単純な作りだと、もう少しムードで強引に引っ張っていくパワーが欲しいのだが、「この世に不思議なことなど何もない」。おどろおどろしいはずなのに、ちっとも怖がらせてくれない乾いたインテリジェンスが、魂まで飲み干すような引き込まれるような感覚を与えてくれない。終始、小説を読んでいることを実感し続けた。
 しかし、このシリーズを読み始めてから、初めて関口を応援してしまった。おまけに真相にまで辿り着いたというのが凄い。最後に登場する中禅寺が、蛇足に思えた。いや、最後にしか登場しないから蛇足に感じるのだ。颯爽と現れ助けてくれるスーパーヒーロー。関口が全てたどたどしく説明していたら、傑作だったような気がする。


10月27日(水) 『魔術師』 ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋

 リンカーン・ライムシリーズ。このシリーズもいよいよ五作目となり、いい加減、緊迫感がなくなってきた感がある。シリーズものの宿命だろうか。最初の頃は寝たきりのライム先生が病気でお亡くなりになってしまうシリーズのラストも想像出来たが、最近はそういうイメージも浮かばなくなってきた。まあ歩き出しもしないだろうが……。
 今作はマジシャン=奇術師が犯人ということで、シリーズ特有の強引すぎるきらいのあったプロットも、マジシャンは凝り性だからという理由で正当化されている。遠慮会釈無しにひねってひねってひねりまくり、どんでん返しにどんでん返しを重ねるディーヴァー的エンターテインメントの面目躍如。
 しかし真に優れているのは、「マジック」というものの醍醐味を、ここまで一娯楽作品の中に溶かし込んで語れる手腕だろう。技術的側面についても、人生を賭けるだけの魅力があることも、余すことなく描く取材力と構成力は素晴らしい。


10月26日(火) 『記憶の果て』 浦賀和宏 講談社文庫

 初読み。取りあえず、なんでもいいから「本格ミステリ」を読みたくなる時というのがある。なぜかと言うと、取りあえず読み進めさえすれば、人殺しがあって謎が解けて犯人がわかる、実にお手軽なカタルシスが味わえるからに他ならない。一般論で言っているのでは無論なく、ワタクシ個人の話である。
 「本格ミステリ」を評価する場合において、文章の出来や物語性、キャラクターなどにこだわるのは、ある意味不粋であるというか、本質とは関係ないという意見を時々見ることがある。ある意味、同感する。文章が下手でも、話が陳腐でも、キャラクターが寒くても、上記の手軽なカタルシスが味わえるなら、それでもいい。そんな程度のものとして読めばいいのだ。
 しかし本書のように、明確な解答を呈示しようとせずアンチ本格な要素を前面に押し出されると、そうは言っておれなくなる。「名探偵」に対するアンチテーゼなど、テーマ自体は割と好みだが、正直、描き方が露骨すぎて好きになれない。テーゼのためだけに存在しているのがあまりに明白なキャラクターなど、もうちょっとどうにかして欲しいものだ。そういう意味ではいかにも上記の下手な「本格ミステリ」らしいが、お手軽に読むには面白くなさすぎる。シリーズらしいが、この後はクオリティは上がるのだろうか……?


10月25日(月) 『呪文字』 倉阪鬼一郎 光文社文庫

 えー、『内宇宙への旅』『文字禍の館』を足して二で割った作品。ご苦労さんという感じでしょうか。ファンなら読めば(オレもファンだから読んだよ)。


10月24日(日) 『螢』 麻耶雄嵩 幻冬舎

 この作家には珍しいノンシリーズ。読んでいて感動を覚えたり、興奮したり、そういう感覚とは無縁なのだが、非常にしっとりと肌になじむ雰囲気がある。それは麻耶作品のほとんどに言える事で、自分でもいささか不思議である。
 先日、職場にて内輪ネタの犯人当てを書いていたこともあり、人称に敏感になっていた。だから、仕込まれた大仕掛けの一つはだいたい想像がついたし、もう一つのネタも途中で違和感を覚えていたこともあり、驚くまでには到らず。
 だが、その描写や仕掛けの精緻さには、目を奪われるものがある。よりシンプルな綾辻行人『水車館の殺人』や、殊能将之『ハサミ男』などを読んだ時に近い感動を覚えた。アンティークの時計の蓋を開けて、中の歯車を覗き込んでいるような気持ち。開ける前からその仕組みはわかっていても、その機械仕掛けの完成された美の価値が、いささかも減ずるわけではない。


10月20日(水) 『203号室』 加門七海 光文社文庫

 この作家、どうも自分の中で評価が固まらない。とりあえず強烈なインパクトが残ったのが『蠱』の表題作ぐらいなもので、先日読んだ『女切り』なども、ほとんど内容が記憶に残っていない。
 思うに、著者が得意とする怪談系の話などは、ある種の素養がないと楽しめないような構造になっているのではないか? 霊感があると広言し、オカルトや民俗学にも並々ならぬ興味と博識を見せる著者。ムードや知識を共有していない人間には辛いのかも知れない。
 が、それは短編での話。今作のような長編では自然と描写が増え、想像力のない人間にも楽しめる作りになっている。著者の実体験を一部元にしているらしいが、氏も幽霊が出ると騒いでイタい人扱いされたことがあるのだろうか。だとすると泣けてくる。


10月19日(火) 『暗黒館の殺人』上下 綾辻行人 講談社ノベルス

 長かった……。いつ読み終わるのかわからなかった『暗黒館の殺人』を、ついに読了した。ノベルスなのに上下で3000円。こんなものを買うなど、まさに消費者として越権行為ではなかろうか(意味不明)。
 とにかく異様な厚さで、取りあえず館とその周辺の状況描写がこってりと濃密に描かれている。読むのがしんどい。しかし読み終わればわかるのだが、ここらへんの描写がすべて物語の落ちの部分に密接に結びついている。故に読まざるを得ない。
 と言いつつも、初読でそんなことわかるわけないから、不用意に流し読みしてしまったため、解決らへんでは「え〜っと、そうだったっけか」とあやふやなまま納得することになった。ま、不真面目なファンはそこらへんは流して、もう一つの落ちの方で喜べばいいのである。
 この作品単体ではあまり面白いとは思わなかったが、ラストまで来てシリーズの今後には期待が持てるようになった。問題はそれがいつ書かれるかということなのだが……。それを考えると、なけなしの興味もしぼむばかり。書かない作家というのはどうしようもない。

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